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3/3

後編

◆チャットの種類(※地文は対象外となります)

「」:主人公がリアルで言った言葉

<>:通話アプリでアシュラムが喋った言葉

『』:連合チャット

【】:個別チャット

⦅⦆:告知チャット(要課金)


 ―――煉獄回廊でアシュラムと約束を交わしてから、7日後の23時。

 最後の "聖剣争奪戦" まで残り1時間を切った頃、リディアは連合領地内の倉庫に居た。

 

「えーっと……確かこのあたりに、あったあった」


 倉庫を覗き込み、目的のアイテム類を取り出す。

 カーソルを各種アイテムに向けて、表示される数値を確認して、リディアは小さく頷く。


「良かったー、1周年記念配布のアバター残ってた。勿体ない精神で倉庫の片隅に捨てずに残しておいた私、GJ!」


 稼働開始1周年記念開催されたイベント『学園開校、アカデミアを盛り上げよ!』で配布された、古参のみが所持しているレアアバター。

 その胴体部分のアバターを取り出し、リディアは満足そうにする。


「当時は見た目を楽しむだけのアバターだったけど、まさかコレにこんなやばい数値が設定されていたなんてな。連合長もよく覚えていたよ」


 画面に表示される『アカデミー制服』と表記されたアバター。

 そこに記載されている効果は以下の通りだった。


 ◆移動速度+40

  「遅刻しちゃいけないからね!」


 ◆命中+100

  「曲がり角で気になるあの子とごっつんこ!」


 ◆命中率+20%

  「運命の相手は逃がさない!」


 くだらない説明文と一緒に書かれている補正値は、通常であれば見向きもされない内容だ。

 当時のプレイヤーたちはからの評価も、見た目だけアバター、命中なんてほぼ意味ないじゃんこのゲーム、等々辛辣なものが並んでいた。実際、間違っていないわけだが。


 しかしそれが4年の歳月を経て、日の目を見る時が来たのだ。


「後は、頭の方は……何かいい奴あったっけか。えーっと、攻略サイト、攻略サイト……命中で検索……最高値は+10%って、あー! 去年の夏イベ、肝試しイベントのやつか!」


