ごく普通の小市民のちょっとした正義感と真実の愛とあとなんだっけ
21-03-04
日間最高6位、週刊59位になりました。
人が人を読んでいてPVが見たことない数字になりました。
重ねて御礼申し上げます。
ごくごく当たり前の政略結婚をして当たり前に子供を産んで、身分に合わせた社交をしてとくに何もなさずに死んでいくのが大体の貴族女性の生涯だ。
政略とはいえ本当に愛し合っている夫婦もいれば、ビジネスパートナーとして最高の相性であり互いが才能を如何なく発揮する夫婦も知っている。
貴族女性の幸せは、良い身分の男性に嫁いで子を成すこと。
そんな前時代的な思想の生きる世界に転生した私はヒロインでも悪役令嬢でもまして勇者でもない。そもそもここは乙女ゲームの世界ですらないと思う。
ごく普通の、中世っぽい世界だ。元の世界を地球と呼ぶならここは地球じゃないどこかだ。ここがなんていう名前かは知らない。惑星とか天動説とかはこの世界の学問ではお目にかかってない。
イース・アランスタイン。昨日十五歳になったばかりだ。
と言っても中身は地球で事務職やってた成人女性だ。少々オタクっぽいことを除けばとくになんの変哲もないどこにでもいる感じの人間だったと思う。すれ違っても数秒後には顔を忘れるような、害のない平凡さを持つどこにでもいる社会人。
そんな私にも婚約者はいる。うちは小さい子爵家なので引く手あまたとはいかなかったけれど幸いなことにお隣(の領)のシュベルク伯爵家の長男が私と同い年ということで縁談が決まったのが十歳のときだった。
お隣さんだし今後ともよしなにーって感じだったらしいとはメイド長の弁である。まあ緩いことはないけど厳しくないのが我が家とお隣さんゆえそんなもんなんだろう。
今年の夏ごろの彼の誕生日付近で王都でデビュタントがある。それによっていろいろ不測の事態が起きそうな気がするので早めに手を打っておきたいなあなどと思っている。ここ一年くらい。
「イースお嬢様、ジーク様がお見えですよ」
「あ、はい。すぐ行きます」
ここの言語が日本語と違うことはわかるが、英語とかフランス語でもないので説明しにくい。ただ、日本語であればわたしとかあたしとかわたくしとかあるのに英語はアイとしか言わないのを鑑みたら一応ここでの言語体系は外語に近いものがある。
頭の中でなんとなく変換されてるからそれっぽい一人称に聞こえるけど。見た目とか態度とか。(要はお嬢様たちもアイと言ってるのにわたくしって副音声が聞こえる。)
彼もそうだ。話し方とか。
「イース、今日もいい天気だな」
「こんにちはジーク様。すぐお茶のご用意をいたしますね」
ジーク・シュベルク。シュベルク伯爵家三兄弟の長男であり、文武両道といいつつ見た目は完全に「武」寄りで明るく豪胆な性格だ。細かいことは気にしないし、怒りや恨みをぐちぐちと持ち越すこともない。
短気ではあるけれど自分が悪かったと気が付けばきちんと言葉と態度で謝ってくる、そんな人物だ。対外評価は高い。クラスに居る運動部の人気者って感じだ。
「こんないい天気の日にわざわざすみません」
「何を言ってるんだ、いい天気のほうがいいだろう。君は庭の手入れも好きだし」
「はあ、ジーク様はこんな日は鍛錬や遠乗りのがいいんじゃないかと思って」
「そういうのも好きだが君との時間を作るのも俺の務めだ。まさか雨の日しか会わないわけにもいかないだろう」
そう、義務だ。政略結婚につきもののこの「義務」は子供にやらせるのはどうなんだと社畜の私が言っている。この世界の価値観を否定するわけじゃないけれど。私には違和感が強いのだ。十五の男の子がこんないい天気の日に彼女とお茶会して楽しいわけがない。
