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いざ夜会へ


 アーヴァンクの巣窟で水の宝珠を持ち帰って以来、僕はガラルさんの工房に日々通った。僕の義務教育が始まるまでの約1ヶ月半の間、彼の下で魔法紙の精製を学ぼうと思う。


 でも、ガラルさんの工房は裏町にあって、ちょっと治安が悪いみたいだ。


 裏路地の怪しい建物からは、女性の喘ぎ声が聞こえるし。

 さらに路地で人が寝転がっているのは日常茶飯事で。


「……坊主、こんな所で何してる」

「え? いや僕は習い事に」

「習い事だと!? それってまさか、たわわなお姉さんを虜にするための!?」


 その日、僕を呼び止めた小汚いおじさんは黒いシャツをはだけさせ。

 口を開けば酒の匂いをあたりに充満させる、酷い酔っ払いだった。


「坊主、年は?」

「今年で6歳になります」


「ああ、じゃあ学校に入学する頃合いか……正直、あの学校はろくでもない所だからな? かく言う俺もMP量が少なくて、最底辺のクラスにぶち込まれて、びくびくしながら待ってると担任が開口一番にこう言ったんだ」


 ――皆さんは最低の屑です。


「屑と断言された、俺達の学生生活がどんなものだったか想像つくか?」

「……おじさん、この世は辛いことばかりだと思うけど」

「けど?」

「生きていれば、良いことだって絶対あるから」

「知った口聞きやがって、だけどありがとうな」


 そう言うと酔っぱらいは立ち上がり、千鳥足で消えて行った。


 一日一善という諺があるとして、今日の僕はそれに適っていただろうか。


「こんにちはガラルさん、調子はどうですか?」

「来たか、おいクック、ルウにお茶を」


 ガラルさんが言うと、奥手の方から赤毛のクックがお茶を持ってきた。


「ありがとうございます」

「ございました。ルウくん今日も頑張ってください」

「えぇ、確実に成果を上げます」

「それは良いことです」


 クックは僕の1つ上で、すでにもう魔法学校に通っている。

 今日は学校が休みだった影響もあって、午前中だろうと彼女は居る。


「あ、美味しい。クックが淹れてくれたお茶美味しいよ」

「やったー」

「そりゃそうだろ、水の宝珠が生成した魔法水を使ってるんだからよ」


 水の宝珠はとりあえず裏町の井戸に安置されたようだ。


 それが影響してなのか、裏町の酒や料理は急激に美味くなり。


 今この裏町はちょっとしたホットスポットになっているようだ。


「それじゃルウ、今日も魔法紙を大量に作るぞ。大口の依頼が3件も入って来て猫の手も借りたい」

「今日もよろしくお願いします」


 僕はガラルさんの工房で積極的に働いた。


 仕事が終わると、ガラルさんは報酬として余った魔法紙を好きに取って行っていいと言ってくれる。普通なら銀貨1枚相当はする魔法紙の中でも、特に質のいいものを選ぶように動いていれば、自然と審美眼も鍛えられた。


「おいルウ、たまには俺んとこにも寄って行けよ!」


 賢者の塔に帰ろうとした僕を大声で呼んだのは露天商のゾロだった。


「ゾロさん、生憎手持ちの金は少ないですよ?」

「ならお前さんが持ってる魔法紙と物々交換でいいぜ」


 言われ、店に陳列されていた品を見る。

 どれも埃や錆びを被っていて、商品としては三流だ。


「ゾロさん、毎回思うのですが、店の商品はどこから仕入れてるんです?」

「そりゃお前、俺だけが知る裏ルートを伝ってだな」

「メフィストさんじゃないですけど、盗品に手を出すのは止めましょうよ」

「失礼な師弟だな、他人の店の商品を盗品扱いするなっつうの」

「ですから、残念ですけどゾロさんの商品は買えそうにないです」


 そう言い、僕は今日工房から頂いた5枚の魔法紙をゾロさんに与えた。


「これをどこかで売って、今日の飲食代にでもしてください」

「ああ、この借りはいつか倍、いや……1000倍にして返すぜ」


 今日も一日一善ができた。

 明日もこの調子で何かしら善行をしよう。


 賢者の塔に帰る最中、野良なのか、1匹のゴブリンと遭遇した。

 遠目で見る限り、僕と同じ体格で、緑色の肌をしたゴブリンは同じく僕を警戒している。


 賢者の塔は町外れにあるから、ちょっと怖かったけど、問題ない。


「ワアアアアアアアアアアッ!!」


 腹から叫ぶと、ゴブリンは驚いたように森の中へと消えていく。

 基本的にゴブリンは弱い種族なので、叫び声をあげれば逃げる習性がある。


 でも、ゴブリンと言って侮ってはいけない。ゴブリンは人間と同じ雑食で、鋭い爪を持ち、こん棒といった携帯用の武器も装備している者までいる。都市伝説では人間を主食とする凶悪なゴブリンもいるみたいだ。


 ゴブリンを手短に追い払った後は、賢者の塔へ帰宅する。


「お帰り、さっきルウの叫び声が聞こえたけど?」

「帰路の途中でゴブリンを見掛けたので、脅したんです」

「そう……ルウの身に何か遭ったら、私も死ぬね」


 姉の愛が重い、重すぎる。


「ゴブリン程度だったら丁度いいんじゃないか、お帰りルウ」


 メフィストさんは奥手の寝室から現れた所を見るに、今まで就寝していたようだ。


 メフィストさんは更なる研究をしている身で、今は昼夜逆転している。


 5日に1回はメフィストさんと外に繰り出すけど、基本的には僕という幼気な男の子を連れている綺麗なお姉さん。という風体でしかなく、デートと言った恋人ならではの雰囲気はまだ出せてない。


「ゴブリンなら何が丁度いいんです?」

「魔物との戦闘訓練の相手としてだな」


 この世の森羅万象はMPを所持している。


 それは異世界グロウエッグに纏わる天地開闢からの理で。


 MPを所持した動物達は、やがて人間に仇名す魔物にまでなった。


 様々な生物が淘汰され、進化して行って、今の世界がある。


「魔法を使えなくても、ゴブリンぐらいなら倒せるって意味でしょうか?」

「そういうことだな。確か魔法学校の授業にも、戦闘実習があったはず」


 なんだって? 初耳だぞ。


「その戦闘実習ではどういった手合いと戦うのでしょうか」

「それはふたを開けてからのお楽しみ。それよりも」


 お楽しみって、その戦闘実習こそ、僕の身に何か起こりそうなのに。


「ルウ、実は召喚魔法の実験や、水の宝珠の件を受けて、王室から夜会にお呼ばれされた。明日の夜は予定を開けておけよ? 私とルウとユルシアの3人で出席するからな」


 王室の……夜会?



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