 それなら確かとリディアはさらに倉庫を探る。

 ようやく見つけた肝試しセット【頭】を取り出し、自分のアイテム欄へと移動させた。


「さっすがにこれはアシュラムも持っていそうだよな。装備可能宝石は、アカデミー制服が7級までを3枠、肝試しが5級までで2枠っと」


 別画面で開いていた表計算ファイルに、今取り出したアバター分の数値を入力していく。


「回避が上がるアバターは……? おっしゃ助かった、回避は最高で胴体も頭も10%だ!」


 調べた内容を記入していき、予想数値を確認する。

 この7日間、連合員に協力して貰って集めた命中宝石や、強化瓶、その他さまざまな強化要素を採算度外視で手を付けた結果、短い期間でリディアの命中率は大きく向上した。


 その代償で、倉庫の中身は必要最低限なもの以外が完全にすっからかん。


 当面の間、具体的には半年ぐらいはリディアのキャラクターは、レベルアップ以外の大きな成長は見込めない状態になってしまった。


『おーい、リディアs-! 今どこにいるー?』

『連合領地(X:102 Y:45)、ここー』


 連合チャットで声を掛けられ、サッとゲーム内座標を貼る。

 しばらくすれば、チャットログのリンクを辿って自動的に連合メンバーが移動してくるはずだ。


 その間にも、リディアはアイテム合成画面を開いて手持ちにある1級、2級、3級の合計1万個を超える命中宝石を順次合成していく。

 これら全てを合成しても、完成する10級の命中宝石は1.5個。


 残り4個+アバター装備用の5枠分には、到底足りない。


「えーと、7級が命中+35、8級が命中+56、9級が+95だから、最も数値が高くなる組み合わせは……よし、これだな」


『到着!  (´・ω・)つ[命中宝石][命中宝石][命中宝石]』

『レートは?』

『今日の勝利で!』

『個数メモっとくから、今度他の宝石で返すって! 希望は?』

『そりゃ魔攻っしょ!』

『魔攻了解』


 アイテムを受け取りながら、別の表計算ファイルを開いて今しがた取引した連合員の名前と、個数を記入していく。

 既にリディアが所属する連合員全員からのあれこれと負債内容に、ちょっと現実逃避したくなっている。


『まーぜろー! こっちもさっきのダンジョンで泥したから!』

『命中強化瓶出たよー』


『あー、ごめんちょい順番待って!』


 先ほどの座標を見てか、他の連合員たちも次々と集まって来る。

 最後の追い込みと言わんばかりに次々に渡されるアイテムを、リディアは1つ1つ確認しながら、別画面で開いているアイテム合成に次々と放り込む。


『おーおー、今日は連合領地が賑やかだ。いつもはオート放置で中身がいない連中も多いのに』


『あ、Rady連合長ちーっす!』

『Radyさん、ばんわー!』

『今日は祭りだからなー』


 いつの間にやって来たのか、リディアが所属する連合『AFK』の連合長プリースト(回復師)・Radyがその輪に混ざって来た。


『はい、皆こんばんわ。リディアs、調子はどう?』

『こんばんわ、連合長。最終準備の真っ最中です』

『みたいだね』


 リディアの周囲にいるメンバーを見てか、Radyのメッセージから苦笑いでもしていそうな雰囲気がにじみ出ている。


『結局、昨日まででアシュラムを倒しきれなかったわけだが……ここで一気に隠し玉の命中装備を解禁するんだね』

『下手にこちらの限界値を先出すると、さらに回避をあげられかねませんでしたから。まっ、アシュラムさんの方も想定しているはずです』


『となると、昨日までの聖剣争奪戦は……』


『命中率の予測と、どれだけブーストすれば勝率が最大限になるか。それを念頭に置いていたんです』


 Radyの問いかけに、リディアはそう答える。

 ディスプレイに映された表計算ファイルには、様々な予測計算式で作成された専用のシートに数値を入力してく。


 昨日までのアシュラムの装備と、成長する要素がある個所。

 対して、自身のキャラクターの成長要素と現時点出せる最高値を入力していく。


『7日前の時点では、30回に1回……だーいぶ甘い見通しで、みんなに協力して貰っている上昇値で10回に1回。アシュラムを倒す為に必要な攻撃回数は2回、2連続当てるとしたら1%って所か』


 表示された数値を何度見返しても、期待値が上がるわけではない。

 それでも、何度も直視して


『いやぁいいねぇ、漫画みたいな数値。それともガチャのURを1回で引く確率ってか?』


 ヤケクソ気味にリディアは言う。

 けれども、諦める気は最初から無い。


『装備は今準備しているものが精一杯、羽根、妖精などの強化も打てるだけはやった。あとは……と』


 アイテム欄を確認して、目的にアイテムが複数個あることを確認する。


『リディアs、気になったんだけどさ。命中は頭打ちな以上……あとやれる事と言ったら、火力だ。火力を底上げして1発で倒せるようにしてしまうとかは?』


 Radyの言葉に、リディアはしばし黙り込む。

 やがて、連合チャットにその問いに対する回答が書き込まれた。


『それも一瞬考えたんですよ、連合長。だけど、計算した結果……1発で倒せる火力を得ると言うのは、10回に1回の確率を2回連続で当てるよりも、さらに低い確率になってしまうんです』

