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僕は今日、家を出た


 そこら辺の石や、草木、猫と言った動植物や、古びた木机の上に出されている焼き魚でさえMPを持っている。しかもMPは生まれ持った才能であり、どんなに創意工夫を凝らそうとも、絶対量は生涯変わらないらしい。


 錬金術師という輩が、無機物や有機物などからMPを取り込む研究をしている話もある。


 伯爵家エヴィンの家長、つまりは僕の父は、僕が生まれた時、涙を止められなかったと言う。


 ――俺はどんな子供だろうと愛する自信があったが、だけどこの子だけは愛せない。


 父がそう告げると、僕を見る家族の目も豹変したようだ。

 僕はこの家の末っ子で、僕が生まれてから父は子供を設けようとしなかった。


「ルウ、その傷は誰に付けられた?」


 春先の食卓に並べられたのは近くの川で獲れた魚のステーキや、香辛料塗れのカルパッチョと、2個のトーストだ。レンガ仕立ての暖炉付きの食堂に珍しく兄姉達が一同に会して、従者が用意した食事を黙々と摂っていた。


「この傷は誰かから受けたものではありません、外を走って転んだ拍子でついたものです」


 本当は3歳上のネッツの執拗な暴行によって出来た痣だけど。

 父に本当のことを言うと明日からネッツの暴行がさらに酷くなる。


「お前は、我が身可愛さに嘘を吐くような弱虫だったのだな」

「……父上が仰られていることが理解出来ません」


 そう返答すると、父は堰を切るように食卓を叩いた。


「ルウ、俺はもう……お前を庇えないッ!」


 じゃあどうすると言うのだ。

 兄姉達による迫害を止めることもせず助長させたのは、他でもない貴方だと言うのに。


 そんな諸悪の根源から、庇えない、などと切れられても、鬱憤がたまるだけだ。


「お前には今日限り、この家を出て行って貰う。どこで生きようと、野垂れ死のうと勝手にしろ」

「お父様、さすがにそれは無責任なのではありませんか」


 父の発言に反論したのは長女のユルシアだ。


 彼女は兄姉の中で一番のMPを誇る、この家の跡継ぎの有力候補で。

 家の従者達からの信望もあつく、悪い噂は耳にしない。


「歴史を辿れば、エヴィン家はかつて廃滅しかけていた王家筋の子を引き取り、立派に育てたことを勲章とし、伯爵の位を授かった慈悲深き家柄です。そのエヴィン家が無力な息子を勘当し、亡き者にしようとは世間体が悪すぎます」


 怒りの余り赤面していた父がユルシアに鈍い眼光を向けると、ユルシア以外の人間は萎縮していた。


「じゃあどうしろと言うのだ、ルウは後2か月後に義務教育を控えているのだぞ。そうなれば、ルウはこの家で受けていた兄姉達からの苛め以上の辛苦を味わうことになる。それこそ、生きてるのが嫌になるだろう」


 だったらルウにはこの家を出て行って貰った方が、双方のためだ。


 そこまで言ってようやく父は荒げていた気分を、悄然とさせる。


 諸悪の根源と思えど、父には父なりの考えがあるのを知っている。

 父や兄姉達はなまじ貴族の身分に居るからこそ、この世の理を軽視できなくて。

 全ての発端は僕が生まれ持ったMPが0だったことに尽きるのだ。


「ご馳走様でした」

「……ルウ、お前は私にどうして欲しい」

「特に何も思いません。失礼を承知で言わせて貰えれば、この家に何かを期待することはないですよ」


 言うと、兄姉達が僕に矛先を向けるよう手の平をかざす。

 きっと攻撃系の魔法を使おうとしたのだろうけど、父が制止していた。


「分かった、ならばやはりお前には家を出て行って貰う。明日の朝にな」


 と言うことで、僕は家を勘当される運びになった。

 でもいいんだ。


 兄姉達からの迫害は正直、耐え難いものがあったし。

 従者達の嘲りには、精神をきたしそうなほどプライドが傷ついた。


 僕がこの世に生まれて来た意味はない。

 その自覚は余りにも孤独で、烙印のように心を蝕んだ。


 ◇


 翌朝、目が覚めると飼い猫のナツメが僕のベッドに潜り込んでいた。父にナツメを連れて行ってもいいか聞いたけど、他の兄姉達が嫌がるという理由で却下される。出立の時、エヴィン家の大きな屋敷の玄関に集ったのは父と三男のネッツと手隙の従者だけだった。


「ルウ、ネッツがお前に言いたいことがあるそうだ」


 父がそう言うと、ネッツは鼻をスンスンと鳴らし、涙を流す。

 ネッツが涙している様子が意外過ぎて、不覚にも心を和らげてしまった。


「泣かないでください兄様」

「ルウ、今まで悪かった」


 ネッツは抱えていた革袋を僕に渡すために肉薄すると。


「何て言うはずねーだろ? ざまぁねぇな、ルウ」


 声を潜めて、僕にこう耳打ちする。

 こいつからは散々な目に遭わせられて来ただけに、身体が震える。


「いいか? 二度と俺の視界に入るな、これだけは覚えておけ」

「……さようなら兄様、父上も、どうかお達者で」


 踵を返すように屋敷の門へと歩き始めると、従者達が別れの言葉を口々に言っていた。嘘泣きしているネッツは父に肩を抱き留められ、今まで嘲笑していた従者達の態度は甲斐甲斐しく、父を中心とする欺瞞じみた光景に、この家も長くないと悟らされた。


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