行き詰まり
第一部と第二部の繋ぎの話になります。
テレーゼ・コルネリア王城侍女取締の所に一人の女が人目に付かぬように訪れて来た。
テレーゼからの依頼を受けた衛兵局上層部が寄こした、調査担当の古参の衛兵である。
デイン子爵が花園楼で菫と菖蒲、二人の禿に狼藉を働こうとしたことをテレーゼが国王に報告した結果、秘密裏に調査せよと命じられ、それを依頼したのだ。
「コルネリア様、例のデイン子爵の件、現状を報告いたします」
「御苦労様です。どうなりました?」
「はい、実の所を申し上げると、行き詰っております。調べ始めた以降は、デイン子爵が花街へ向かったことはありません」
女が申し訳なさそうに告げる言葉を聞いて、テレーゼの顔が少し曇った。
「そうですか。それ以外で目立った動きは?」
「子爵はしばしば、シェルケン侯爵の邸を訪れております。ですが……」
「ええ。デイン子爵の娘は、シェルケン侯爵の継嗣に嫁いでいますからね。可愛い娘に会いに通っていると言われれば、怪しいとは言えません」
「はい。頻度が高いと言えば言えますが、それでどうこうとは」
「あの娘もシェルケン侯の子息も、特に悪い噂は聞きません。特に娘は、父に似ぬ優しい娘と言うのがもっぱらの評判ですね。他には?」
女は少し声を潜めた。
「実は、花街から少し離れた通りの、寂れた商店を子爵が何度か訪れております」
「何を商う店ですか?」
「ありきたりの雑貨屋で、貴族が訪れる様な店では無いのですが。ごく普通の中年の男が一人で店番をしております」
「詳しく調べたのですか?」
「商人ギルドには加盟しておりませんでした。それを不審として店番の男を問い質しましたが、商務局の認可は受けていると。確かに認可状に正規の印が捺されており、それ以上の追及はできませんでした」
「そうですか」
「到底、王都で商いを続けて行けるような客の入りでは無かったのですが。その後数日観察を続けましたが、特に変わった事もありませんでした」
「商人ギルドに入っていないのであれば、税務局から実態調査はできませんか?」
テレーゼは身を乗り出したが、女は残念そうに肩を竦めた。
「それが、税務局の友人に様子を尋ねたのですが、人手が減ったために、寂れた商店の調査に回す手数は到底無いと素気無く言われました」
「そうですか。ディートリッヒ嬢が抜けましたからね」
「はい。一番の手練れがいなくなって、てんやわんやで種々の業務が山積しているとのことでした」
「あの娘は嫋やかな見掛けによらぬ仕事師ですからね。では、容疑の固まらぬ調査には手は回りませんね」
「申し訳ありません」
女は頭を下げたが、テレーゼは強く労わった。
「いえ、それは其方の責ではありません。ディートリッヒ嬢のことは本人の希望ですから、ユークリウス殿下を責めることも出来ません。気にしないで下さい。他にわかったことはありませんか?」
「はい、デイン邸の周辺の衛兵詰め所に聞き込んだところ、夜中に何度か荷車が出入りするのを見たことがあると」
「どのような?」
「大きめの箱荷を積んでいたとのことですが、それだけでは特に怪しいとも思えず、荷改めはしていないとのことです。一度だけ行き先を尋ねたことがあったのですが、自領と言っていたとのことです」
「夜間に王都を出入りしていれば、目立つでしょう。関所の出入りは?」
「当たってみましたが、夜間の子爵家名義の出入りの憶えがある者はおりませんでした。かと言って、王都内のどこかで時間を潰して日中に出入りをしていれば、わかりません」
「そうすると、本当に領との往復か、あるいは王都内のどこかと荷のやり取りをしているかについても、はっきりしませんね。荷のやり取り自体はどの貴族家も普通に行うことですしね」
「そうなります」
どうやらこれ以上の情報は得られそうにない。
テレーゼは「ふぅ」と嘆息したが、どうしようもない。
「わかりました。止むを得ません。この件は、しばし置いておくとしましょう。デイン子爵も暫くは派手な騒ぎは起こさぬでしょうが、何かが起きた時に再度ということにします。有難うございました。上にもいずれお礼に伺うとお伝え下さい」
「承知しました」
面白味がなく不穏な話で申し訳ありません。
来週に次回投稿しますので御勘弁を。
第二部は11月最終週に投稿開始予定です。