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前編

◆チャットの種類(※地文は対象外となります)

「」:主人公がリアルで言った言葉

『』:連合チャット

【】:個別チャット


また主人公の性別は決めておりません、どちらかお好きな方で読んで頂ければと思います。

「なーにがマクロだ、なーにがBOTだ、なーにがツーラーだ、なーにがチートだ! そんな技術むしろこっちが教えて欲しいんだけど!? こっちはスペースキーを必死に両指使って連打しているし!」


 ヒクヒクと頬を引きつらせながら、その人物はパソコン画面を睨みつけた。

 左側にあるチャットログ、その個人別チャットに記載されている文字を視認した為である。


【今日も負けたな、雑魚マジ乙】

【いい加減、あいつ倒せよなー】

【仮に倒せても、マクロやツールで聖剣を取得して逃げるんだろ? うっざいわー】


「はっはっはっはっは、ここがPK可能エリアじゃなくて本気で良かったな畜生。キャラ名と連合名覚えたからな、英雄戦場では覚えとけよ。真っ先に凍らせてやる」


 青筋を浮かべながらも、個別チャットタブから連合チャットタブに切り替えつつ、プレイヤー名『リディア』は城下町MAPを進む。

 画面の端にある転移装置に乗って辿り着いたのは、幻想的な雰囲気と建物がある特殊マップ。


『ただいまー! 今日も見事に負けた!』


『おかえりー、リディアs。全体ログで流れていたから結果は知っているよ。アシュラムに攻撃を当てる事は出来た?』

『30回に1回かな。やっと背中が見え始めたよ』


 慣れた手つきでブラインドタッチをしながら、リディアが所属する連合の連合長に本日の結果を伝える。

 そして、連合メンバーにも順番に挨拶していった。


『30回まで来たかー、長かったなそこまでが』

『かれこれ7か月……まーじで長かったですよ。だけど、当てる事が出来るようになれば、詰めるべき数値はあと少し! 絶対にあいつから聖剣を奪ってやるからなー!』


 気合入れながらも、リディアは装備を変更する。

 準備が整うと、慣れた手つきで目的地を選択して移動を始めた。


『つーわけで、さくっと今日のダンジョン攻略行ってくる! 命中+2%と+40、移動速度+20のの追加OP(オプション)の武器と装備落としやがれー!』

『攻撃宝石と攻撃強化瓶出たら教えて。命中のやつと交換するから、レートはこっち3、そっち1』

『了解、助かりまーす!』


 お礼だけ言って、リディアはそのまま日課のダンジョンへと向かう。


「あー、連合長ありがたい。まーじでありがたい。露店だと需要なさ過ぎて小銭にすらならないから、だーれも陳列してくれないしさー」


 画面に向けて両手を合わせながら、嬉しそうに感謝の言葉を述べた。

 そのまま意気揚々と進みながら、事前にスクリーンショットを撮っておいた、あるキャラクターのステータスを確認する。


「……回避の数値、まーた上がっているな。回避宝石は全部最終強化済みだから、残すはキャラステからは見えない部分……レベルは上がっていないから俊敏に数値は振れていないはずだし」


 前日との数値を比較し、さらには攻略サイトとも睨めっこしながら差異を探す。

 リディアが見ているパソコンの画面に映されているキャラクターの名前は『アシュラム』


 男アサシン(暗殺者)であり、リディアが勝ちたいと願う相手である。


=====================


 動画を見 "ながら"、勉強をし "ながら"、別ゲーをし "ながら"。

 そんな「〇〇しながら出来る至高のRPG」を謳い文句に、つい先日5周年を迎えたブラウザMMORPG【ヴェルトラウム】

 プレイヤー名『リディア』は、このゲームの稼働半年からプレイを開始した女マジシャン(魔術師)だ。


 リディアには、このゲームで大目標にしていることがある。

 ゲーム内で毎日0時に開催されているイベントの1つ、巨大な円形フィールド内で開催される "女神が贈る聖剣争奪戦" で、『アシュラム』と言うプレイヤーに勝つことだ。

 

