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ピオニル領へ(ローゼン大森林再び)

騎馬と馬車の車列が主街道を南へ、ピオニル領を目指して進んでいる。

先導する護衛の近衛兵の騎馬に続くのは、王家の紋章が刻まれた馬車だ。

母のマレーネ王女の家から独立して新たな家の主となったユーキに、王家から与えられた馬車である。


その窓は開かれ、入り放題に入って来る風をユーキは楽しんでいた。

監察団の任務、そしてピオニル領の臨時領主への任官と赴任の準備、菫改めヴィオラ・リュークス伯爵令嬢との婚約と息継ぐ間もないほど忙殺されているうちに季節は進み、もう空はすっかり夏の雲に入れ替わっている。


気温も毎日のように上がり、もう暑いと言っていい気候の中、車窓の風が顔に心地よい。


一行はローゼン大森林から流れ出ている小川に掛かる木橋を渡った。

ひと月ほど前に監察団が大森林に立ち入る切っ掛けになった場所である。

ユーキは一行に停止を命じ、馬車を降りた。


「クルティス、ちょっと森へ行ってくる」

「はい、殿下」


それを聞いてクーツや、特にベアトリクスは引き留めたそうにしたが、ユーキとクルティスが平然としているので何も言えないでいる。


ユーキは馬車の荷台から何かの荷物を大切そうに取り出すと、背嚢に入れて背負った。


「すぐに戻るので、休憩していてくれ」


そう命じると、ユーキは全く躊躇わずに森に踏み込んだ。

小川沿いに数分歩き、背後の一行が見えなくなったのを確認して、ユーキは心の中で話し掛けた。


「ローゼン、来たよ。久し振り」


すると声を掛けられるのを待ち兼ねていたように心の中に楽し気な少女の声が響いた。


「ユーキ、妖魔にとって一か月は久し振りのうちには入らないわ。でもよく来てくれたわね」

「ローゼン、元気だった?」

「ええ、元気よ。妖魔は病気にはならないけどね。話は会ってからにしましょ。今、近道を作るからちょっと待っててね……いいわよ」


ユーキが再び小川に添って歩き出すと見る見るうちに前方の森が開け、湖が見えた。

そちらに向けて歩いて行くと、岸辺に突き出した太い木の枝に腰掛けて足で湖水を跳ね上げて遊んでいる、赤髪の少女の姿が見えた。

静かに近付いて行くと、少女は紅の瞳を燃えるかのように輝かせて笑顔で振り返り、枝から跳び降りてユーキに歩み寄った。


「ようこそ我が森へいらっしゃいました、ピオニル領新領主、ユークリウス・ウィルヘルム・ヴィンティア殿下」


少女は膝丈のスカートの裾を両手でつまみ、膝を曲げて恭しそうに頭を下げて見せた。

今日は竜尾は隠せているようだ。

ユーキも右手を胸の前に、左手を腰の後ろに回し、同じように膝を曲げて片足を後ろに下げて重々しく頭を下げて見せた。


「御歓迎頂き感謝に堪えません、大森林の主、ローゼン様」


二人は顔を見合わせると、同時に『ブッ』と笑いを噴き出した。


「あははは。友達に他人行儀な挨拶はやめてくれるかな。照れ臭いから」

「あなたならそう言うと思ったわ。偉い役に就いても中身は変わらないようね」

「領主と言っても臨時だからね。頑張って栄えさせて国王陛下にお返ししないといけないから。『偉い』というより『大変な』役だよ」

「そうかしら。あなたなら大丈夫よ。私は心配してないわ。でも頑張ってね」

「ありがとう。そうだ、まずはこれ」


ユーキは背嚢から荷物を取り出し、ガサガサと包みを開く。

中から木箱を取り出してローゼンに向かって差し出した。


「王都のお土産。甘いもの好きの紅竜様への捧げ物だよ」

「ありがとう! 大きな箱。何かしら?」


ローゼンはワクワクと擬音がしそうな様子で蓋を開けた。


「これは……飴の詰め合わせね?」

「そう。ブドウ味が好きって言ってたから、それは多い目にしてもらった。あと、メロン味とか、レモン味とか、その他色々種類を詰め合わせてもらっている。皆さんの好みに合わせて分けてもらえるかな」

