学園一のお嬢様と仲の悪い庶民娘には秘密があります
久しぶりに文章を書くのでリハビリ用に書いてみました。
よろしければ読んでみてください
ーーー私立 麗明学園高等部。そこには多種多様な生徒が通っている。
莫大な学費が必要になる麗明に通う生徒はその多くが上流階級の人間であり、大きな権力を持っている。彼らのほとんどは初等部から麗明に通っており、エスカレーター式に高等部まで上がってくる。
だが、高等部から麗明に通い始める生徒もいる。何らかの事情で初等部から通えなかった生徒や、秀でた能力を持って推薦入学をしてくるものもいる。
だからこそ、麗明の高等部には上流階級の令嬢や御曹司の他に、一般的な家庭で育ってきたいわゆる庶民も存在する。
そんな両極端な生徒達がいる麗明では、上流階級の生徒と庶民的な生徒がぶつかることもある。
ーーーコツ、コツと音を立てながら優雅に歩く一人の令嬢。彼女は数人の取り巻きを連れて高等部の廊下を歩いている。
その令嬢の名前は……
「柚凜様! 今日のお昼は食堂でよろしかったですよね?」
「ええ、構わないわ。空いているかしら?」
「席は取ってありますわ! 安心してくださいね」
「そう、ありがとう」
紅峯柚凜。国内でもトップの資産を持つ紅峯財閥の社長の娘である。
多くの令嬢が通う麗明の中でも圧倒的な権力を持つ彼女に逆らう者はいない。逆らえば破滅しか待っていない事は明確だったからだ。
そんな愚かな事を考える者などいないと思われていた……高等部に上がるまでは
「……あら、あれは……」
廊下を歩く柚凜達の反対側から、数人の少女が歩いてくるのが見えた。仲良く談笑している彼女達は、全員一般階級の娘のようだ。
そんな彼女達の一番前にいた少女を見て、柚凜の取り巻き達の顔が強張った
「杉野茜音……!」
少女ーー杉野茜音を睨み付ける柚凜の取り巻き達。その視線に気が付いた茜音も足を止めて柚凜達を睨む。
一触即発の雰囲気の中、取り巻き達が口を開こうとすると、柚凜がサッと手を上げる
「貴女達は下がっていなさい」
「は、はい!」
柚凜はそう言うと一歩前に出て、茜音と視線をぶつけ合う
「ごきげんよう、庶民娘。出来るなら貴女の顔は見たくなかったのだけれどねぇ」
「こんにちは、紅峯さん。そんなことで文句を言われても困るだけですけど」
柚凜の棘のある言葉に正面から言い返す茜音。そんな光景を無関係な生徒達も固唾を呑んで見守っていた
「今日も取り巻きの方を連れてお昼に行くんですね」
「ええ、そうよ。何か文句でも?」
「いいえ。貴女達と違ってあたしは理不尽な言いがかりをつけたりしません」
「へぇ? それはどういう意味かしら」
柚凜が問いかけると、茜音はキッと柚凜……さらに彼女の取り巻きの何人かを睨む
「この間、あたしの友達に聞いたんです。突然お金持ちのお嬢様みたいな女の子数人に『庶民が調子に乗るな』って怒鳴られたって。それって紅峯さんの取り巻きの方の仕業ですよね? あたしを目の敵にしてるからって関係ない娘にやつあたりしないでください」
「ふんっ! 貴女が生意気だから悪いのよ!」
「そうですわよ! 庶民の癖に私達に楯突くのがいけないんですわ!」
「庶民相手ならいくらでも迷惑をかけていいと? 最低ですね、貴女達は」
「なんですって!?」
茜音と、おそらく彼女の友達に絡んだ柚凜の取り巻き二人の口論が激しくなる。
しかし
「やめなさい」
柚凜が一言放つと、取り巻きの二人はビクッと反応して静かになる。それを見て、茜音も二人を睨みながらも口論を止める
「庶民娘と同レベルの口論なんてみっともない。私の品位まで落ちたらどうしてくれるのよ」
