魔法紙
ある日、僕は街に繰り出し、露天商のゾロに相談しに来ていた。
「え? なんだって?」
「ですから、最低でもMP200以上の上質な紙が欲しいんです」
「坊主、久しぶりに俺を訪ねて来たと思えば、無理言うなよ」
メフィストさんの下で僕は古代魔法について勉強していた。
彼女の古代魔法に関する研究論文に目を通し。
結果的に、今の僕に欠落している『物』がわかった。
古代魔法は威力が強力であればあるほど、魔法陣に要するMP量が高くなる。
スプリガンを召喚する魔法陣に必要なMP量は、最低でも120ぐらい必要だった。この世の森羅万象はMP量を保持しているとはいえ、MPを120も有する自然物はそうない。
そこで目を付けたのが、上質な紙である。
僕は露天商の店主、ゾロにMP200以上の紙、通称魔法紙はないか尋ねていた。
「何でまた魔法紙が必要なんだ?」
「僕がこれから魔法を使う上で、欠かせない代物なんです」
言うと、無精ひげが目立つゾロは大きな手で僕の頭をくしゃくしゃにする。
「とりあえず良かったな、MP0のお前もこれで魔法使いの端くれになれたか」
「はい、その節はお世話になりました」
「でも魔法紙か、ひと頃は取り扱っていたが、最近は市場に出回ってねーっぽいんだよな」
えぇ……なんと運の悪いことだ。
父から貰った金貨を叩いて、魔法紙を買おうと今日は意気込んで来たのに。
「それは残念ですね、でもしょうがないので他を当たります」
「待てよ、お前だけじゃ不安だからついて行ってやるぜ」
「いいんですかゾロさん」
「どうせ今日もろくな商売は出来そうにないからな」
その後、ゾロさんは知り合いの魔法具店へ僕を連れ立った。
赤茶色した壁肌が特徴的な、アンティーク調の店内にはまばらにだけど客がいる。
たしかここはエヴィン家と交友のあるお店だ。
「魔法紙? 駄目だよゾロ、あれは今は品薄なんだ。俺だって手に入れたいぐらいだよ」
「やっぱそっか」
ゾロさんは店の人と代わりに交渉してくれているが、内容は芳しくない。
「坊主、魔法紙は今製造されてないらしくて、とても希少なんだと。どうする?」
「……分かりました、ゾロさん、とりあえずこれを受け取ってください」
そう言い、所持していた金貨2枚を渡す。
「今日の駄賃です、ご迷惑お掛けしました」
「……ふぅ、お前、やけに諦めのいい性格してるって言われたりしなかったか。その諦めのよさが、逆に腹立つとかって言われたことないか?」
たしかに、兄のネッツが以前そのような理由で癇癪を起こしたこともあった。
「諦めたら、そこで終わりだよ。しかし俺はお前と違って、諦めが悪い」
「じゃあどうすると言うのですか?」
聞くと、ゾロさんは店の人に魔法紙を製造していた工房の場所を訪ねていた。
どうやら工房主と直接掛け合うつもりらしいけど、無謀っぽいんだよな。
◇
街の縫い目のような裏路地をゾロさんは積極的に進む。
余り治安がよくなさそうだけど、本当にこの先に魔法紙の工房が?
先導するのはゾロさんだから、騙し討ちはないだろうけど、不安だ。
「あぁん、スゴォイ、そこ、イィ、あぁん」
裏路地の一角にあった怪しい建物から、女性の喘ぎ声が聞こえたぞ。
「昼から盛りやがって、裏町の人間は節操がねぇな」
「そのようですね」
「……坊主はあんな大人と関わっちゃ駄目だぞ」
これは君とお兄さんの約束だ。なんて言っていると。
「どうやらここだな」
辿り着いたのは『リタの錬金工房』と書かれた古木の看板の門構えが目立つ、朱色の屋根の家だった。
「すみません、誰か居ませんか」
と、ゾロさんは工房の扉を叩く。
辺りからはメフィストさんの実験室でもあった異臭がしていた。
「はい、何か用ですか?」
しばらくすると、中から僕ぐらいの年恰好の女の子が顔を出す。
「君はこの工房主の娘さんか何か?」
「はい、クックと申します。初めまして」
「実は魔法紙をここで製造しているって聞いてな、ちょっと商談しに来たんだ」
「少々おまちください」
彼女はそう言い、赤毛の三つ編みをなびかせ、扉を閉めた。
「可愛い子だったな」
「そうですね」
「恐らく、坊主と同じ年頃だからよ。この際だし仲良くなっておけよ」
「それはそれで大変ですよ、MP0の僕を友人にもてば、周りが黙ってません」
「あー、それはあるかもな。まぁお前の好きにしろよ」
ゾロさんと他愛ない会話をしていると、クックは父親を連れて来てくれた。
「お宅が魔法紙の商談に来たって人?」
「えぇ、名をゾロと申します。今回はこちらに居るエヴィン家のお坊ちゃまであるルウ様が、魔法紙をご所望のようでして、是非とも貴方に取り合って頂きたいとのことです」
ゾロさんは僕を引き合いに出して、工房主に紹介していた。
工房主は黒茶色の髪と、立派な口髭が特徴的の朴訥な人だ。
「まぁ、そういうことでしたら、お話だけでも伺いましょう。どうぞ中へ」
「お邪魔しまーす、さぁさぁ坊ちゃまも入りましょう」
ゾロさんのいつバレるやもしれない嘘は、心臓に悪い。
工房内に通された僕達は、接待用の椅子に座り。
「どうぞ粗茶ですが」
「ありがとうな嬢ちゃん、で、早速魔法紙の商談に入りたいが、宜しいかな?」
クックから茶を持て成され、ゾロさんは間髪容れずに飲み干し交渉に入った。
「結果から言うと、魔法紙が欲しいのなら雨季を待つ必要がある」
「ふーん」
「魔法紙どうこう以前に、今この街では大規模な水不足問題を抱えているのは知っているな?」
「いや、俺は街の人間じゃないから」
「そうなのか? まぁ、家の魔法紙を求めて、わざわざ足を運んでくれたのに、すまない」
何でも、魔法紙を製造するのには綺麗な水が必要なようで。
1つの魔法紙を製造するのに、水が50倍から100倍の量が必要になるという。
「せめて水の精霊でも居れば、こんな事態にはならなかった」
「……水の精霊って、例えばアーヴァンクでも大丈夫ですか?」
「アーヴァンクか、何でもあの精霊の住処には水の宝珠があると言う。でもその宝珠はアーヴァンク達の生命の源だと言うしな、上手いこと共存共栄できれば……それこそ、この街も生き返るだろうな」
つまり、僕が召喚魔法を自由に使うには、アーヴァンクとの対話が必要で。
アーヴァンク達との共存を成し入れば、メフィストさんの役にも立てそうだった。