レオンとミシュ
六月の空に高く昇った太陽が、ぎらつきながらも山の端にようやく近付いた。
その村の夕方の道を、村長の息子であるレオンが顔に汗を流して速足で歩いている。
山に囲まれた盆地にあるネルント開拓村の夕闇は、平地よりも少し早く訪れる。
レオンはまだ明るいうちにと、村の各家を訪れては扉から顔を覗かせて何かの声を掛け、また次の家に急いで向かう。
その後ろを恋人のミシュが一所懸命に追い掛けながら、つまらなそうに声を掛けた。
「レオン、ちょっと待ってよ。この暑いのに、歩くのが速すぎよ。お話ししながら行きましょうよ」
「いいけど、もうちょっと急いで歩いてくれよ。全部の家を回る前に、真っ暗になっちゃうよ」
「まだ陽はあるわ、ゆっくり歩いても大丈夫よ」
「いいから。他にもやることはあるんだ」
振り返りもせず答えるレオンに、ミシュは頬を膨らませ、口を尖らせた。
「こんなに毎日毎日、全部の家に声を掛けなくても大丈夫よ。『農具を夜露に晒すな、家畜小屋も戸締りをきちんとしろ、火の始末に気を付けろ』って、みんな子供じゃないんだから。少しは私の話も聞いて欲しいわ」
不満たらたらのミシュの声に、レオンはようやく足を止めて振り返った。
「そうやって油断をした頃が危ないんだ。兄さんは毎日きちんとやってたんだ。俺にだってできるはずだ」
ミシュはくすくす笑いながら近づくと、レオンの手を握った。
その手を両手で包みながら顔と顔を近づけると、レオンの耳に嬉しそうに囁いた。
「……村のみんなが笑ってたわよ」
「何だって?」
「レオンは、真面目っぷりがケンにそっくりだって。喋り方もケンに似て来て、びっくりしちゃうって。ケンがもう領都から帰って来たのかと思ったって言う人もいたわ」
「う、うるさい!」
レオンの顔が朱に染まり、慌ててミシュから顔を離した。
それでもその手は繋がったままだ。
「時々、物見台に上がって村を見回しているのもみんな知ってるわよ」
「……べ、別にあいつの真似してるわけじゃないからな」
「はいはい」
「もう、いいから行くぞ」
そう言うと、レオンはミシュの手を引っ張って、また歩き出そうとした。
「ちょっと待ってよ」
「いいから来いよ」
髪色と同じように赤い顔を隠すように、レオンはミシュより一歩先を前を向いて歩いていく。
ミシュはレオンに強く握られた手を握り返しながら尋ねた。
「なんで、こんなに頑張ってるの?」
「村長の息子なんだから、当たり前だろ!」
「ふふーん、違うわね。当ててあげましょうか」
「何だよ、言ってみろよ」
「ケンに安心してもらいたいから、村のことを心配せずに領都で頑張ってもらいたいから、でしょ」
「ち、違う!」
レオンは焦ってミシュの手を放し、両手の拳を握り締めて顔を強く左右に振って叫んだ。
「馬鹿を言うな! あいつが帰って来た時に、『どうだ、俺の方が父さんの跡継ぎに相応しかっただろう』って胸を張って自慢してやるんだ!」
「はいはい。もう、本当に素直じゃないんだから。あ、待って、走らないで!」
「うるさい、一緒に来たかったら早く来い!」
レオンは少し走ると立ち止まって振り向いた。
西の空はもうレオンの髪と同じ色に染まっている。
ミシュが追いつくと二人はまた手を繋ぎ、何かを話しながら夕焼けの村の道を歩いて行った。
第二部は今月最終週投稿予定です。