「「も、申し訳ありません……」」
柚凜に睨まれ、二人は縮こまりながら謝罪する。茜音にではなく、柚凜にだが
「後、そこの庶民娘も調子に乗らないことね。私がその気になれば貴女なんていつでも潰せるんだから」
そう言って、茜音に冷たい視線を向ける。だが、それでも彼女は怯まない
「あたしは意見を変えるつもりはありません。あたしの友達に酷いことをしたら許しませんから」
「……ふん。もう良いわ、行きましょう。無駄な時間を過ごしてしまったわ」
柚凜はそう言って、茜音から視線を反らす。彼女の取り巻き達も茜音を睨み付けながら柚凜と共に廊下を歩いていった。
そんな柚凜達を茜音はずっと睨んでいたーーー
食堂に着き、食事を始める柚凜達。やがて、先程遭遇した茜音への文句が始まる
「まったく、気に入りませんわ。あんな庶民が柚凜様に向かって生意気な口を……」
「柚凜様が心が広いからって調子に乗って……! 一度痛い目を合わせておいた方が良いのではなくて?」
不穏な会話を始める彼女達に、柚凜はため息を吐きながら言った
「……先程も言ったけれど。あの庶民娘と同レベルの争いをしたいなら私とは縁を切って頂戴。私の品位を落とされたくないの」
「うっ……わ、分かりました」
柚凜の取り巻きの中には、彼女を純粋に慕う者だけではなく、紅峯財閥の権力が欲しくて取り入ろうとする者も存在する。だからこそ、柚凜に縁を切られてしまうのは避けたかった。そうなれば、紅峯財閥に近づくチャンスは無くなってしまうから
「まぁ安心しなさい。いつか、あの庶民娘には痛い目にあってもらうわ」
柚凜は笑顔を浮かべながらそう言った。その姿は美しくも恐ろしく、先程文句を言っていた者達すらも震えてしまうほどだった
「そ、そうですか。流石柚凜様ですわね……」
「ええ、だから貴女達は気にせずに学校生活を……あら?」
と、その時柚凜の携帯がメッセージを受信する。柚凜は携帯を開きメッセージを見ると……
「はぁ……」
「どうかされましたか?」
ため息を吐いた柚凜に何事か尋ねる取り巻きの少女。しかし、柚凜は笑顔で首をふる
「いえ、ごめんなさいね。ちょっと用事を思い出したからここを離れるわ」
「あら、それなら私達も……」
「いいえ、大した用ではないから。でもそうね……蓮華、着いてきてくれる?」
柚凜は取り巻きの中で最も付き合いが長く、信頼のおける少女ーー咲桜蓮華に声をかける
「はい。私は構いません」
「ありがとう。では皆さん、失礼するわね」
見送る取り巻き達にそう言うと、柚凜は蓮華を連れて食堂を出る
「柚凜様。用事とはもしや……」
「ええ……いつものあれよ」
そう言って柚凜は届いたばかりのメッセージを蓮華に見せる
「いつものですか」
「そう、いつものよ」
そして彼女達はとある空き教室の前に到着した。ここは普段使われることがない教室で、人が訪れる事も滅多にない。
そんな教室のドアをコンコン、とノックする
「私よ」
『どうぞ』
返事が帰ってきた事を確認して、柚凜達は中に入る。その時ドアを閉めるのを忘れない。
そして、その瞬間
「ゆうううりいいいちゃあああああんっ!!!」
凄い勢いで何者かが柚凜に抱きついてきた。ぎゅうっと半泣きでくっついてきた彼女に柚凜はため息を吐いて苦笑する
「本当にもう……」
そして、未だに柚凜に抱きついて泣いている彼女の頭を撫でる
「貴女は相変わらずね……茜音」
先程険悪な雰囲気を見せていた少女の頭を撫でる柚凜。そんな光景を見ても蓮華は驚く様子もなく見守っていた
「で? このメッセージは何なのかしら?」
