いたずら好きな転生者
なんで私、目が覚めたんだろう。もう、永遠に寝ていたかったのに……。
「レーナお嬢様、朝食のお時間ですよ」
聞き覚えはあるのに、知らない声。見たことのない豪華な天井から、視線を声の方向に移す。そこには、黒髪だけれど、明らかに日本人の顔つきではない美少女がいた。メイド服を、もう少し落ち着いた感じにしたような服を着ている。
「よいしょっと」
うわっ。なんか急に抱き上げられた。フワッと香る甘くていい匂い。ていうか、私小さくなってる?
自分の体を観察すると、どこからどう見ても赤ちゃんの体だ。小さな手足に、ぽこりと膨らんだお腹。全体的にまんまるとしている。これって、生まれ変わったってことだろうか?
部屋を見回してみると、とても広いことに気づいた。十五メートル四方くらいはあるだろう。そして、全ての家具に華美な装飾が施されている。そのなかでも一際目立つのが、天井にある巨大なシャンデリアと、先ほどまで私が寝ていた天蓋付きベッドだ。どちらも、七色の宝石が装飾に使われていて、キラキラと輝く様子はとても美しい。
ガチャリ
これまた無駄に豪華な扉の先には、とても長い廊下があった。床には紫色のカーペットが敷かれていて、壁には絵画や彫刻などの芸術作品が飾られている。
「おはようございます。レーナお嬢様」
「今日もお可愛いですね。レーナお嬢様」
時折すれ違う、美少女と同じような服を着た女性たちは、明らかに私を見ている。やはり、私がレーナお嬢様とやらになったらしい。
そう自覚すると、不意にレーナとして生きた記憶が鮮明に頭の中で再生される。
生まれた時に見た、おぼろげな両親の泣き顔。
この美少女――アルナと初めて会った時の、今と変わらず優しい笑顔。
たまにお父さんにおぶられながら見に行った、研究室みたいな場所。
そこで、いつもお父さんに怒られている、愉快な青年。
様々なことを思い出した……。なぜか、目頭が熱くなる。
「あら、お嬢様?」
私の目から水が出ていることに気づいたアルナが、純白のレースハンカチで、拭ってくれた。
なんだろう。頭がクラクラする。そして、妙に全身が熱くなってきた。
「大丈夫ですか――」
意識が朦朧としてきて、アルナの声が遠くに聞こえる。とても息苦しい。何かに引っ張られるような感覚を覚えた後、とうとう私の視界は暗闇に包まれた。
「お前に構ってる暇はない」
「私、忙しいのよ、自分で何とかしてくれる?」
「お前、つまらない奴だな」
「君はなぜそんな迷惑な嘘を吐くんだ? 人間性を疑うよ」
たくさんのモニターに、私が映っている。全て違う場面が流されているが、本質的にはどれも同じだ。誰も相手にしてくれない。独りぼっちな私。それが痛々しく映っている。
私の両親は、いつも家にいなかった。なぜかは知らない。家に帰ってきても、出迎えてくれる人はいないし、誕生日を祝ってくれる人もいないことだけが、確かだった。でも、慣れれば全く平気になった。
学校では、私はなじめなかった。なぜかは分からない。そして、そのころから私は、嘘をつくようになった。嘘は面白い。誰かを惑わすのはとても楽しかった。
ある日のこと、私はたぶん死んだ。なぜかは覚えていない。私は心臓が弱かったから、心不全かなにかだったのかもしれない。はたまた、トラックにでも轢かれたのかもしれない。でも、自分の死なのに、特に興味はわかなかった。
死後、私は意識だけが存在する世界で、光を追いかけていた。そう、この今私がいる空間は、まさに死後に来た世界といっしょだった。
前に来た時と同じように、はるか遠くに光が現れる。か細い小さな光だ。しかし、たとえ小さくとも、その光には何か惹きつけるような力があった。
私は、無性にそれが欲しくなって、必死でそれに近づいていく。光との距離はとてつもなく大きく、私の進む速度はあまりにも遅い。それでもあきらめずにもがき続けていると、見かねたとでもいうように、光が私に近づいてきてくれた。そして、とうとう求め続けていた光に触れる。
――私が転生してから一年と半年が経った。その時を経て、分かってきたことがある。
今世の私は、みんなに愛されているような気がする。どうしてかは知らないけど、パパやアルナだけではなく、メイドさんたちも、研究室のみんなでさえ、私に優しい。今だってそうだ。
「レーナ、明日は綺麗な魔法を見せてやろう、だから、今日はもう寝ような」
パパが寝かしつけてくれている。普段はアルナが寝るまで傍にいてくれるのだけれど、週に一回だけパパが忙しくない日。その時は、その役目が移るのだ。
綺麗な魔法……ね。実は、私がすでに小さい火くらいならだせることを、屋敷の誰も知らない。少しだけいたずらを仕掛けてみようかな。
外が見える窓にかかっている、カーテンの裏に、前触れもなく現れる小さな火の玉。意味ありげにその窓をじっと見つめる自分の娘。さぞ驚くことだろう。
「な、なんだ……あれは?」