 イベントの内容はPvP形式の "鬼ごっこ" と言う至ってシンプルなもの。


 ゲーム開始と同時に、フィールド中央に女神が作り出した聖剣が出現し、参加者の中からランダムで最初の所有者が決定する所からゲームが始まる。

 聖剣所有者には、足元に分かりやすいマークが表示され逃亡状態となる。

 それ以外のプレイヤーは追跡者となり、共闘しながら聖剣所有者をPKし、聖剣の所持権を剥奪させる。

 その後、マウスクリックまたはスペースキー連打の勝負による、争奪戦(※追跡者同士のPKは不可)を行う……と言うのが基本的な流れとなる。


 制限時間は10分間。

 ゲーム終了時に聖剣を所持していた人が勝者となり、24時間だけ使用可能なゲーム内最強装備『女神の聖剣』が手に入る。

 この武器があれば、どれだけ廃課金なキャラを相手にも勝つことが出来るようになる公式チート武器だ。

 面倒なダンジョンを攻略して良し、普段は勝ちにくい集団戦で無双するも良し、PKして良しと、いい事尽くしである。



 ―――ここからが本題である。


 始まりは今から7か月ほど前。


 その『聖剣争奪戦』に突如として現れたアサシン(暗殺者)『アシュラム』

 彼は異常なまでに高すぎる回避性能を有したキャラクターだった。

 アシュラムが参加したその日から、誰も彼に勝てない状況が続いている。


 最初こそ、リディア含めた常連たちはアシュラムからの聖剣奪還に躍起になってはいた。

 しかし、あまりに当たらない攻撃、早過ぎる移動速度などから、1人、また1人とアシュラムからの奪還を諦める者が増えて行く。


 最近の対アシュラムは、情けないことに『聖剣の所持権を剥奪させた後のクリック勝負に勝利する』状態だ。


 1度でもアシュラムに所有権が渡ったらどうしようもない。

 幸い、開幕の所有者は、前日に勝利した人物以外から選ばれる事が判明している。


 そして、そのクリック勝負に勝つ頻度が高いのがリディアであった。

 リディアがイベント終了後に、他参加者からあれこれ言われていたのは、これが理由である。


 一方のリディアも、不満でいっぱいだった。

 捕まえられない鬼を捕まえられるようにしよう、ではなくて、そいつに所有権を渡さないようにしようと後ろ向きな他プレイヤーたち。


「だったら、私があいつを倒せばいいんだろ!?」


 半場ヤケクソ気味の決意。

 これが、リディアとアシュラムの一方的な戦いの始まりであった。


=====================


 それから7か月近く経過した現在。

 対アシュラムとして、リディアがとった行動はシンプル・イズ・ベストなものであった。


 "回避を上げまくっている相手に勝つには、命中を上げまくるしかない"


 方針が決まったリディアの行動は早かった。

 とにかく命中が上がる装備や宝石の回収に奔走したのである。


「うしっ、命中宝石の合成終了。やっとこれで10級7個目。後4個……先が長い、これで命中が850(+45%)か。アシュラムの奴は回避3540(+150%)、クラス補正もあるけど、やっぱ奴の俊敏ステ全振り効果が出ているんだろうな。ほんと良くやるよ、超大器晩成のPvP特化型なんて」


 ながらゲームの代名詞であるオート戦闘状態にして日課のダンジョンを周回中。

 リディアは、自身のキャラクターとアシュラムのステータスを比較しながら眉を潜める。


「サブ垢でアサ使ってみたけど、最初から俊敏全振りしたらその辺の雑魚にも負けるし、ダンジョン攻略なんて無理すぎだもんな。正直、転生してレベル上限解放をこなして、羽根や妖精、守護霊とかが一定以上育ち切らないと無理だ。この時点で相当な廃人だし」


 MMORPGにおけるステータス割り振りの基本は『全振り』である。

 しかし、俊敏の全振りと言うのはあまりにも通常のゲーム進行を行う上では不向きな割り振りだった。


 攻略サイトの "初心者の方へ" と言うページでも『アサシン(暗殺者)は力量へ全振りしないと戦えない』と、忠告付で書かれているぐらいだ。


「回避して攻撃ってのは理論上分かるけど、実装されるモンスターは命中率がプレイヤーの何十倍だから正直無意味。聖剣が無いとロクに日課のダンジョン周回すら出来ないはず」


 これが『聖剣争奪戦』でアシュラムが暴れているのに、真似するプレイヤーがいない理由である。

 俊敏全振りにすると開始早々に出鼻をくじかれ、報われるには何十時間どころか年単位でのキャラ強化と忍耐を要してしまう。


 そんなことをやる人は、廃課金かPvPを本気でやりたい変人くらいであろう。

 最も、その変人筆頭がアシュラムなのだが。


「今日のステで30回攻撃して1回。マジの火力ならば短時間で2発ぶち当てることが出来れば勝てはするけど、移動速度は速すぎるから逃げられる。周囲のプリが停止魔術、マジが氷魔術でダメージは無くとも動きを止めてくれりゃなー」