しばらくして泣き止んだ茜音に、柚凜は先程携帯に届いたメッセージを見せる。そこには
『怖かった(T_T) 柚凜ちゃん慰めに来てよぅ(>_<)』
……という、何とも間抜けな内容があった
「だって怖かったんだもん! 柚凜ちゃんの周りの娘達、凄く睨んできて怖かった!」
「貴女の事を気に入らないと思ってるからね、当然よ。さっきは堂々と振る舞ってたじゃない?」
「本当は足が震えてたもん! 後もう少しで柚凜ちゃんに抱きつく所だったよ!」
「そんな事になったら大変な事になってたわね……予め取り巻きの娘達が貴女のお友達に突っかかっていたことを知ってて良かったわ」
無理矢理にでも口論を止めて正解だった、と柚凜はため息を吐く。既に取り巻きの二人が茜音の友達に絡んでいた事を蓮華から聞いていたからこそ、柚凜は冷静に動けたのだ
「ねぇ柚凜ちゃん。やっぱりあたし達が友達だってばれたら駄目なの?」
「駄目よ。私達が仲が良いってばれたら貴女が危ないのよ」
「む~……あたしも柚凜ちゃんとお昼一緒に食べたいのに……」
膨れっ面になりながら文句を言う茜音を見ながら、柚凜は何故こんな事になったかを少し思い出す
それは、高等部に上がる少し前の頃だった。柚凜は色々な手続きをするために珍しく学校に一人で来ていた。
そして、手続きも終わり帰ろうとした時だった
『ど、どうしよう……手続きってどこでやれば良いの……?』
困った様子で歩いていた茜音を見つけた。柚凜はそんな彼女を案内してあげることにした
『こっちよ。ここで手続きを済ませられるわ』
『どうもありがとう! 優しい人に会えて良かったよ! 私、杉野茜音って言うの! 貴女の名前は何て言うの?』
そんな彼女に、少し躊躇いながらも自分の名前を告げる。紅峯財閥の名前は庶民でも分かるほど有名だ。だからこそ、柚凜は茜音が畏縮してしまうのでは、と思ったのだが
『へえぇ! 紅峯って聞いたことある! あたしの名前にちょっと似てるから覚えてたんだ!』
『へ? な、名前……?』
『うん。あかみねとあかね! みを取ったらあたしの名前になるでしょ?』
『……ぷっ、ふふっ……そうね』
ニコニコとこちらを見る茜音は柚凜を恐れる様子はなかった。柚凜はそんな彼女を気に入り、連絡先を交換して別れた。仲良くなれると思って……
しかし、次に学校で茜音と遭遇したのは最悪のタイミングだった
『この庶民が! 馴れ馴れしいのよ!』
『何で!? 私達同級生なのに……』
おそらく茜音は、普通に話しかけただけだったのだろう。同学年の生徒に、いつも通りに。
しかし相手が悪かった。庶民を見下している典型的な令嬢だったのだ、しかも最近柚凜に取り入ろうと近付いて来ていた相手でもあった。
そんな光景に、柚凜は頭が痛くなりながら足を踏み出した
『紅峯様!』
『あっ……!』
柚凜が来たことで、二人は嬉しそうに見えた。令嬢の方は自分の味方をしてくれると考えたのだろう。そして、茜音も柚凜が助けてくれると思った。
柚凜は考える。ここで茜音を助けることも出来るが、そうなれば見捨てられた令嬢はどう動くだろうか? 柚凜に仕返しをしようとは思わないだろうが……茜音には必ず報復をしに行くだろう。最悪、茜音が高等部でまともに過ごせないよう手を回すかもしれない。
そこまで考えて、柚凜は決断を下した
『……そこの庶民娘。口のきき方がなっていないようね、彼女に謝りなさい』
『えっ……!?』
柚凜の言葉に令嬢はニヤリと笑い、茜音はショックを受ける。そんな彼女にさりげなく近付き、柚凜は小声で
『……言う通りにしなさい』