私が中学生のとき、同級生の男の子たちに恋人なんているほうが稀だった。大体が部活とトレーディングカードとジャンクフードとマンガで構成されていた。私も週刊少年誌は好きだったけど誰だってそんなものだった。
申し訳ない。
端的にそればかりだった。なんというか、転生ってもっとこう、派手な美人になったりするものだと思ってた。そうじゃなくても磨けば光る美しさを持ってるとかなんかそういうのがあってもいいじゃんくらいには思うけれど貴族だっていうのになんかこう。私の顔立ちは地味だ。地味だしぱっとしない。
「私が乗馬がもっと上手ければ遠乗りでもなんでもできるんですけど……」
「別にイースが気にすることじゃないだろう。その気持ちだけで……あー、そうだ、もし嫌でないなら二人で馬で出かけよう。そんな遠くまではいけないがのんびり日帰りで行くくらいにはいい距離になると思う」
「お気遣い感謝いたしますわ……」
「じゃあ次に会うときはそうしよう、なあイース」
なんて優しくてできた人なんだろうと思って涙が出てくる。小さく鼻をすすっただけなのに「どうしたイース!? 寒いのか!? ブランケットを持ってきてもらおう!」と大慌てでメイドに声をかけるところも日本の男子中学生じゃそうはいくまいと思う。貴族すごい。
ここが乙女ゲームの世界だったら私も婚約破棄されるモブの一人だったんだろうなあと思う。学園に通って悪役令嬢の取り巻きとかしてたと思う。厳密には学校に通うのは来年からだからそうなるかもしれない。いや、悪役令嬢なんて現実に居るわけないじゃんとも思うけど。もしよ、もし。
なんて思ってたわけですよ。ずっと。
◇◇◇
「フレデリカ・リーファライン! 君との婚約破棄をここに宣言する」
ああー…………。
もしかしてやっぱり私がしらないだけでここって乙女ゲームの世界だったんじゃなかろうか。ヒロインと思しき少女をかばうように立っている王太子殿下は今日もきらきらしい。
デビュタントでいわゆる主要人物は大体見かけてたんだなと周囲を見渡す。王太子(当時はまだ王子だった)に、フレデリカ様。王子の周囲の高位貴族の令息たち。その中にはジーク様もいる。加えてフレデリカ様サイドにはその令息たちの婚約者のご令嬢。
スクールカースト上位っぽい子たちだったのでこれはだめだと思って私は距離をおいていたけどまさか本当にこんな対立構造が出来上がるとは思わなかった。
けど、殿下の後ろで守られているあの子は見たことがない。なに、「リリン・レーベル」? 庶民の特待生? へー全然知らない。たしかに顔は可愛いほうかもしれないけれど、あふれ出る気品みたいなものでフレデリカ様に勝てるとは到底思えない。
一見派手派手しいフレデリカ様だけど、次期王妃としての素養は確かなものだと思う。成績は優秀だし、立ち居振る舞いも美しいし、私はあんまり関わらないけどフレデリカ様が声をかけてくださったことがあるからいつもご挨拶だけは絶対にしている。そんなときだっていやな顔は絶対しない。「ごきげんよう、良い夜ね」と笑ってくださる。
……え? というかそんなフレデリカ様が婚約破棄?
「ま、ま、待ってください!」
「きみは……アランスタイン子爵令嬢」
「なっ、にをしているんだ! イース!」
「イース様……どうして……!」
どうしよう、何も考えずに飛び出してきてしまったけどフレデリカ様が一番驚いている。ああほらもう泣いてるじゃん! 十六そこいらの女の子がこんな衆人環視の中で大きな声で悪者めとか言われたら泣いちゃうに決まってるじゃないですか。
でも不敬罪とかは怖いから小市民は王太子をにらみつけたりできません。ジーク様がめちゃくちゃ慌てたような顔をしているのだけが救いだ。よかったちゃんと人間っぽい。魅了の魔法みたいなファンタジー設定だと話通じないロボットみたいになっちゃうもんね。
