だーれだ?
日曜日。
午前9時。
朝ごはんを食べ終え身支度も完了させた。
あとは玄関を出て目的地に行くだけ。
俺は今日、西澤と買い物に行く。
決してデートではない。買い物だ。買い物に行くだけなんだ。そう思い込むことにした。そうしないと心が落ち着かない。
今日、西澤と買い物するのはただの友達としての買い物。
デートじゃない。デートじゃない。デートじゃない。
よし!行く決心がついた!
「行ってきます!」
俺は無駄に声を張り上げ、家の玄関を出ていった。
◆
美味谷駅ポチ公前広場に着いた。
腕時計を見ると午前9時50分だった。
予定より10分早く着いてしまった。
だが遅れるよりかはいい。
周りを見てみると俺と似たような待ち合わせの男性たちで溢れていた。
さすが待ち合わせの聖地、ポチ公前広場だ。そして都会の中の都会、辺りは喧騒に包まれている。人でごった返している。
さっきメッセージで俺の服装の特徴を送っといたけど、西澤はこの人混みの中で気付いてくれるだろうか?
俺が不安になっていたところ、急に視界が閉ざされた。両目の部分がほんのりとあったかい。恐らく誰かに手で両目を覆われたらしい。そのせいで目の前が真っ暗になったようだ。
「だーれだ?」
そして耳元で囁かれる女らしい猫なで声。
おいおいなんだよこのベタでありきたりな待ち合わせのシチュエーションは。
これじゃまるでカップルみたいなやり取りじゃん。
って、やっぱりこれはデートなのか……?
買い物という名のデートなのか?
いや、深く考えるのはよそう。
とりあえずは「だーれだ?」の答えを言わないとな。
「に、西澤?」
「せーかいっ」
目の前がパッと開けた。
俺が振り返るとそこには西澤が太陽のような明るい笑顔で立っていた。
「にしし〜。おはよっ」
「お、おはよう!」
「ん?どしたどした?もしかしてあたしの私服姿を見てキンチョーしちゃった?あたしにキョーミ出まくっちゃった?」
俺の挙動を見てか、からかうようにイタズラなことを聞いてきたあと、西澤は『服を見て!』と言わんばかりにくるりとその場で一回転してみせた。
上は薄い生春巻きみたいなのを重ね着した白シャツ、下は少しダメージのある青っぽいスキニージーンズ、靴は白に水色のラインが入ったスニーカーだった。西澤らしいカジュアルでちょっとボーイッシュさもあるスタイリッシュな服装だと思った。
「き、緊張なんかしてねーし!」
「めっちゃ顔強ばってるけど?」
「こ、これは元々だし!」
「またまた〜。えいっ」
「おふっ」
脇腹を小突かれた。思わず体がくの字に曲がってしまう。
「お、お前なあ!」
「どう?これでキンチョーほぐれたっしょ?」
どうやら西澤は俺のために小突いてくれた……らしい。
「あ、ああ、ありがとな」
「うむ。ちなみに今日のキミの服、なかなか良さげだね。あたしの好みかも」
服装を褒められた。
俺はベースが白で細い縦の青ストライプシャツに黒ジーンズ、そしてグレーのスニーカーだった。俺が持ってる中では一番オシャレな組み合わせだと思って選んだが、褒められてよかった。
「褒めてくれてどうも。その、西澤もオシャレでいい感じだと思うぞ」
「そ、そうかな。えへへ……。ありがとね。てかあたしたち、なんか似た服装だよね。ペアルックみたいな?」
ペアルック。
言われれば確かにそんな気がしないでもない。
「そ、そうかもしれないな」
「いま照れたね?」
「照れてない」
「照れたよー!顔赤くなってたもん!」
「う、うるせー!早くその買い物とやらに行くぞ!」
「あっ、ちょっと待ってよー!」
俺はいてもたってもいられなくなり、勝手にスタスタと歩き出した。俺の顔はもう見られたくなかった。絶対に真っ赤になっているから。
それよりもこの買い物イベント、無事に終えられるのだろうか。俺の心的な意味で。