そんな冗談はいらないですから
新年早々にはそぐわない暗い内容ですので、ブラウザバック推奨です。
きっと人の死に対して素でこんな反応をする事はもうないだろう。
それくらい自分にとってはあり得ない知らせであった。
──人の死というものは唐突に訪れる。
誰もが知っている当たり前の事。
だが、知っているという事と経験するという事は大きく違う。
「そういう事がある」と分かっていても、いざ自身が直面すると、事実を受け入れられないというのは往々にして起こる。
それを実際に自分自身が体験するとは思わなかった。
あれは10年以上昔のある秋の日。
その昼下がり。
知らせは一本の電話であった。
そして、電話口からは衝撃の一言。
「〇〇が死んだ」
電話で私に知らせてくれたのは彼のお兄さんであった。
名乗りはしなかったが、声で誰かは分かった。
その当時はあまり面識はなかったが、何度か会って話をした事があったので覚えていたのは幸いと言える。
もし、誰かも分からない人物からの電話なら即座に切っていた。
それでも、だ。
例え兄弟と言えども性質が悪過ぎる。
言って良い冗談と言ってはいけない冗談の区別くらい大人ならできるだろう。
だから私は何の疑いもなく、
「そんな冗談はいらないですから」
と答えた。
例え人の死は唐突にやって来る事は分かっていても、自身がそれに直面するとは思わなかったからだ。
〇〇という人物は職場の同僚である。
私は小さな事務所でその彼と一緒に働いていた。
勿論、彼が腎臓病を患っており、週に三度の人工透析を行っている事は知っていた。
そして、人工透析がどういう物かも当然知っている。
その危険度も含めて。
けれども、彼はそんな事を感じさせない生活を普段しており、一見しただけでは腎臓病を患っているとは思えない元気さである。彼とは何度も御飯を食べに行ったり、酒を飲みに行ったりした事もある。しかも運転は彼が担当していた。
また、前日には普通に仕事をして「また明日」と普通に別れた。
私は察しの良い方ではないが、前日の彼に特段おかしな所は見つけられる事はできなかった。
だから、本日ももう少ししたら普段通りに出勤してくる筈である。
──当たり前の日常が繰り返されると疑っていなかった。
なのに、どうしてだろうか?
「こんな事で冗談は言わない」
と怒気をはらませて聞こえてくる冷静な返答。
「…………もしかして本当の話ですか?」
「当たり前だろう」
理解が追い付かない私が出した精一杯の言葉はたった一言で一刀両断された。
その後は一目散に病院に駆けつける。逸る気持ちを抑えながらの運転は、時間の進みを物凄く遅く感じさせた。たった10分程度の運転を30分以上運転していたように錯覚したのは、その時限りである。
病院に到着し、ぞんざいな挨拶をした後に対面した彼の亡骸は、ただ眠っているようにしか見えなかった。
当然顔も確認した。
表情も安らかで、苦しんだような様子もない。それがせめてもの慰めだったかもしれない。
しかし、皮膚の色が全体的にどす黒く茶色を帯びており、日焼けとは違う明らかに異常な色であった事で、その時初めてようやく彼の死を本当の意味で理解できた。
死因は急性心不全であったという。
人工透析中に容態が急変し、看護師の人が気付いた時には手遅れだったという事だ。
そう、人工透析とはとても危険なもの。死と隣り合わせの世界である。それを初めて実感した。
今更ではあるが、あの時はどうしてあんな返答をしたのか未だに分からない。それでも一つ言える事がある。人間はあり得ない状況に直面すると意味不明であったり、とんでもない事をするのだと。例え、頭では分かっていたとはしても。
こうして小説を書くようになった今だから分かるが、リアルとリアリティは違う。それを身をもって体験したという話である。
そうそう、最後に補足をしておく。実は彼の腎臓病の発症は二十歳過ぎであり、透析治療は約20年続けていた。本来的にはそれだけの長期間人工透析を続けていても、一般の人と変わらない生活を送っていた彼自身が稀有な存在だったという話だ。彼の話は機会があれば書く事もあるだろう。
コロナ禍の今だからこそ時折彼の事を思い出す。もし、今彼が生きていたなら、どんな事を言うだろうかと。