 最近の参加者を思い出して、リディアは叶わない願望を口にする。

 ゲーム内にはダメージこそ無いが、必中の効果を持つスキルも存在する。

 けれども、アシュラム相手には誰も使わない。


 最終的なダメージが入らなければ、足止めしても意味が無い。


 と言うのが、参加者たちの言い分であった。

 それに対して、リディアなりに必死に説得もしたが、残念ながら無駄骨に終わっている。


「はー……いやまぁ、分かるけどさー、分かるけどさー。ちっとは協力してくれたってなー、無理か」


 ダンジョンボスが倒されて、アイテムがドロップする。

 オート戦闘と言う公式が用意した機能はとても便利で、一定品質以下の装備は取得せず、強化素材など必要なものだけを順序良く取得していく。


 公式が「〇〇しながら」と謳うだけあり、この部分はとても便利だ。


「強化羽根6、ペット強化薬2、攻撃宝石……よっしゃ、4級が3個も泥った! 瓶は!?……あー、治癒。連合内のプリの誰か必要としているからそっちかな」


 アイテム画面を表示させ、今しがた拾ったアイテムを眺める。

 その横でリディアのキャラクターはミニマップで指定した箇所まで進み、次のボスとの戦闘を開始した。


「さ・て・と! 大本命の装備類は……うへぇ、マジ用装備ゼロって。伝説級の武器はアチャの弓とナイトの剣で、防具はプリの帽子とアサの小手。綺麗にマジだけ無い!」


 入手した各種装備のステを確認しつつ、がっくりと机に項垂れる。

 装備ガチャの道は険しい。


「あ、剣はダメカが最高値で攻撃アップもある、プリ帽子も治癒アップと魔攻アップか。連合で引き取りてあるか聞いてみるか」


 2体目のボスが倒されたのを横目に、リディアは連合チャットを開く。


『ナイトかプリの誰かー、こんな武器と防具出たけどいるー? [破魔の魔剣][破魔の頭巾]』


『(゜д゜)ノ 剣欲しい、煉獄攻略で67層用に。リディアs、命中宝石と交換おk?』

『おk、1個で十分』

『いや、持ってても意味ないから手持ちの全部投げるわ。今日の煉獄の時に渡す』

『マジか、助かる!』


『リディアs、私も帽子欲しい! ついでに治癒宝石泥ってない?』

『今のボスで治癒3級を3つ泥したよ』

『はーい。こっちも命中宝石の在庫あるから、ぶん投げるね』

『あざま!』


 連合員からの返答をメモしつつ、リディアは表計算ファイルを開く。

 対アシュラム用と書かれたそれには、多くの目標と必要アイテムの個数が羅列されている。


 その中の1つ、ステータス増加効果のある宝石項目の数値にはこう書かれていた。


 ◆命中宝石10級

  1級換算で、1個作るのに合計19683個

  3級換算で、1個作るのに合計2187個

  

  装備予定箇所、武器(5)、ローブ(3)、小手(3)

  ※1級だけ見ると絶望的なので3級だけ見て進捗確認しろ。


 MMO未経験の人間が見たら、卒倒しそうな数値が大量に羅列されている。

 最も、MMOプレイヤーにとってはこの程度の必要個数は常識、当たり前の世界。

 むしろ『あ、少ない』とすら思う人物もいるレベルだ。


「あと3級が8748個。攻撃宝石も連合長と交換して貰えるから、結構減りそうだな。装備はちょい残念だったけど、まぁ気長にやるしかない」


 鼻歌交じりに、表計算ファイルの内容を更新していた時だった。

 画面の隅で『運営からのお知らせ』と言う文字がポップアップされる。

 これは、定期・臨時メンテナンスもしくは、今後のアップデート内容についての告知に使われるものであり、それに気付いたリディアはマウスを動かして該当の文字をクリックした。


「臨時かアプデかな。定期メンテは今日終わったばっかりだし」


 そんなことを呟きながら表示された画面を見ると、アップデートの文字が躍っていた。


「やっぱアプデだった。さーってと? 何が更新されるのか………ん?」


 画面をスクロールしていくと、リディアにとって見覚えのある文字が見えた。

 その文字とは『女神が贈る聖剣争奪戦』

 そう、アシュラムとの闘いの舞台でもある、PvP形式の "鬼ごっこ" イベントだ。


「聖剣争奪戦に更新? いったい何が……はああああああ!?」


 文字を読み進めていき、内容を理解したその瞬間、リディアは絶叫した。



―――――――――――――――――――――

◆『女神が贈る聖剣争奪戦』の仕様変更について


 次回アップデートにて、『女神が贈る聖剣争奪戦』の仕様変更を致します。

 内容は以下の通りです。


 ・装備による補正無効化

 ・妖精、守護霊による補正無効化

 ・天魔の羽根による補正無効化

 ・参加者のステータス及び移動速度の統一


―――――――――――――――――――――



「装備の補正無効……妖精と羽根の補正無効……ステ統一!?」


『リディアs、今のお知らせ見た!? つーか、生きてる!?』

『おーい、リディアs、大丈夫かー!?』

『返事がないぞ、リアルでぶっ倒れてないよな!?』


 連合チャットからのログにも気づかず、リディアは呆然としてしまう。


「嘘だろ……本気のアシュラムと戦えるのは、次のアプデ……1週間後の水曜日まで!?」

少しでも面白いと感じたら、感想、レビュー、ブクマ、評価等、お待ちしております。


□ネトゲのチャット表記集

・s 【さん】

 「○○さん」「○○氏」などを「○○s」と、敬称を略す際に用いられる。

 相手に良い印象を与えない場合があるので、仲の良いメンバー以外に使う場合は注意が必要。


・ノ【の】

 挨拶。腕を上げてるアスキーアートの略式。

 何かの募集に参加する場合に、これで意思表示する場合もある。


・ジョブの略称名

 ヴェルトラウム内に存在するクラス(転職不可)と略称は以下の通り


 〇ナイト(剣士)

  ナイト、盾


 〇アーチャー(弓兵)

  アチャ、弓


 〇マジシャン(魔術師)

  マジ、術


 〇アサシン(暗殺者)

  アサ、殺


 〇プリースト(回復師)

  プリ、回

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