『今上げている命中を、削らないとダメか』

『2回で倒せるギリギリの火力が現状です。流石に、分が悪すぎるかなって』


『分かった。リディアsがそう判断したなら、何も言わないさ』


 その言葉と同時に、他の連合員たちが順番に激励チャットを入れていく。


『頑張れよー!』

『最終決戦、応援にいくから!』


『絶対に勝つ! ってわけで、もう10分前だからお先に決戦の地へ行くわ!』


 連合の仲間たちにそう言うと、リディアは慣れた手つきで『聖剣争奪戦』会場をクリックする。

 移動の間にも表計算ファイルへ入力する手を止めず、最後の最後まで可能性を模索しながら、決戦の地となるイベント会場に足を踏み入れた。


 入場すると、いつもならば多くのプレイヤーがいるそのフィールドには、誰もいなかった。


 気を利かせたと言うよりは、アシュラムが所属するシュピールプラッツの連合長SPECTRE(スペクトル)による、鶴の一声ならぬ、天界チャットによる全プレイヤーへの通達が関係している。


⦅我儘を言って申し訳ないが、最終日の決戦はアシュラムとリディアの一騎打ちの形式にしたい。故に、イベント開始時にフィールドに居るのは両名のみ!

 他の者が居ても良いが、所有者になったら、問答無用で2人から即PKされることだけは理解しておいてくれたまえ。

 イベント開始後であれば入場していいよ!⦆


 フィールドを歩き続けると、中央にアシュラムが居た。

 既に決戦仕様装備らしく、静かに開始を待っている。


【こんばんわ、アシュラムさん】

【こんばんわ、リディアさん】


 個別チャットを使って、2人は挨拶をした。


【もう手の内晒すなんて、余裕だね?】

【オレのキャラは最強だからね。あとは、天命に任せるだけさ】

【回避が最強なのは認めるよ。ったく、7か月も振り回してくれちゃって】


【勝手に振り回されたのは君じゃないのか? リディアさん】

【ひゅー、言うねぇアシュラムさん】


 開始時間が刻、一刻と迫る。

 リディアの方も、この時の為に用意した装備に変更していく。


 対アシュラムに特化した、命中重視の、アシュラムを2発で倒しきる装備へ。


「装備OK、アバターOK、妖精と守護霊の召喚完了、羽根も問題なし……虎の子の隠し玉も問題なし。やばいと感じたら、即やるしかないな」


 開始時刻が迫る。


 残り1分……50秒……40秒……30秒……


 ゆっくりと、リディアはマウスとキーボードに指を置く。


【私が最初の所有者になったら、さくっとPKよろしく。時間が一時でも惜しい】

【分かってるさ。ただまぁ、素直にオレが所有者になって欲しいかな。その為に昨日は途中で持ってた聖剣を放棄したんだ】

【それで終わり際に捨てたのか】


 なんだかなと呆れながらも、その瞬間が訪れた。

 パソコンの画面に『女神が贈る聖剣争奪戦』の開始が告げられる。


 ―――最終決戦の10分が始まったのだ。


 同時に、アシュラムの足元が特殊なエフェクトで光り輝く。


「先手必勝! 置き撃ちの "スノウ・アンハルト(氷結にて停止せよ)"!」


 どちらが所有者になったのか判明した瞬間、両者は同時にキーボードを操作してスキルを使った。


 先に効果を発揮したのは、リディアのスキル。

 スノウ・アンハルト(氷結にて停止せよ)の効果で、アシュラムが強制的に停止する。

 "白風の刃" で逃げようとしていたらしく、一瞬だけスキルが発動したエフェクトが見えた。


(停止時間は5秒。ここで撃つべきものは、5回の連続攻撃スキル!)


 指定キーを入力して、現れた円陣をアシュラムが逃げる方向に向けて配置する。

 発動したスキルは、"スノウ・トルメンタ(氷結は暴風となりて)"

 アシュラムの頭上に氷が多く降り注ぐものの、ダメージ表記はない。


「くっそー、最初のコンボで被弾やっぱゼロか。かなり上げて来たつもりだったんだけどなー! 追加コンボ、"アイス・シュラーク(氷結の打撃よ)" の "フリーズ・ジャベリン(飛翔の氷結矢)"!」