と、告げる。すると、茜音は柚凜の顔を見つめ……
『……はい、すみませんでした』
傲慢な令嬢に謝罪するのだった
その後、茜音とこっそり連絡を取り合い、柚凜は学校では自分に近付かないように、そして金持ちの令嬢や御曹司に逆らわずに過ごすように忠告した。
しかし、彼女は納得しなかった
『あたし、大人しくなんて出来ないよ! 柚凜ちゃんとも仲良くしたいし、お金持ちの人に皆が理不尽な事を言われるのを我慢しろなんて!』
そんな茜音の姿を見て、柚凜は説得は無理だと悟る。そこで彼女はこう提案した
『なら、貴女は表向き私の宿敵って事にしましょうか』
茜音が柚凜と仲が悪いと周りに認識させ、茜音は柚凜の獲物だと思わせる。そうすれば、茜音が一般階級の生徒を守る為に多少反抗的な態度を取っても柚凜の取り巻きや彼女を恐れる連中は迂闊に手を出せなくなる。柚凜が自分の手で茜音を潰す、と明言しておけば邪魔をする者もそうそう現れないだろう。こんな事で柚凜を怒らせたくはないはずだ。
その提案に、茜音は表情を曇らせる
『それじゃあ柚凜ちゃんが悪者になっちゃう……。柚凜ちゃんはとっても優しい娘なのに……!』
『元々私は周りから怖がられているのよ。今更悪者扱いされても大した事ないわ。それに……心から私を慕ってくれる娘もいるわ。貴女のように、ね』
『柚凜ちゃん……』
ーーそうして、密かに柚凜と茜音の協定が結ばれた
そして、今も彼女達は表では敵対しているように見せている……だが、裏では
「ほら茜音。お菓子を持ってきたから機嫌直して頂戴」
「わぁっ! ありがとう柚凜ちゃん! 大好き!」
笑顔でお菓子を頬張る茜音と、それを苦笑しながらも優しく見つめる柚凜。これが本当の関係だと言っても誰も信じないだろうな、と柚凜の後ろで蓮華は思った。
蓮華は二人の関係を知る唯一の人物だ。表で自由に動けない柚凜の代わりに、茜音や彼女の友人に異変が起こらないよう密かに手を回し、何かが起これば柚凜に伝える。
柚凜の信頼が厚い彼女にしか出来ない大切な役目を担っているのだ
「あら、蓮華も立ってないで座ったら?」
「そうだよ! 蓮華さんも一緒にお菓子食べよう?」
二人に誘われ、蓮華はフッと笑みを浮かべる
「ありがとうございます。では、失礼します」
「相変わらず固いわね、蓮華は。ここには私達しかいないのに」
「うんうん、友達なんだからもっと緩くしても良いのにー」
余談だが、茜音が金持ち連中と向かい合って喋る時の口調は蓮華を参考にしているとの事である。それを聞いた蓮華は未熟な自分を参考にするなんて……と恥ずかしい思いだったが、少し嬉しくもあったらしい。
とはいえ、二人に固いと言われた蓮華は少し肩の力を抜くことにした
「分かりましたよ……では。茜音、柚凜、私もお菓子を頂きますね」
口調は変わらずとも、二人に気安く話しかける蓮華に
「ええ、どうぞ」
「えへへ、とっても甘くて美味しいよこれ」
柚凜と茜音も笑顔で答えるのだった
そして、三人で楽しく喋っていたのだが……時間はあっという間に過ぎてしまう
「……あら、もうこんな時間なのね」
「本当だ。そろそろ教室に戻らないとね」
名残惜しそうにしながら片付けを済ませ、柚凜は蓮華と共に空き教室を出ようとする。
そして、最後に
「じゃあまたね。私の大切な……庶民娘」
「うん……じゃあね。あたしの大好きな宿敵さん」
寂しそうに微笑む二人は、再び仲の悪い関係を演じる。上流階級と一般階級のぶつかり合いを避ける為に牽制し続け、無関係な生徒が理不尽な目に合わないために。
ーーー彼女達の本当の関係が公になるのは、まだ先の話である