這いよる混沌、ビッチの呼び声
高校生にもなればほとんどの奴が色恋沙汰に目覚めている。誰と付き合っただの、誰とキスをしただの、誰となにをしただの、そんな話ばかりしている。
放課後になり授業の緊張感から解放されたクラスの面々は、そんなくだらない話で盛り上がっていた。
どいつもこいつも浮かれやがって。狂気の沙汰だ。まったく、けしからん。
恋愛というのは大人になってからでも大変だというのに。だいたい高校生のうちから恋愛だなんて早すぎる。
とまあ、そんなくだらない他人の恋愛事情はどうでもいい。俺は孤高のボッチだ。孤高のボッチといえば勉強だ。
早く家に帰って部屋で勉強をしよう。さっさと教科書を通学リュックに詰めて、すみやかに帰宅しよう。
◆
通学リュックを背負い、手に一冊の参考書を持ち、勉強をしながら歩くというのが俺の登下校スタイルだ。
この俺を見た周囲の人たちは「あいつ現代の二宮金次郎じゃね?」などと囁いている。
だが二宮金次郎スタイルは移動と勉強が同時にできるという時間に無駄のない登下校スタイルだ。だから俺はあんな他人の声なんかは全く気にしない。
そうして今日もいつもの二宮金次郎スタイルで校門を出て最寄り駅へ向かう途中だった。
「坂本く〜ん。お〜い。坂本雅人く〜ん。ねえってば〜」
這い寄る混沌、ビッチの呼び声だ。
なんなんだよこのビッチは。今まで図書室以外では一度も俺に話しかけてこなかったのに、どうして今日に限って話しかけてくるんだ。
ぶっちゃけ無視して帰りたかったが、無視したら明日もし絡まれたときに酷いことになりそうな気がしたので、しょうがなく適当に相手してやることにした。
「何だよ」
「ねえ、一緒に帰ろっ」
「嫌だ」
「えーいいじゃんケチー!」
西澤は頬を膨らませた。
俺にはわからない。なぜ西澤はこんな二宮金次郎でボッチの俺に絡んでくる?
俺のことを絡みづらいとは思わないのか?
だいたい今はもう放課後だぞ。ビッチは放課後になったら大人の男たちと遊んだり、クラスのイケてる女子たちとゲーセンに行ったり、プリクラ撮ったり、カラオケ行ったりとかするもんじゃないのか?
「俺は現在進行形で勉強中だしこれから家でも勉強するから忙しいんだ。ビッチはビッチらしくどこか遊びにでも行けよ」
「むー。前から思ってたんだけどさー、キミって口悪くない?何回もビッチビッチってさ。酷くない?さすがに何回も言われると、ちょっと傷つく」
俺が強めの冷たい言葉で突き返そうとしたところ、西澤は俯きながら涙目になった。
「あー、悪かった。言いすぎた」
「謝って済む問題じゃない」
「じゃあどうすればいいんだ?」
「あたしと一緒に帰ってくれたら許す」
「一緒に帰らないと言ったら?」
「ここで泣く」
なんという面倒くさいワガママビッチだろうか。
でもとりあえずこんなところで泣かれては困る。
「ったく、しゃあねえな。一緒に帰るぞ」
「やった!」
一瞬でさっきの涙目から明るい太陽のような表情になった。さてはこいつ嘘泣きしようとしてたな。
しかしまあ、なんだ。こいつは泣きそうな顔よりかは明るい顔のほうがいい。少なくとも俺はそう思う。