 別の強制停止スキルであるアイス・シュラーク(氷結の打撃よ)を重ね掛けする形で使い、停止時間を3秒追加。

 その隙に、敵に4回連続でダメージを与えるフリーズ・ジャベリン(飛翔の氷結矢)が、アシュラムに襲い掛かる。


 僅か8秒の間に、9発の攻撃を叩き込んだ。

 リディアが予測した命中率は10回に1回の為、1発くらいは被弾していて欲しかったのが本音である。


 だが、都合よくは行かないようだ。


【うん、回避良好。さぁ、本番だリディアさん】

【ちぇ、面白くない!】


 自由になったアシュラムが、その俊敏で一気に距離を離す。

 この巨大な円形フィールドによる鬼ごっこは、移動速度の差を詰める為に、いくつかの壁が存在する。


 少し広めの中央と、中通路、外周と言う形を取っており、中通路と外周を素早く走る相手ならば、中央などを突っ切り走行距離差で詰める。

 中央にいる場合は、範囲攻撃の餌食になりやすい。


 アシュラムが取った作戦は、範囲攻撃を食らいやすい中央ではなく、走行距離差が出る外周でもなく、中通路。

 今回の条件であれば、最も逃げやすいルートになる。


 逃げ出したアシュラムを追いかけながら、リディアは相手のステータスを確認した。


「うげっ、やっぱまだ成長の余地残してた! 回避4021(+190%)って、どこにそんな隠し玉あったんだよ! いや、煉獄回廊の突破報酬で強化出来る奴だな。くっそーランカーパワー恐るべし!」


 とは言え、リディアの方も命中が850→1294(+45%→75%)まで大幅強化が入っている。

 それでもアシュラムと比べて伸びが悪いのは、クラス補正と俊敏全振りの効果によるものだろう。

 追いかけながら、表計算ファイルを別画面に出して、今しがた見た数値を全て入力していき……


「……うーん、これは」


 はじき出された数値に、リディアは眉を潜める。

 有志による各種スキルの予測基礎命中率と掛け合わせた結果、想定していたよりも命中率はかなり低かった。


 連続で相手に攻撃を当てようにも、移動速度がネックとなっている。

 有効射程まで行ってそこから1発当てるのに30秒~1分、スキルのCT(クールタイム)も考慮すると、先ほどのコンボを打ち込めるチャンスは想像よりも少ない。


「使うしかないか」


 リディアは意を決して、アイテム欄を起動する。

 左上に準備しておいたアイテムを、躊躇なくクリックして効果を発動させた。


「……成長ボーナスポイント、リセット完了。スキルツリー初期化完了」


【流転宝玉】

 ステータスの振り誤りや、取ったスキルを取り消して別のモノを取得したくなった場合に使う、いわばキャラ強化のやり直しアイテム。

 その効果を確認し、リディアは自身のキャラクター画面を表示する。


「魔力2、俊敏8の割合でステータスを再設定。これが、アシュラムを2発で倒せる本当にぎりぎりの限界……ぶっちゃけ確定じゃなく、高……いや、中乱数まで落ちてるけど」


 慣れた手つきで、スキルを再取得していく。

 ただ違うのは、スキルのレベル割り振り。


 停止効果のあるスキルのレベルを最大値から、マイナス1したレベルに設定し、停止効果時間は合計で2秒減った。


 その代わりに取得するスキルは、決まっていた。

 下がった魔力を補強する唯一の手段。


「パッシブスキル、毎回攻撃時に、魔法攻撃が4%増加する "魔力増幅法" と 自分の魔法攻撃が増加するけど消費MPが激増する "悪魔の祝福"、これで計算上なら……確定2発まで戻せる!」