フレデリカ様に私の、といってもフレデリカ様のより幾分くたくたのハンカチを渡して後ろにかばう。王太子たちは怪訝な顔をした。
「あ、あの! フレデリカ様がなにかしたのでしょうか!」
「なにかもなにも、彼女はここにいるリリンに嫌がらせをした。その罪をここで」
「その証拠とかあるんでしょうか! あったとしてそれはこんな大勢いるところで見せしめるほどですか!? 三大公爵家が全員汚職しててもさすがにこれはないかと思いますけど!」
一応、王国法の中に被疑者を守る法律だって存在する。それはあくまでも被疑……つまり容疑の域を出ていないからだ。きちんとした王国の警察組織による調査と、正当な王前裁判を経て初めて衆人の前での糾弾が許される。なのにこれはあんまりだ。しかもいじめって! フレデリカ様がそんなちゃちいことするもんか。
「その女は次期王妃の予定であった! だからこそそんな悪女を許すわけにはいかないのだ! そこをどきたまえ、アランスタイン嬢!」
「どきません! 絶対にどきません! フレデリカ様はそんな安っぽいいじめなんかしません!」
「君も一緒に裁かれたいのか!」
「冷静に考えればわかることです! 庶民なのでしょう、そこの、れ、れ……なんでしたっけ「レーベル嬢よ」そうそれ! レーベル嬢! フレデリカ様がどうこうしなくても、フレデリカ様が公爵様にお伝えしたらそれだけで片付く話ではないですか!」
学校自体は王立だけれども、その管理を一任されているのはリーファライン公爵家。つまり最高責任者は国王陛下でも、学内のちょっとした面倒ごとくらいであれば理事長である公爵閣下が口を出せば片が付く。
本当にフレデリカ様が陰湿なことをしようとしたら一般生徒よりもさっさとばれるだろうし、きっと娘であっても公爵閣下はそれを許さない。公明正大に肉を付けたような珍しい高位貴族だとみんな知っているはずだ。
「どうしてそこまでするんだ! 君はフレデリカと親しいわけではないだろう!」
「確かに親しくはないかもしれませんけど、この学校でフレデリカ様にかけていただいた恩は死んでも返しきれないほどあります! だから私はフレデリカ様の味方をするんです!」
「イース様……」
「そうよ、フレデリカ様がそんなこと……」
「そうだわ、わかっていたのに出遅れるなんて」
「フレデリカ様を守らなきゃ」
「イース様だけにさせられないわ」
呆然と見ていたご令嬢たちがそばに寄ってきて私とフレデリカ様の手をとる。困惑と安堵の表情でフレデリカ様はとうとう泣き出し、遅れて入ってきた大人たちがなにごとかとざわつき始めた。入り口付近では顔を真っ赤にした公爵閣下がこちらに駆け寄ってこんとする勢いだが周囲が「待って、今は待って」「だめです、今だけは、もう少し待って」と必死に止めていた。
「わたくしたちも抗議いたしますわ! たとえ王族であっても、王国法は遵守していただかなくては」
「フレデリカ様とイース様、お二人をここで糾弾しようとするのは間違っています!」
あまり話したことのないご令嬢たちもそうだそうだとうなずいてくれる。隣にいたロロナ様とベアトリーチェ様が「あなた勇敢なのね」とほほ笑んでくれた。
勇敢……? いやなんかつい、コンビニで怒鳴られてる新人店員さん助けるくらいのつもりで飛び出してきちゃったけどよく考えたらこれ王家と公爵家の揉め事じゃんね? おもいっきり首突っ込んでしまったけど我が家は明日の朝日を拝めるかな……。
少しばかり気が遠くなりかけたところでジーク様が「もういいだろう!」と声を張り上げる。つかつかと王太子のもとまで近づくと思いっきり拳を……え!? 殴った!? 王太子のこと殴った!?
