化ける
「来い、アーヴァンク」
「キュー?」
「おお!? これが例のアーヴァンクって奴か」
僕の魔法には魔法紙が必要で。
魔法紙を作るためには、大量の水が必要。
そこで浮上したのが、アーヴァンク達が守っているという水の宝珠だった。言い伝えによると、水の宝珠は対象が念じるだけで無際限に水を湧き立たせる代物だ。
魔法紙を求める成り行きで、僕はあの場に居合わせた一行を賢者の塔付近の草原に連れ立ち、錬金工房の主であるガラルさんの前でアーヴァンクを召喚して見せた。
「さすがは伯爵家のご子息であらせられる、その年で召喚魔法を体得していようとは」
「凄いですね、ルウさん」
ガラルとその娘のクックは僕を褒めてくれる。
「アーヴァンクを召喚したのはいいけどよ、ここからどうするんだ」
「キュキュ?」
青毛の愛くるしい、ビーバーの如き容貌のアーヴァンクは、誰かを探している様子だ。
まさか、ユルシアを? いや、そんなまさかな。
「……アーヴァンク、君に聞きたいことがあるんだ」
「キュ?」
「君達が守っている水の宝珠を、少しの間だけ貸して欲しい」
言うと、アーヴァンクは円らな瞳で僕を見詰める。
アーヴァンクの瞳から深い哀愁のようなものを感じていれば。
「人間よ、なにゆえ、我らの宝珠を求める」
それまで愛くるしい顔貌が売りだったアーヴァンクが、老人に変貌した。
「おい、人間に化けやがったぞ、どういうこった」
「アーヴァンクは賢い生き物だ、人間に化ける魔法を覚えていても不思議じゃない」
驚くゾロさんに工房主のガラルさんが説明し、僕も理解した。
「今、僕達の街が大変な水不足で」
「それでお前のようなわっぱまで駆り出すのか、実にさもしいなぁ」
昨日、ユルシアのお尻に発情していた君達に言われたくないと思った。
「水不足ぐらい、自分達で解決すればよかろう? 何せお前達、人間は昔とは違って、随分と偉くなったようだしな。尊大な態度を取るのもよいが、見合った力を見せねばいい笑い者だぞ」
「しかしご老人」
「こんななりをしておるが、儂はまだ若いぞ」
見掛けで判断するのは宜しくないな。
「こんな所に居たのかルウ」
アーヴァンクが僕を諭すと、メフィストさんの声が聞こえた。
「メフィストさん」
「いつまで経っても帰って来ないから、迎えに来たぞ」
メフィストさんの隣にはユルシアまで居る。
「ヌェアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
すると、人間に化け、僕と対話していた彼は唐突に叫んだ。
「どうしたんだ?」
「何、このオナゴが余りにも儂のタイプなもんでな、つい発狂してしまった」
アーヴァンクはユルシアにご執心の様子だ。
「アーヴァンクが人に変化したのか……とりあえず」
「キュ!?」
メフィストさんがアーヴァンクに向けて手を差し伸べると、彼の魔法が解かれた。
「見苦しい人間の真似などしないで、愛玩動物としての責を果たせ」
「キュ!」
アーヴァンクはメフィストさんの言葉に応じるようユルシアに抱き付いていたが、そうじゃない。
「で、事情を説明してもらおうか」
「これはこれは、お初にお目に掛かる賢者メフィスト。私は裏町で主に魔法紙の精製を生業とする錬金術師のガラルと言う。実は――」
ガラルさんは自己紹介も兼ね、自らメフィストさんに事情を説明した。
「……今、街では水不足が起こっていたのか。お前は知っていたかユルシア」
「家の従者がそんなことを言っていたような気がします」
水不足の情報は主に貴族階級にない者の間で言われているようだ。
この様子だと、賢者の塔の住人も周知してないだろう。
「紛いなりにも、貴方は賢者の塔の住人だ。なんとかしてくれないだろうか」
「紛いなりにも、は余計だな。いいだろう、水不足の問題は私が何とかする」
「本当か? それはありがたい」
本当だったら、メフィストさんの助力なしに解決する予定だったけど。
メフィストさんがそう言うのなら、僕としては特に異論はなかった。