失態
会場入りしたあと、僕はユルシアと2人きりになっていた。
メフィストさんは他の賢者や知り合いの貴族に挨拶しに行った。
「ルウ、あそこ見て」
客用の飲み物を受け取ると、ユルシアがある人たちを示唆した。
その人たちは、僕の兄姉だった。
向こうも僕達がいることに気付いたみたいで、近づいて来る。
「ユルシア姉さん、お久しぶりですね」
と、気さくな感じでユルシアに声を掛けたのは次男のカインだ。
僕とは5歳違いで、カインの横には双子で長男のグウェルもいる。
2人の兄はどちらも洒脱な感じで、場慣れしているように見えた。
「2人とも久しぶり」
「……お久しぶりにしておりますカイン兄様、グウェル兄様」
2人はネッツとは違い、僕に暴力を振う真似はしなかったけど。
「誰だお前」
挨拶をすればカインは冷徹な表情で僕にこう言った。
暴力を振わない代わり、2人からはよく精神的に苛められていた。
「ああ、誰かと思えばお前か。えっと、俺達の弟で、名前は何だったかなグウェル」
「ユルシア姉さん、聞けば最近はルウにご執心していらっしゃるようですね」
2人は目の前にいる僕の存在を無視し。
「お気持ちを確かにして欲しい、ルウは我が一族の恥さらし所か、疫病神ですよ」
平然と本人の目の前で侮蔑する。
「何でお前がここに居るんだ、ルウ。さっさと家に帰れよ。もっとも、お前に帰る場所なんかないだろうけど」
ことさらカインが僕を除け者にしようとすれば。
「2人はルウのことが嫌い?」
無感情なユルシアは聞いてはいけないことを聞いていた。
「えぇ、当たり前ですよね?」
「俺達はエヴィン家の敵を排除しているだけですよ」
「もういいですよ姉様、僕は向こうに行って大人しくしています」
所詮、思い上がりだったんだ。メフィストさんの付き添いで夜会にやって来た僕は、少しは国に貢献できる男になったのだと、己惚れていた。
しかしそれは勘違いで、僕は実の兄姉達からも見捨てられるような人間だった。
ユルシアと双子の兄達を尻目に、僕は会場の端に歩いて行った。
「お前、エヴィン家と知り合いなの?」
会場の端に向かう途中、僕ぐらいの少年から声を掛けられた。
「あの人達は一応、僕の兄だから」
「マジで? すげーじゃん」
凄いのか? メフィストさんから聞いた限り、エヴィン家は没落貴族のはず。
「何がどう凄いの?」
「エヴィン家って言えば、学校でも1、2を争う有名人だし」
「それって悪い方面で有名なのかな?」
と言えば、後ろから唐突に「はぁ!?」と大音声が上がった。
いきなりの声に驚いて後ろを振り向くと。
「エヴィン家のグウェル様、カイン様の両名は学校でもトップクラスの美貌の持ち主よ!? 私は2人のファンなのだから、悪く言わないでくれる?」
ああ、そういうことね。
確かに2人は昔から従者の受けもよかった。
――耽美ってこのことよね。
――美少年特有の儚さが堪らない。
――今夜夜這いしてみようかしら。
なんていう風に、カインとグウェルの顔立ちは優秀なんだよな。
「その格好は、貴方は私の後輩ってことかしら」
「姉ちゃんそいつエヴィン家の子供らしーぜ」
「あらそうなの? では」
と言い、綺麗な金髪が特徴的なお姉さんは僕の前に手を差し伸べた。
エスコートしてください。って意味合いの手だ。
「あいにく、僕は家の嫌われ者でして、お役に立てず申し訳ございません」
「……どういうこと?」
「言った通りの意味ですが」
「つまり使えないクソガキってことね」
こういう明け透けに物を言う人って、味方につけたいものだ。
「お前、いくつ? 名前は?」
「僕の名前はルウ、今年で6歳になるよ」
「俺も今年で6歳、名前はコリンズって言うんだ。よろしくな」
少年の方は僕と同い年だったらしく、握手を交わした。
今まで友人が1人もいなかっただけに、温かい情動が胸に込み上げる。
「大人ばっかで暇してたんだ、向こう行って遊ぼうぜルウ」
「えっと」
いいのかな?
確かに会場内では子供達が陽気に走り回っていたりするけど。
彼女達はみんな僕よりも幼い。
「遊ぶって言っても、何するの?」
「そうだな、じゃあここに居る女連中のスカート捲りでもしようぜ」
「え、それは不味いよ」
子供じゃなかったら許されない侮辱行為だ。
しかし、コリンズは僕の制止も聞かず、ユルシアに突進して行った。
ユルシアはカインとグウェルの2人と話し込んでいて、今は無防備だ。
「そこの綺麗なお姉さん! 今日は何色の下着なのか、なッ!!」
コリンズの一心不乱な不意打ちは見事に成功し。
遠くに居た僕の目に、ユルシアの淡い水色の下着が映った。
「……おいお前」
「僕達の姉になんて無礼な真似するんだよ」
そしてコリンズはグウェル達に捕まり、泣き始めたようで。
コリンズは僕を指差し、2人に何事か吹き込んでいた。
最悪だ、きっとユルシアへの侮辱を僕のせいにされた。
それを証拠にグウェルとカインは僕に近寄って来る。
「ルウ、ちょっと顔貸せよ」