 再取得した "テレポート" を使って、画面端に映ったアシュラムの近くにワープする。


 いつの間にか、『女神が贈る聖剣争奪戦』の会場には見学に来た多くのプレイヤーがいた。

 けれども、リディアにとって今はどうでもいいこと。


 狙うはただ1人。この7か月の成果をぶつけるべき相手のみ。


「もういっちょ!」


 スキルのCT(クールタイム)が回復した瞬間、"テレポート" を再使用する。

 アシュラムの進行方向を塞ぐように移動し、ようやく再使用出来るようになったスキルを放つ。


「"スノウ・アンハルト(氷結にて停止せよ)"!」


 スキルを放った瞬間、アシュラムのキャラも動く。

 こちらのスキル使用タイミングを見ていたかのように、"白風の刃" で距離を取られる。


 先ほどと同じ手は通じない、と言わんばかりである。


 効果範囲内に居なければ、いくら必中のスキルも効果は発揮しない。


「だが、そっちだって移動スキルはそれでCT明け待ちだ!」


 円形のサークルを表示させ、アシュラムの逃亡先に設置する。

 僅かな詠唱の時間と共に、"スノウ・トルメンタ(氷結は暴風となりて)"が発動した。


 連続で5発の攻撃が襲い、そして……画面上部に表示されていた、アシュラムのHPゲージが削られた。


「畳み掛ける! "アイス・シュラーク(氷結の打撃よ)" からの……うげっ!?」


 アシュラムに向けて、スキルを放った。

 それは間違いなかったが、一瞬のうちに相手の姿が見えなくなる。


 まるで瞬間移動のように消え去ったのを見て、リディアはある事に気づく。


「このタイミングで "ラグ" !? うっそでしょ、会場にプレイヤー増えすぎたから!?」


 慌ててミニマップを開き、アシュラムの位置を確認する。

 聖剣所有者のアイコンを確認し、すぐさま最短ルートで走り出す。


「いいタイミングでのラグは流石に勘弁して欲しいんだけど! せっかく1発当てたのに!」


 リディアは横目で現在時刻を確認する。

 自身の目に飛び込んできた時間は『0時6分』、残り4分。


「コンボに必要な全スキルのCTは最長45秒。ぎりぎり4回? いや、距離詰めてかけ引きしてってなると、次がほぼラストか!」


 いつもであれば他のプレイヤーたちが使うスキルによる足止めで、もっと多くのスキルや攻撃を叩き込めた。


 だが、今回はタイマン戦。

 アシュラムを追いかけて止める役目も自分自身がやらなければならない。


「今更ながら、分の悪すぎる試合だよねこれ!? 1人だと10分が短すぎる!」


 愚痴っても仕方ないとは言え、リディアはそう叫ぶ。

 何度かの "テレポート" を駆使し、ようやくアシュラムまで近づく。


 先ほどと同じように動いては、軽く避けられるのは目に見えている。


 そう判断したリディアは、これまで使っていなかったスキルの使用準備に入った。

 通常の『聖剣争奪戦』では、ダメージが入らない故に、他の追跡者すらも妨害してしまう為、使わないスキルの1つ。

 円形のサークルを操作し、あえてアシュラムの後ろに設置する。


「"ブラックホール(引き寄せる暗黒)" からの、"デーア・シュピーレン(女神は汝を弾く)"!」


 後方に出現した黒い球体が、アシュラムを引きずり込み始める。

 吸引効果を確認した瞬間、"白風の刃" を躊躇なく使い、距離を取ろうとした。

 そして、それを予測していたリディアのスキルが直撃し、アシュラムはノックバックして黒い球体へと引き戻された。


 僅かにもがいた後、アシュラムの体が僅かに光る。


「よし、使ったな!? 回避と移動速度を一時的に上げるバフスキル、"狂走の舞"!」


 黒い球体からの脱出にスキルが使われた事を確認し、素早くキーボードを入力して、 "スノウ・アンハルト(氷結にて停止せよ)" を発動させる。

 そのまま、強制停止効果を追加する為、"アイス・シュラーク(氷結の打撃よ)" をおまけと言わんばかりに放つ。

 

「さーて、勝負だアシュラム!」


 逃亡時間でHPは多少は回復してはいる。

 だが、全回復には至ってない以上、チャンスはあるはずと、リディアは素早く目的のスキルを選択した。


 5回連続攻撃の "スノウ・トルメンタ(氷結は暴風となりて)"

