孤高のボッチ終了のお知らせ
屋上にやってきた。
今日も人気はなく爽やかな風が吹いていた。
青空が遠くまで広がっていた。
辺りを見回すと、西澤は屋上の柵から下のグラウンドを見ているところだった。
「悪い、待たせたな」
「どもども。あたしもさっき来たとこだよ。それよりもまずは〜、お昼ごはん食べよっ」
そう言うと西澤はいつぞやの屋上で弁当を食べた時のように、女の子らしく座って弁当箱を広げた。
おかずエリアは前に食べたときとあまり変わらない、たこさんウィンナーなどのメニューが並んでいたが、なぜかごはんエリアは赤飯だった。
「なぜ赤飯?」
「それはあとから発表しまーす!」
西澤はやけにニコニコしている。
なんかめでたいことでもあったのか?
まあ理由は後で話してくれるらしいし、とりあえずは弁当を食べることにしよう。
◆
「ではお待たせいたしました!期末テストの結果発表でーす!パチパチパチパチー」
昼ごはんを食べ終えて、結果発表タイムが始まった。
西澤は一人でパチパチ言って拍手もして場を盛り上げる。もう結果はわかりきってるっていうのに。なぜこんなに明るくやっているのか。
「ではさっそく学年総合順位の発表でーす!栄えある学年総合順位第1位は〜!ドコドコドコドコ〜…………バンッ!坂本雅人くんでーす!おめでとーございまーす!」
一人でドラムロールまでやってのけて俺の結果を発表してくれた。まあありがたい。ありがたいのだが……。
なんなんだ?
自分が1位になれなかったからヤケクソにでもなってんのか?
「では坂本くん!1位になった感想をヒトコトどうぞっ!」
「一言ねえ……。まあ、努力の結果かな」
「努力の結果!素晴らしいお言葉をいただきましたっ!ちなみにですが、あたしは学年総合順位34位でした!」
「おお、34位だったのか。割と上位じゃん、おめでとう」
俺が西澤の順位を褒めるも、西澤は無視。
そしてなぜかこの結果発表イベントを続けた。
「では続いて特別賞の発表です!」
「特別賞?そんなの聞いてねえぞ?」
「特別賞、国語で1位を取ったのは〜?」
「国語で1位?は?まさか……?」
嫌な予感がした。そして嫌な予感はその通りとなった。
「あたし!西澤彩香でしたー!ちなみに点数は100点!やったー!ヒュー!」
「マジかよ……」
俺は絶句した。
確か国語は俺が98点で2位だった。それよりも上だったなんて……。
「どう?あたしすごい?ガンバったでしょ?」
「あ、ああ、正直言ってビックリした。まさか西澤が1位だったなんてな」
「ふふーん。だからこその赤飯だったのでーす。あたしは1位を絶対に取ると確信していたのでーす。いやーめでたいめでたい」
いや、これは本当にでめでたいことだと思う。素直に尊敬する。
西澤は派手でビッチで外見は校則違反で一見するとバカにしか見えないし放課後には怪しいバイトまでやってるけど、その中での国語学年順位1位。すげえよ。
「西澤、本当に頑張ったんだな」
「そうだよ、あたしガンバったんだよ。いやー努力って報われるもんなんだねー。これが努力の結果ってやつ?なっはっはっは!」
西澤は上機嫌ですごく嬉しそうな顔をしている。
その顔をみているとなんだか俺まで嬉しくなってしまった。
「さて、坂本くん。キミはあたしが宣戦布告した時に言った言葉を覚えているかな?」
突然西澤がご機嫌モードから切り替えて俺に意味深な尋ね方をしてきた。
急になんだ?
「ああ、『もしあたしがキミに順位で勝ったら、キミはあたしにキョーミを持つこと。約束だよ、いいね?』だったっけ?だから俺は西澤に負けないように学年総合順位1位になったんだ」
「チッチッチッ、坂本くん。キミは何か勘違いしてるね。『もしあたしがキミに順位で勝ったら、キミはあたしにキョーミを持つこと。約束だよ、いいね?』だよ?あたしは『順位』としか言っていない。さて、あとはもうわかるよね?」
は?
西澤は一体何が言いたいんだ?
俺が学年総合順位1位だったじゃねーか。
すなわち俺は誰にも負けてない。
まあ国語の順位だけでいえば西澤に負けたことにはなるけ……ど?
ん?
順位?
あ?
ああっ!
「ああああああああぁぁぁっっ!!」
「ようやく気付いたようだね。そう!キミは学年総合順位では勝った!だけどあたしに国語の順位では負けているのだよ!だからキミは約束通りあたしにキョーミを持つこと!いいねっ!」
「西澤っ!卑怯だぞ!」
「卑怯でもなんでもありませーん!」
「ちっくしょうがあああっ!!」
俺としたことが!
俺としたことがっ!
西澤にしてやられるとはっ!
「えーコホン。ではまず、勝者からの命令です。『負けました西澤様。俺はあなたにキョーミを持ちます』って宣言しなさい。さあ!さあ早く!」
「い、嫌だ……」
「なおこの件に関しては一切の拒否権はありませんので」
「…………ま、負けました西澤様……。俺はあなたに興味を持ちます」
「うむ、よろしいっ」
くそっ!
このための赤飯だったのか!
まんまと俺は一杯食わされたってわけか!