「ジーク! どうして……」
「俺は陛下から家臣として、友として王太子を導いてくれと頼まれている。必要であれば手を出していいとも言われている。今がその時だ! 俺たちは何度もお前に忠告したな、だがお前は耳を貸さなかったではないか!」
周囲にいた令息たちもふーーーと長めのため息をついて困ったような顔をした。あ、あれ? なんか、世にいう断罪ルート、的なことは起きないのかな? こういうのって全員で寄ってたかってフレデリカ様をなじって、最終的に国外追放だーとかってやるところなのでは……。
一人が口を開く。彼はたしか、法務室室長のご令息だ。名前はわからないけど。
「最初に言っただろ、その子の証言だけでは証拠能力なんかないですよって」
「だが、リリンは実際ケガをしていただろ?」
「自作自演って誰にでもできるんだよ、殿下。君は真面目だから思いつかないのかもしれないけど」
なるほど、まじめも高じるとああなるのか。良かった私はまあまあ不真面目で。どちらかと言えばジーク様のが真面目だけどあの人はそれなりに黒い貴族に揉まれて生きてきているから王太子より汚い考え方を理解しているはずだ。反面教師にしようとしてはいるから心配はしてないけど。
「リリン・レーベル。君がどんなふうに殿下をそそのかしたかは知らないけど、裏では話がついているんだよ。今日大人の入場が遅かった理由もそれだ」
「え、えっ、なに、どうして……!? だってみんなだって……!」
「衛兵! この者を拘束しろ!」
唖然とする王太子とそこから引っぺがされるように連れていかれるレーベル嬢。ざわつく会場ではやってきた大人たちが自分のこどもたちに駆け寄っていく。令息たちもおりてきて婚約者たちの手を取った。
ただひとり、フレデリカ様を除いて。
「あ、ふ、フレデリカ様! 私のハンカチで涙は吸いきれましたか!? ちょーっとあの、よく使うものなのであんまりパリッとしてなかったんですけど逆によく涙も吸えたんじゃ……ないかと……」
「う、う、うわあああぁぁん」
「わー! フレデリカ様ー!」
どうしよう! どうしようフレデリカ様を泣かせてしまった! しかも淑女にあるまじき大声での大号泣。どうしようこんなところ見られたら公爵閣下に殺される……と思ったらもう目の前にいた。詰んだ。終わった、アランスタイン家。
固まって公爵を見上げるとすごくすごく悲しそうな顔をした後にいつものキリッとしたお顔でフレデリカ様の手を取った。まだわあわあと泣き続けているフレデリカ様の背中をぽんぽんとたたく姿は、昔みたゆきちゃんちのお父さんによく似ていた。
「イース嬢、娘を助けてくれてありがとう。心から、礼を」
「とっ!? とんでもございませんです! むしろあの、フレデリカ様を泣かせてしまいまして……」
「さあ、フレデリカ、一度ここを離れよう、イース嬢にお礼を」
「ぐすっ、イーズざま、ひっく……かばって、くださって……わたくし……わたくし……」
「かばったなんてそんな、えーとえーと、フレデリカ様はそんなことしないって思っただけですから!」
もうだめだ。キャパシティがオーバーヒート起こしまくっててもうなにがなんだかよくわからなくなってきた。そろそろ倒れたいしいっそ気絶したい。目が覚めたら夢でしたってことになっていてほしい。
「ぐずっ、あの、ハンカチは後日お返ししますわ……」
「え、は、はあ……そんなくたくたので、なんかすみません……」
ゆったりとした足取りで出口に向かっていく公爵閣下とフレデリカ様をみつめながら怒涛だったな、終わったなとおもうと足の力がすっかり抜けてしまった。
その場にへたり込むと周りのご令嬢が手を貸してくれる。それを見て慌ててジーク様が駆け寄ってきた。ああ、だめですよそんな、室内でそんな全力疾走したら危ないですよ。
「すまない、出遅れた。イース、無事だったか」
「はあ、あの、なにやら差し出がましいことをしましたようで……」
「そんなことはない。予定とは少々違ったが結果オーライだ。フレデリカ嬢も君のおかげで傷は浅いかもしれない」
詳しいことはあとで話すから、と彼が言うので頷く。とりあえずもう考えるのはやめておこう。あの子が何だったのか、彼らが何をしようとしていたのか、大人たちが何をしていたのか、それも本来はここでわかるはずだったんだろうからどうせ後で知らせが回るだろう。
とにかく生きててよかった。死にそうだった。つい小市民気質で動いてしまったけれど、令嬢としてはまったくもって最悪の立ち居振る舞いだったので勘当されるのも視野に入れなくてはならなさそうだ。これは婚約も解消かな…。
「イース、今日の君は実に公正で勇敢だった」
「そんな、ただ、泣いてほしくなかったんです。同級生の女の子に」
「公爵令嬢を、義務ではなく優しさから助けようとした君の行動は素晴らしかった。貴族として誇るべき行いだ」
そうですわ、ご立派だったわ、とあちこちから声が飛ぶ。
思い出したら恥ずかしくて死にそうではあるけど、周囲の評価がいいのであればまあ、いいか。少なくとも私に引きずられてジーク様が悪評にさらされる心配はなさそうだ。
「君が俺をなんとも思っていないのは知っている。だから俺もそうしていようと思ってきた。だが今日の君を見て俺は君をもっと誇らしく思う。イース、俺は君のその素晴らしさを裏切らない婚約者であると誓う」
「え」
わっ、と周囲が沸く。え、何この空気、なんで沸いてんの。そこの令息たちもなにほほえましい顔してるの? どういう状況?