 4回連続攻撃の "フリーズ・ジャベリン(飛翔の氷結矢)"


「当たってくれよ! いっけえええええ!!」


 9回の連続攻撃はアシュラムに再度襲い掛かる。


 1発、2発、3発……HPゲージに変化は見られない。


 4発、5初、6発、7発……やはり、変化はない。


 そして、8発目。

 ガクンと、アシュラムのHPゲージが減った……だが……


「耐えきった!? うっわ、ギリギリ乱数に負けて、最低ダメージだったってこと!?」


 最後の9発目も、いつも通り回避される。

 この時点で残り2分、CTは間に合うがこのままではアシュラムに逃げられてしまう。

 そう瞬間的に判断したリディアは、おもむろにアシュラムのキャラクターをクリックした。


 そのまま、敵1体を指定して、自身の魔力値から一定比率で算出される割合ダメージスキルを選ぶ。


「……スキルレベル1だから、割合35%、追加固定ダメージ800! ダメージ量は微々たるものだが、その分命中補正が乗っている、これで削り切れろよな!?」


 リディアは再度アシュラムをクリックする。

 同時に、スキルが発動されてダメージ表記がされ、そして……アシュラムが消えた。


 地面に落ちている聖剣、それを見て……


「うっしゃあああああああ!」


 ガッツポーズすると同時に、大急ぎで聖剣を拾う。

 同時に、リディアの足元に特殊なエフェクトで光り輝く。


 イベント終了まで残り40秒。


 山場は乗り越えたが、まだ終わっていない。

 すぐさまリディアは移動を始め、中央へと急ぐ。


 このフィールド内で戦闘不能になった場合、リスポーン(再出撃)箇所は6か所のNPC兵士の近く。

 相手は、アサシンであり最高の移動速度と移動スキルを持つアシュラム。


 時間にして僅か10秒で、彼はリディアの前に姿を現した。


 攻守逆転、ここから時間制限となる30秒間、アシュラムからの猛攻を耐えきらねばならない。

 ここで戦闘不能になってしまえば、リディアは聖剣の所有権を失いそのまま敗北となる。


【返してもらますよ】


 怖い個別チャットが表示された。

 同時に、アシュラムが一気に距離を詰めて多くのスキルを放つ。


 スタン効果からの、10回連続攻撃や防御無視のスキル。


 1つ1つは俊敏全振りの影響でダメージ量は少ないものの、被弾する回数が多すぎる。

 見る見るうちに、リディアのHPが減っていく。


「冗談じゃない!」


 動きを止められている以上、出来る事はただ1つ。

 リディアは装備画面とアイテム画面を開き、準備してきた『別の』装備に着替える。


 ローブや帽子、小手、ブーツにはめられている宝石、それは物理防御を上げるもの。


 装備変更と同時に、HPの減りが僅かだが緩やかになった。


「最後の悪あがき、"アイス・シールド(氷の盾)"!」


 スタンが切れた一瞬を使い、さらに防御力を上げるスキルを発動。

 残りHPが5000……4000……2000……1000……


 あわや、数値が0になる直前、急にアシュラムからのダメージ表記が無くなった。


 同時に、画面に表示される勝者の文字。

 そこに記載されていたのは『リディア』


「……あっぶねええええええ!? ちょ、残りHP139!?」


 安堵よりも、残HPに冷や汗が流れる。

 同時に、全体や連合チャットに大量の書き込みがされ、凄まじい勢いでログが流れていく。


 リディアは無言で個別チャットだけ表示に変えて、アシュラムに向けてメッセージを入力する。


【アシュラムさん、お疲れ様でした】

【リディアさんも、お疲れ様です。それと、おめでとうございます】

【ありがとう! あー、やっと倒せたー!】

【せっかく2発で抑えたってのに、割合はしてやられたよ……ところで、ステータス、いつの間に俊敏重偏割り振りに……?】

【あー、最初の1発で当たらなかったからさ……】


 周囲に連合員たちが駆け寄ってきているのに気付かず、2人はキャラクターを座らせてあれこれ話始める。