「ちっ、しょうがねえ。俺の負けだ。で、興味を持つって、具体的には何なんだ?好きになってくれとかそんなのか?申し訳ないが俺は高校生のうちに恋愛する気はないぞ」
俺はそもそもの疑問だった、『西澤に興味を持つ』ということについて聞いてみた。
「んーとそうだねー。まず聞くけどさ、キミってボッチだよね。しかも生粋のボッチだよね」
「ああ、俺は幼稚園年少組の頃から勉強第一の男友達すらいない孤高のボッチだ。あ、ちなみに西澤はな、至高のビッチって陰で言われてんの知ってんのか?」
「うん知ってる」
「知ってるのかよ」
「至高ってことは一番みたいなことでしょ?だからまあいいかなーって」
「いいのかよ」
ああ、なんかもう今日は疲れてしまったよ……。
屋上の風がやけに心地良いよ……。
空が輝いて見えるよ……。
「えーでは、勝者のあたしより、坂本くんに命じます」
「はい」
「まずはあたしと正式に友達になって」
「ぐ……ぐぐぅぅ……」
「ちなみにさっきも言ったけど拒否権はないよ」
「わ、わかりました」
「よしっ、じゃあ今日からキミとあたしは友達!しかもキミにとっての人生最初の友達があたしということだね!あ〜嬉しいっ!」
西澤はこれまでになく喜んだ顔を見せた。
俺と友達になれたということがよほど嬉しかったのだろう。
まあ俺は孤高のボッチという超レアキャラみたいなもんだからな。そりゃ友達になれて嬉しくてたまらないんだろう。たぶん。知らんけど。
「じゃあ次は友達の証として、連絡先交換だねっ」
「連絡先交換?」
「そう、連絡先交換。さあ、スマホ出して、スマホ」
「お、おう」
俺はうなされるがままにスマホを出す。
そしてあっという間に連絡先一覧に西澤彩香の名前が追加された。まさか家族以外ではじめて登録する名前が西澤になるとはな。
「にへへ〜。連絡先交換しちゃった〜」
西澤はにへっ〜とした顔になっている。満足感でいっぱいのようだ。
しかしもうこれはあれだ。西澤の顔面七変化は訂正だ。顔面百面相だ。
「あ、そうだ。せっかく友達になって連絡先交換したことだし、今後はできるだけ教室ではメッセージでやり取りしてくれないか?」
「えー?なんでー?」
今度は一瞬で顔がムスッとした。さすが百面相。
「前も言ったと思うが、西澤は派手で目立ちすぎてるんだ。だから俺が教室で西澤と話してるとクラスの男子たちがジトっとした陰湿な目で見てきている……気がする。というか見られてる」
「つまり、クラスの男子たちには知られたくないってこと?」
「まあそういうことだ。俺としては学校では今まで通り静かにゆったりと勉強をしたいんだ。派手に目立つことなくな」
「じゃああたしとキミが友達になったことは、いわゆるヒミツのカンケーってやつ?」
「……まあ、そういうことだ」
「ヒミツのカンケー。なんかイケない関係みたいでイイね。まあそれならOKかな!」
西澤は目がぱあっと明るくなった。
よし、イケない関係とかいう言葉がだいぶ引っかかったがとりあえず西澤の許可が降りた。
これで引き続き勉強に集中できる学校生活が送れる!
「あ、でもあたし、仲の良い友達たちにはキミとのコト色々と話しちゃってるんだよねー」
「む、そうか……。その仲の良い友達たちとやらはちゃんと俺たちの関係をヒミツにしてくれそうか?」
「もっちろん!みんな口だけは堅いからねー!」
「ならいいか、了解」
へえ、あの西澤のビッチ友達たちが口だけは堅いなんてねえ。果たしてどうやらって感じではあるが……。
でもまあ、ビッチ同士のコミュニティだ。秘密を漏らそうものならそれはそれは裏で酷い仕打ちがあるのかもしれない。
そこらへんの女子の世界には踏み込みたくないからあえて詳しく聞いたりはしないけど。
「あ、でも教室ではメッセージでやり取りするかわりに、教室以外ではあたしと声出して話してよ……?キミの声聞きたいからさ」
「わかった」
「それと、ちゃんとあたしにキョーミ持ってよね?」
「わかってる。約束だからな」
「じゃあ最後に友達同士のハグしよ?」
「は?」
「は?じゃない、ハグ。友達同士になったらハグするのがフツーなんだよ。だからさ、ハグしよ?」
と、友達同士になったらハグするのは普通なのか?
確かに海外ではなんかハグしてるイメージはあるが……。わからん。
などとそんなこんな考えているうちに西澤は甘えるような目をして両手を広げていた。
どうやら俺が西澤にハグをしに行かなければならないらしい。
というかそんな目で見ないでくれよ……。
ああもう!ええい!知らん!
俺は一思いに西澤をハグした。
これで西澤とハグしたのは2回目。
最初は図書室。あの時は突然西澤が俺をからかうようにハグしてきて、ぽよんとした感触があったのを覚えている。
だが今回は違った。
いや、もちろんそういう感触もあったのだが、なんというか守りたくなる感覚というか。女子ってこんなに脆くてやわらかいんだなと思った。
「キミって案外、背中おっきいんだね」
耳元で西澤が囁く。
「に、西澤もなんだ……。女子って感じだな」
「あ、今ヘンなコト考えたでしょ」
「考えてない」
「まあ考えてもいいんだけど」
「いいんだ」
そして俺たちは離れた。
「にしし〜。ハグもしてくれてありがとねっ」
最後に西澤はとびっきりの輝く笑顔を俺に見せてきた。