「あなた、本当に気が利くわね。気を遣いすぎると疲れるからほどほどにした方が良いわよ。でも、ありがとう。みんな喜ぶわ」


気のせいか風が強まり、樹々のざわめきや湖の波立ちが強くなったようだ。


「それから、花なんだけど、切り花だとすぐに枯れちゃうから種を持って来たんだ。だけど、まずかったかな」

「ううん、良いわよ。というか、この森に花壇でも作る気?」

「だめかな? 君なら、いろんな花と一緒に座っているのが似合うかな、と思って」

「……だから、そーいうことを、大事な人以外に言っちゃ、だめだってば」

「そうか。ごめん」

「……いや、私には良いのよ、私には。貴方の大切な許嫁と私以外には、言っちゃだめって事よ? 誤解されるかドン引きされるか、どっちかよ?」


褐色の肌でもそれとわかるほど顔を赤くしてローゼンが諭すが、それに気付いてか気付かないのか、ユーキは能天気に返事をする。


「わかった、気を付けるよ。ありがとう」

「……ほんとにわかってんのかしら。えーと、何の種を持って来てくれたの?」

「ケイトウと撫子。うちの庭師に聞いたら、今の季節だとそこらへんがいいって」

「ふーん。秋になって咲くのが楽しみね」

「そうだね。じゃあ、早速。……この辺に蒔いてもいいかな? 土を少し起こした方が良いかな。それから持って来た堆肥を……」

「ユーキ、あなた、王子? 庭師?」

「王子だよ? でも、うちの庭師に蒔き方を習って来たから。結構楽しかったよ」

「忙しい中を? 物好きね。じゃあ、ここでは私専属の庭師になる?」

「それもいいかもね」

「……冗談なんだけど」

「そう? 庭師も、大変だけど素敵な仕事だと思うんだけど。綺麗な花壇や庭を見ていると、とても和んで安らかな気持ちにならない?」

「……そうかも知れないけど、森には今まで庭も花壇も無かったからわからないわ」

「でも花は好きなんだよね?」

「ええ」

「君のために沢山花を育てて咲かせるんだから、素敵な仕事だと思う」

「だーかーら。……もういいわ。ありがと」


諦め口調のローゼンを、ユーキは気にも留めずに作業を続けている。


「うん。はい、終わったよ。できれば時々雑草を抜いて水をやってくれるかな。僕も来た時には気を付けるけど」

「……雑草は焼いちゃうし」

「雑草だけを?」

「お安い御用よ。私を誰だと思ってるの?」

「紅竜ローゼン」

「……竜の火焔は普通の火とは違うの。狙った物だけを焼けるのよ。そうでなければ、焔を吐くたびにこの森丸ごとの大惨事になるでしょ?」

「そりゃそうか」

「水はウンディーネが適当にやってくれるでしょ」

「ウンディーネ様をそんな使い方して良いのだろうか」

「良いのよ。あの娘も花は好きだし。メロン味を多い目にあげとくから」

「……よろしくお伝え下さい」


二人は笑い合う。もし今ユーキが湖の方を振り向いたら、ウンディーネが岸辺で頬杖をついて、ふくれっ面で湖から覗いているのが見えただろう。


「雑談はさておき、お仕事は目算は立ってるの?」

「いや、まだ全然。領のことは、監察団で調べたことしか知らないし、過去の出来事や現在の状況もわからない。まずはきちんと把握しなくちゃと思ってる」

「そうね。でも、十分に調べてから、とか、全てを知ってから、とか思っていると、あっという間に時間が経っちゃうわよ。私達と違って貴方たち人間の刻は短いわ。ぐずぐずせずに、思い切ってやることも大切よ。まあ、ユーキなら大丈夫だと思うけど」

「うん。良く考える、でも必要だと思ったら躊躇なく行動する、だね」

「ええ、言うのは簡単だけど実際は難しいわよ。頑張ってね。もし、わからない事とかあったら、私達に聞きに来ても良いのよ。遠慮しないでね」

「わからない事? 領の政で?」

「それは私達に尋ねられてもねえ。まあ、尋ねられたら答えるけど。それより、不思議な事、変な事、人の手に負えない事、かしら。そのうち起こるかも知れないから」

「……あまり起きて欲しくなさそうなことかな?」

「んー、考えようだと思うわよ。ユーキ次第ね」

「わかった。何かあったら、尋ねに来ることにするよ。ピオニル領もこの森に面しているからね」

「そうして」

「じゃあ、今日はそろそろ行くことにするよ」

「ええ、またね、御領主様」

「じゃあ、また。紅竜様」



ローゼンが手を振りながらユーキを見送っていると、背後に(あやかし)の気配がした。

振り向けば、案の定、ウンディーネだ。


「散水係への御任命、有難うございます。盛大にやらせていただきます」


碧髪の美女がそう言って手を上げると、ユーキが種を蒔いた土の上だけに、霧のように細かい水が一面に降りかかる。

何をどのようにしているのか、周囲は全く濡れていない。


「種が流れない程度にしてよ」

「あたしがそんなヘマをするわけないでしょ。それとも洪水を起こして森ごと流し去りましょうか?」

「その前に湖ごと蒸発させちゃうわよ」

「……こんなもんでしょ。報酬としてメロン味を三個余分に要求する」

「相変わらず、やっすいわね。……はい」

「ありがと。……んー、甘い。最高。至福。幸せ。もう、男要らないぐらい」

「そこまで?」


呆れるローゼンの声を流して、ウンディーネは飴を舐めながら尋ねる。


「あの子、前より随分と堂々として、逞しくなったわね。見違えたわ」

「経験と環境と地位が人を育てるのよ。あれだけ活躍して領主の地位を得れば、成長するのは当然よ。『六頭立ての馬車で往来すれば、誰でも王様らしくなる』って、聞いたことない?」

「ふーん。やっぱり、人間と結婚させるの、勿体なくない?」

「は? だからどうしろって?」

「許嫁を連れて来させて、あの子に相応しいかどうか品定めしましょうよ」

「相手は絶世の美女(予定)よ? あんた、容姿で負けて滅ぼされるかもよ?」

「いや、様子見てから勝負するかどうか決めればいいし」

「やっすい上に卑怯な妖魔ですこと。どうやって勝負するの?」

「真姿見せて、あの子に選ばせる?」

「はい、負けたー。あんた、滅亡決定。あの子が他の女に魅かれる訳ないじゃん」

「そうよねー。あーあ、他に良い男、来ないかしら。不幸だわ」

「ほら、もう一個、飴。これでも舐めてろ」

「……幸せ」


「風の国のお伽話」の第二部の投稿を開始する際には、本連載の次話としてお知らせします。

第二部のお知らせをご希望の場合は本話をブックマークして更新チェックをしていただければと思います。

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