 その日、イベント会場の強制退去時間まで、リディアとアシュラムは腰を据えて話し込んだのだった。


=====================


 それから数日後、集団PvPイベント "英雄戦場" 会場。

 月に1度行われ、大地の女神陣営と海洋の女神陣営に分かれた撃滅戦。


 どちらかが守護するクリスタルを全て破壊した方が勝者となる、なんともシンプルな内容のイベントだ。


 その会場で、一部のユーザーのログにのみ悲鳴が上がる。

 悲鳴を上げたのは、先日リディアにわざわざ個別チャットを送って煽った2人のプレイヤーだ。


【おいこら、リディア! リスキルは卑怯だぞ!】

【そうだ! 他の連中も巻き込んで一方的にして、迷惑だって気づけないのか!?】


 個別チャットで送られて来たメッセージを見て、リディアは呆れ顔をする。


「……え? こいつらギャグで言ってる? PvPイベントだし、リスポーン地点からかなり離れているよここ」


 本気で相手の頭を心配する口調で、ぽつりと呟く。

 その呟きを拾ったアシュラムから、乾いた笑いが出た。


<ガチじゃない? と言うか、リスキル無理な設定なのに、何をもってリスキルって言っているんだろうな>

「だよね」


 リディアは仕方なく、彼らに向けて個別チャットを打つ。


【ちゃんと英雄戦場のルールに則って、清く、正しく、PvPやってるだけですが】


【嘘つけ! そこのアシュラムもだ! さっきからオレらばっかりキルしやがって!】

【わざとだって分かってんだぞ!?】


 おや、とそのメッセージを見てリディアは頬が緩む。

 どうやら、やられる理由に覚えがあるようだ。


【いや、置き撃ちしたら、たまたま、君らが、私のスキルの効果範囲内に、勝手に、入ってきただけだ】


 分かりやすく、一語づつ区切って説明する。


<リディア、なんて?>

「自分たちを故意にキルしてないかーって騒いでいる」

<なんだ、心当たりあるんじゃん>


 ばっかだなー、とアシュラムは笑う。

 通話アプリを使ってその笑い声を聞きながら、リディアは目の前で喧嘩を売ってくる2人に向けて追加でメッセージを送る。


【まぁ、信じて貰えないならそれでいいけど……私らに構ってない方がいいよ?】


【は? なに……ぎゃああああああああ!!】


 凄まじい炎エフェクトと同時に、目の前にいた2人が消滅する。

 恐らく、リスポーン地点に戻ったのであろう。


「いやぁ、敵に回したくない人が2人も味方陣営だと助かるよ。わざわざ命中特化装備に変えなくていいし」

<こっちとしても、リディアの連合長が味方で助かった……のは、いいけど、今回結構戦力偏ってるね。どんまい、海洋陣営!>


 リディアたちの後ろから歩いてくるトッププレイヤー2名(RadyとSPECTRE)による殲滅力に、頬を引きつらせながら言う。


「ぶっちゃけ、このイベントの方がよっぽどメス入れた方がいいのでは? どういう割り振りか知らないけど、今回みたいなのになったら一方的だし」

<あっはは、違いない。いや、まぁ聖剣を半独占してたオレが言うのもあれだが……>

「それはまぁ、横に置いといて。さーって、残りちょっとだし、さっきの奴らをルールに則って倒しにいこっかー」


<リディア性格わるーい>

「わざわざイベント終了後に個別送って煽って来た連中なんだ、やり返される覚悟あるって事だから、いーのいーの!」


ここまで本作品をお読み頂きありがとうございます。

VRではなく、ブラウザMMORPG、しかもチャット形式のモノを舞台としたお話、楽しんでいただけたでしょうか。

長編にすると、話の閉めが難しい(サービス終了or主人公が飽きて引退)ため、3話構成で書かせて頂きました。

少しでも面白いと感じたら、感想、レビュー、ブクマ、評価等、お待ちしております。

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