夜会会場にて
翌日も僕はガラルさんの工房の門を叩いた。
「ガラルさん、今夜王室が開く夜会に招待されているのですが、何か気をつける点ってありますか?」
尋ねると、ガラルさんは口髭を撫でて思案する。
「お前であれば特に問題はないんじゃないか? ルウは礼儀正しいからな」
「……つまり、いつも通りの僕で居れば問題ないのですね」
「ああ、だと思うぞ。夜会って、女賢者の付き添いか?」
ですね。
メフィストさんは召喚魔法の実験と、この街の水不足を解決した功績が認められ、夜会にお招きされたと言っていた。だがそれを成したのはやはりメフィストさんであり。
僕のようなMP0の問題児では、到底できない偉業だった。
そしたらふと思うんだ、もしもメフィストさんに先立たれたらどうしようって。
路頭に迷うのはいいけど、そんなの辛いよな。
1日8時間、朝日が昇り、地平線に沈むまで今日も働いた。
「ルウくんお疲れ様でした」
「ありがとうクック、今日もありがとうございましたガラルさん」
「礼を言うのはこちらの方だ、ありがとう。魔法紙の製造法についてもルウは深く知れただろう。そろそろ学校も始まるし、明日からは学校に備えるといいだろう」
魔法学校か。
父曰くの、実家で遭った以上の辛苦を味わうだろう場所。
不安も多分にあるけれど、今は昔にはなかった期待もある。
賢者の塔に帰宅すると、ユルシアが待っていた。
「お帰りルウ、お風呂に入るよ」
「1人でも入れますよ」
「駄目、信用できない。今日は夜会もあるから、入念に洗う」
それはいいけど、ユルシアとのお風呂は一種のプレイのようなんだよな。
く、悔しいけど、気持ちいい。
「綺麗になったようだなルウ」
「メフィストさん、いらしたのですか」
「今日は夜会だからな、お前のために特別な衣装を用意してきたぞ」
風呂から上がると、メフィストさんが綺麗な包みを持っていた。
メフィストさんには普段から感謝の気持ちで一杯だったため。
今の気持ちを、僕は言葉に出来そうになかった。
「ユルシア、ルウをこれに着替えさせてやってくれ。お前のドレスはこれだ」
「畏まりました」
ユルシアのために用意された白いチュチュのようなドレスも、綺麗だ。
「ルウ、これに着替えようね」
「1人で着れますって」
「また大人ぶって、6歳の子供が」
実際は21歳ぐらいの教養はあるんだよなぁ。
と言っても、今日のようなパーティーでの作法などはこちらの世界で学んだ代物だった。
用意された衣装に着替え、姿見鏡の前でどんな塩梅か確かめる。
膝まであるえんじ色の短パンに、装飾と胸元にワッペンが施されたブレザー。
インナーには真っ白なYシャツを着込んで……これって。
「メフィストさん、この格好って魔法学校の制服ですか?」
「そうだとも、この国では通常、夜会などの会食の席には学校の制服で出席する」
「じゃあ姉様の格好も制服なのですか?」
と問えば、ユルシアは口紅を塗った唇を開く。
「制服で出席するのは子供だけだから」
ユルシアの徹底した子ども扱いは、例え成人しても変わらなさそうだ。
「何? 私の格好に違和感ある?」
「え? いやお綺麗ですよ、姉様」
「本当に?」
見目麗しい銀髪の少女が、白いドレスを着込むことによってこれ以上ない純潔感を放っている。僕が弟でなければ、ユルシアを視界に入れた瞬間、目で追っていたかもしれない。
「では参ろうか」
と言い、メフィストさんは1枚の魔法紙を取り出す。
「メフィストさん、聞きたいことが2つあって」
「なんだ?」
「1つは、メフィストさんはお着換えしないのですか?」
「賢者には賢者の風貌がある、もう1つの質問は?」
僕は普段とは違った格好のメフィストさんも見てみたかったから。
賢者の風貌がある。って言葉で押し切って欲しくなかったな。
「もう1つは、その魔法紙はガラルさんの工房のものですよね?」
「そうだとも。この上等な魔法紙があれば、夜会への招待も気軽に行える」
少しとは言え、僕が手伝って作られた魔法紙が王室の夜会の役立てられたんだ。
これはガラルさんにいい土産話ができたと思っておこう。
するとメフィストさんは手にした魔法紙に念じ。
次の瞬間、僕達は夜会の会場の入り口に居た。
魔法紙を使っての転移魔法か、後でメフィストさんから教わっておこう。
「これはようこそ御出で下さいました、賢者メフィスト」
「今夜はお招きに預かりありがとう御座います」
「お忙しい中、よくぞご来場くださった。さぁ、中へどうぞ」
入り口ではダンディな初老の男性が会場の警護に勤めている。
中に招かれ、メフィストさんの後をついて行くように会場に入った。
「うわぁ」
会場の中は、別世界と称しても問題ない。
円状をした会場は端からだと向こう側が見えないぐらい広くて、招待された貴族の子供達が陽気に鬼ごっこに興じるほどの敷地面積だ。その広大な会場のすべてに豪奢な絨毯が張られている。
目を上に向ければ太陽のように輝く巨大な光源が1つ天井の中央にある。
その周囲に赤色系統の仄かな光が中空を舞っていた。
白いクロスが敷かれたテーブルの上には、見たことのない料理が侍られている。
料理は夜会の趣向をくまれたかのように、色彩も鮮やかだ。
「驚いたかルウ?」
「凄いですね、師匠」
「これは賢者たちが今まで研鑽して来た努力の結果さ。ここに居る大半はそれを理解してないがな」
さすがは王家の剣と名高い賢者の塔だと思えた。
彼らに与えられた特権に誰も不満を言わないのには、こういう訳があったようだ。