運命の夜
MP0、これは僕が異世界グロウエッグで背負った因果だ。
MPを持ってないと言うだけで、家族は僕を忌諱し。
あまつさえは拷問のような迫害を与え続けた。
のほほんと過ごしていた前世では味わえなかった、苦い経験だ。
だから勘当とは言え、父が僕に与えた一時の自由を大切にしようと誓っていた。その矢先、僕は羞月閉花の女賢者であるメフィストさんと出逢ってしまった。メフィストさんの研究によると、MP0の僕でも魔法が使えるかも知れない。
「しかし、これは一種の賭けだ。もしかしたらルウのMPは完全な0じゃなく、小数点以下とは言え、今の技術では計測出来ない微量なMPを持っている可能性の方が高い。そんなお前が魔法を使えば、この世から消えてなくなるかもな」
けど、世の中甘い話はそうそう転がってない。
僕は齢6歳で、自身の生死を懸けた選択を迫られていた。
「ルウ、お前が家でどのような酷薄な扱いを受けて来たのか、全てそこにいるユルシアから聞いている」
ユルシアはさきほどからだんまりを決め込み、事態を静観していた。
エヴィン家の次期当主の有力候補である彼女は、我が姉ながらよく分からない。ネッツや他の兄姉達の苛めを目撃しても、加担することもなく素通りしていたから。
しかし今はユルシアのことはどうでもいい。
結論は出ているようなものだが、問題は僕がメフィストさんの研究に協力するか否かだ。
「……かび臭いここではなんだし、外に出るか。外の風に当たって冷静になって考えようじゃないか」
「はい、ですがメフィストさん」
「ん?」
外出しようと言うメフィストさんは黒いローブを手に持ち、美貌を隠した。
僕の呼びかけに応じるよう振り返ると、彼女の匂いが室内に広がるんだ。
「僕は、メフィストさんの研究に協力するつもりでいます」
「ならもしも、この研究が成功した暁には、お前の望むものを与えよう」
メフィストさんは僕の手を取り、外へと向かう。
僕は思いがけぬ人生の転機に、明らかに気持ちを高揚させていた。
もしも研究が成功し、魔法が発動出来たら、望むものをくれると言うし。メフィストさんに連れられて外へ向かうさいちゅう、浅はかな思慮で覚えたのは、人のぬくもりが欲しいという感覚だけだった。
賢者の塔から出ると、泥カビ臭かった匂いが草木が持つ自然の香りへと変わる。
メフィストさんは黒いローブ姿のまま、伸びをし。
綺麗な立ち姿のまま、空を慈しむ様子で窺っていた。
「ルウ、世界は私達が思っている以上に広いぞ」
「そうなんですね」
「今はお前に私の故郷を見せてやりたい気分だ」
「メフィストさんの故郷はどんな所なんですか?」
「視界一面に広がる麦畑が綺麗な、のどかな農村だよ。賢者の位を授かってからは、一度も帰郷することが出来てなかった。お前が魔法を発動させることが出来たら、一緒に帰ろう」
まるで恋人の実家に顔を出すような感覚に聞こえ。
僕は顔を赤らめさせてしまった。
「……いつやりますか?」
「せめてお前の義務教育が始まる前には、成功させたい所だな」
「国が制定する義務教育って、必ず受けなきゃいけないのでしょうか?」
「学校が嫌なのか?」
「はい、僕の体質のせいもあり、父からは辛辣な苛めに遭うだけだと言われました」
だから、出来るのなら学校には行きたくない。
僕達の国――モリタブルは世界でも有数の魔法大国らしいけど。
僕の兄、ネッツを始めとし、陰険な輩が多いように思える。
「おーい、坊主ー」
「あ、露天商の」
その時、街から露天商の店主が小走りでやって来た。
彼の姿を窺い、メフィストさんが身構えると。
「あの者はメフィスト様の怨敵でしょうか?」
「ちょっとな」
「もし宜しければ私の方で処分致しますが」
「止めろユルシア、その必要はない」
姉さんと空恐ろしい内容を口にしていた。
そうとも知らず、店主は僕に近寄り。
「のこのこと何の用だ」
「テメエは退いてろメフィスト。賢者と言えど、俺の善行を止める権利はねぇ。ほら坊主、忘れ物だよ」
と言い、店主は2枚の金貨を僕に手渡した。
「……どうして? 黙って持ち逃げすればよかったのに」
「あの後、警備隊の詰問を受けてる間、ひょんなところでお前の境遇を耳にしてな。家から勘当されたんだって? なら、金は大事にしろよ。でなきゃお前死ぬぞ。この国の人間は冷たいからよ」
「でも、貴方は違うじゃないですか」
そう言うと、露天商の店主は目尻を下げて微笑んだ。
「賢者メフィスト、お前はこの坊主に何の用だ?」
「彼は私の弟子に取る、お前には関係ないことだ」
「ほう、坊主は噂に聞こえた王国史上初の女賢者の弟子になったのか」
そうだったのか。
メフィストさんは国の歴史においても、稀有な人だったんだ。
そしたらますます、僕はメフィストさんの研究を成功させたい。
メフィストさんの研究を国に認めさせ、恩返ししたかった。
「メフィストさん、実験の付き添いとして、このおじ、お兄さんを一緒にしてもいいですか?」
「いいだろう」
「それでなんですが、僕が実験する魔法って、何になりそうですか?」
「どうせなんだし、現存の魔法でも、高等な部類に入るMP消費量の激しい召喚魔法にしようと思っている。もしも成功すればルウは魔法使いの中でも特に位の高い、召喚士の称号を授与できるぞ?」
するとメフィストさんは「と言うか」と言葉を続け。
「と言うか、私が知っている古代の魔法式は、召喚魔法ぐらいしかないんだ」
◇
その日の夜。
僕は賢者の塔付近の草原に居た。
メフィストさんの話だと、夜は魔の機運が高まるらしく。
魔法使いにとっては夜の方が幸運だとされているらしい。
王家筋の偉い人や、露天商の店主ゾロなどを交え。
メフィストさんの知り合いの賢者も数人駆り出して、不測の事態に備えていた。
「メフィスト」
「これはエヴィン家の当主、オスカー様、今宵はわざわざお越しくださり恐悦に御座います」
「家の愚息を実験道具にすると聞いてな……しかし、本当にアレに魔法が使えるのか?」
「使えますとも、だがオスカー、彼はもう貴方の息子ではない」
「せいぜい、実験が成功することを願っているよ」
あろうことか、僕を勘当した父上まで見物にやって来てしまった。
……酷い緊張から、耳鳴りがする。
もしも実験に失敗すれば、僕はメフィストさんを不幸にしてしまう。
「父上、酷いじゃないですか! 俺達にもルウの活躍を見守らせて下さいよ!」
「ネッツ、他の兄姉達も来たのか」
「ユルシア姉さんから聞いて、急いでやって来ましたよ」
……最悪だ。