私の部屋が二階にあることから、パパはすぐに、人影ではありえないということに気づいたようだ。かなり困惑しているみたい。
それは、不気味にゆらゆらと動いたり、消えたり現れたりする。全部私がやっていることだけどね。
「う、動いている……。魔物。いや、精霊様か?」
自分の娘が生み出しているただの火の玉だとは知らずに、警戒するパパ。ちょっとかわいい。でも、さすがにこれ以上やるのは気が引けるので、火の玉を霧散させた。
「消えたようだな。安心してくれ、レーナは何があっても守るからな」
そんなこと言われると、ちょっと恥ずかしくなるからやめてほしい。
魔力を使うと、とても疲れて眠くなる。私はパパに抱かれたまま、自然とまぶたを閉じてしまった。
ある日のこと。私はパパに連れられて、屋敷の研究室に来ていた。よく分からない機械がたくさん置かれていて、少し興味がわくような場所だ。
「またやらかしたらしいな」
「すいません。魔法の制御を失敗しちゃいまして」
「魔水晶は高価な物なんだ、もっと気を付けろよ」
チャラそうな青年がまたパパに怒られている。周りの研究員たちは、「またか」とでもいいたげな表情だ。
なんとなくまたいたずらを仕掛けたくなった私は、青年を笑わせてみることにした。
いま私は、パパにおぶられている。パパから私の顔は見えない。そして、周りの研究員たちからも見えないような角度なため、青年だけが気付いた。
「フ、フフフ」
「何がおかしい?」
「いや、お嬢様が。ハハッ」
「レーナがどうかしたのか?」
スゥッ
パパが振り向くと同時に、真顔に戻る。
「お前は何を言ってるんだ?」
「いや、お嬢様が変顔をしていたんっすよ、それでつい。ハッハッハ」
舐めるなよ、青年。私の変顔のバリエーションは豊富なのだ。パパに気づかれないようにするのは、スリルがあってなんか面白い。
ベロベロバァ
「ウハハハハハッ」
「おい、こいつ、ワライダケでも食ったんじゃないか?」
パパは本気で青年を心配し始めた。
「もういい、説教する気も失せた。本当に調子が悪くなったら、医務室に行けよ」
そういって、パパは研究室を後にする。それにしても、あの青年は笑い上戸だね。良いオモチャになりそうだ。
そんないたずらばかりの日常を送っていると、また新しいいたずらを思いついた。名付けて仮病大作戦だ。
「お嬢様、朝食のお時間ですよ」
アルナがやってきた。そこですかさず苦しそうなうめき声を出し、さらに病人のような青白い顔を演出する。ちなみに顔色を悪くするという特技は、学校で早退するために自然と身に付いたものだ。
「た、大変!」
アルナは大慌てで部屋を飛び出していく。しばらくすると、戻ってきたアルナと一緒に、パパがやってきた。
「レーナ、大丈夫か」
迫りくる、氷水が入っているだろう革袋。パパは私の体温を下げようとしているようだ。それから、手に持った哺乳瓶を、口元に近づけられる。
「ミルクも飲めない程なのか……。」
お腹がすいてないから拒んだだけなのに、変な解釈をされた。
それからすぐに、医務室の人たちがぞろぞろと部屋に踏み込んでくる。
「ちょっと失礼」
その中で、一番若くて、眼鏡をかけたエリートっぽい人が、何やら魔法を使ったみたいだ。澄んでいる魔力が流れ込んでくるのを感じた。
「原因不明です。いたって健康な体なのですが、顔色がここまで悪いとなると、やはり何か異常が起きているのでしょう」
「そうか、お前でも分からない程なのか……」
パパは意気消沈してしまった。だんだんと湧いてくる罪悪感。何で私はこんなことをしているのだろうか。
「お嬢様が体調を崩したってほんとっすか!」
オモチャの青年が駆け込んでくる。珍しく焦っているような顔だ。私を心配してくれているように思えた。
誰もが私を救う方法を考えてくれている。そのことが嬉しかった。
「絶対にレーナは守る。ティエナが残してくれた俺の宝物なんだ、失ってたまるか」
ティエナというのは、私のお母さんのことだ。命を落としてまで私を産んでくれたのだと、パパがいっていた。とても優しくて、笑顔が可愛らしい女性だったから、私もそうなるだろう、とも。
いつのまにか屋敷に住んでいる全員が、私の部屋に集まっていた。みんなが温かい魔力を送ってくれる。魔力には僅かながらも、治癒効果があるからだ。
やっとわかった。私は本当に愛されているんだって。
もらった優しい魔力を練りこむ。そして、私が強く想うと同時に現れる、ぼんやりとした光で作られている文字。本当は、もっと明るい光で伝えたかったんだけどね。
「ありがとう……か」
パパがほっとして顔をほころばせる。
「なんだ、ただの魔力症っすね。ていうか、今魔力症になるってかなりの天才……」
「それにしても、お嬢様が笑ったところを見るの、初めてかもしれませんね」
私は今まで、本当に好かれているのか。そのことが心配で仕方なかった。でも、これからは疑うことをやめて、第二の人生を全力で楽しもうかな。