ジーク様は私と過ごすことを義務だと思ってたんじゃないの? 本当は鍛錬や騎士団や、なんかそういうほうに興味があって、私といるのは一種のお仕事なんじゃないの? だからいつもちょっとそっけなくて、武芸の時間も長くとっていて、って感じじゃなかったの? 超堅物みたいな感じだったじゃん。
事態が呑み込めていない私に向かってジーク様は子供の頃にみた咲くような笑顔で言った。
「俺の真実の愛は、君とともにあるのだと思う」
◇
あれから、れー……レーバー? レバー嬢? は王太子殿下に粉をかけていたり、うらでこそこそやってたらしいことが明るみになって王家の牢に入っている。なまじ頭がいいから、高位貴族に取り入ればあるいは、とか思ったんだろうけど欲をかいて王太子に手を出したのが良くなかった。
そうとも知らない王太子は身の回りにいないタイプだった彼女にあっさり落ちて、まさに恋は盲目のど真ん中に居たらしい。あいつの目を覚まさせてやるしかないなとああいう大掛かりな計画に出たそうで令息たちはみんな正気だったらしい。
一応フレデリカ様にはその旨も伝えてあって了承もいただいていたらしく、あそこで私が出張らなければ彼女と公爵閣下が「バカじゃないの」って感じで証拠品ずらっと並べる算段だったらしい。ただそこで私が出て行ったせいでフレデリカ様は公女とか王太子妃とか関係なく「フレデリカ様はそんなことしない」と言い切った私に感動したそうだ。つまりあれは嬉し涙。
王太子がバカなのはまあまあわかっていたらしく、白紙撤回になった婚約自体にはさほど興味がないらしい。窮屈な教育や大人に縛られて友達付き合いでもいまいちストレスが発散できなかったそうだからいまは伸び伸びとしている。あれからハンカチはグレードアップして戻って来たし、私はフレデリカ様にお友達認定をいただいたのでよく一緒にお茶をする仲になった。次の婚約は慎重にいくわ、だそう。
ジーク様は、というと。
私が知らなかっただけで、どうやら周囲ではジークの献身で砂糖が吐ける、といわれるほどジーク様は私を大切にしてくれていたそうだ。ただ私がビジネスパートナーっぽい態度だったから、重いとか思われたくないし、好きじゃないですとか面と向かって言われたくないと適度な距離感とやらを心掛けていたそうだ。
だけど、あの夜の勇者みたいな行動をした私にやっぱり好きだ! みたいな気持ちが募ってしまったとか言っていてあれ以来、あんな堅物だった彼がプレゼントやら花束やら、めちゃくちゃ甘いお手紙やらをたくさんよこしてくるようになった。
気づいてなかったのが私だけというので周囲は面白がっているが、まあ真実の愛だといわれて悪い気はしない。これからもうまくやっていけるだろう。
貴族女性の幸せは、良い身分の男性に嫁いで子を成すこと。
この世界でその考え方自体は変わらないし、そうやって生きていたほうが楽なんだろう。私はいまだジーク様を恋愛目線では見られていないけど、パートナーとして彼より良い人はいないだろうとも思う。なんせ私の無謀さも愛しいと笑ってくれるような彼だ。まだ十六なのに末恐ろしくはあるがそれはありがたいことでもある。
あの日のことは、十代のとあるちょっとした思い出でしかないのかもしれないけれど小市民の私が守りたかったものは守られたしそれによって、もっと良い関係を築いて、もっと良い道を歩けるようになった。まだ完璧ではないあれやこれやは私がこの世界になじんでいないだけで、まだまだたくさんの未来が降ってわいてくるのだろう。
その時隣にいる人がジーク様ならあるいは、と思う今日この頃である。