倍化の法
一先ず、ガラルさんと娘のクックとは別れ、賢者の塔に帰った。
露天商のゾロさんも「俺の方でも何か出来ないか考えて見るわ」と言い、別れた。
「さてと、街の水不足問題を解消するか」
「どうやって解消するんですか?」
「それはこれから考える、ルウは先ず食事を摂らないとな」
メフィストさんであればものの1日で解決してしまいそうだ。
「ねぇルウ」
「何ですか姉様?」
「この子、邪魔だから消してくれない?」
「キュキュー」
すっかりユルシアの虜になったアーヴァンクの姿を見て、男として学ぶべきところは多そうだった。言わば彼は僕の反面教師的な存在――まぁとりあえず彼を元居た場所に帰そう。
「ちょっと待て、アーヴァンクは確か水の宝珠を持っているんだったな?」
「キュ?」
メフィストさんはガラルさんの説明にもあったそれを示唆すると。
アーヴァンクはとぼけたような鳴き声を上げる。
「今さらすっ呆けるのか、ご老人」
「……儂はまだ若いぞ、女賢者」
「御託はいい、お前達の水の宝珠を――」
「あれは我が一族の生命源なれば、貸すことも与えることもせん」
二人が協議している中、僕は遅い昼食を摂っていた。
今日の昼食は燻製した川魚をチーズと一緒にこしらえた奴だ。
よくほぐされた魚肉にチーズのとろみが合う。
「アーヴァンク、何も私はお前達の主義主張を否定するつもりはないんだ」
「いくら言われようとも、人間にくみすることはしない」
「なら今後ユルシアに近づくなよ?」
「それとこれとは話がまた別だッ! 彼女には絶対俺の子供を孕んで貰う!」
ユルシアの顔を見ると、子供を孕むってどういう意味だろう。
そういった無垢な眼差しで二人のやりとりを見ていた。
「ならちょっとはユルシアに好かれる努力をしてみろ」
「いいだろう、ユルシア殿、貴方はどうすれば儂に嫁いでくれる」
「……アーヴァンクが大事にしている水の宝珠を、結納してくれれば」
もはや堂々巡りだな。
メフィストさんを見ると、悪魔染みた笑みを浮かべている。
いかにも悪巧みしている様子だ。
「どうだろうアーヴァンク、一度件の宝珠を我々に見物させてくれないだろうか? 何、お前達の悪いようにはしないと創造主に誓う」
そう言うメフィストさんの背後には、魔王が鎮座しているようだった。
◇
あの後、アーヴァンクはメフィストさんやユルシアに言いくるめられ、水の宝珠を見学することをいやいや許諾してくれた。メフィストさんは準備してくると言い、一度奥手の寝室に下がった。
メフィストさんが気になった僕は後を追う。
「メフィストさん」
「ん? どうしたルウ」
「水の宝珠を、くすねるような真似はしないでくださいね?」
「おやおや、釘を刺されてしまったか」
やはりか、先に忠告しておいてよかった。
「では仕方ない、成功する確率は低いが、別の案で行くか」
「どうなさるおつもりですか?」
「水の宝珠の模造品を即席でつくるのさ」
そんなことが可能なのだろうか? けど、今の僕には一抹の不安もなくて。
メフィストさんであればきっと、どんな偉業も成し遂げるだろう予感がある。
「まだ要領を得れてない顔だな、物は試しに、ここに切り花があるだろ?」
「えぇ」
と言い、メフィストさんは寝室の入り口付近に差してあった紫色の花を手に取る。あの花は周囲の空気を浄化させる作用があって。国民に愛用されている品種だった。
「この切り花を、今から私の魔法によってコピーしてみせよう」
「そんなことが可能なのですか?」
と言えば、メフィストさんは得意気な様子で笑った。
「簡単だよ、我らエルフにしか伝わらない秘術だけどな。ほら、もう出来た」
メフィストさんが左手に持っていた切り花が、気付けば右手にもある。
「倍化魔法という、ルウ、このことは余り口外してはいけないぞ?」
メフィストさんは倍化魔法のおかげで賢者になれたようなものだと豪語する。
魔法は本当に便利だ。
しかし便利であればあるほど、悪用される危険性を孕んでいる。
「待たせたな、行こうか」
「キュウゥウ~」
寝室から出ると、アーヴァンクがユルシアに求愛している。
ユルシアは何食わぬ顔でアーヴァンクの求愛を無視していた。
「メフィストさん、どうやってアーヴァンクの巣に向かうのですか?」
「召喚魔法の術者と対象は、それぞれお互いに召喚し合うことが出来る。この場合であればアーヴァンクが巣に戻った後、ルウを伝って我々を召喚すればいい。アーヴァンク、いつまでも色に感けてないでさっさと話を進めるぞ」
文献にも書いてあった。
アーヴァンクという種族にはメスが少なく、オスはいつでも欲求不満らしいと。
欲求不満なのはわかったけど、ユルシアを襲おうとしないで貰いたかった。