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せな姉と哲学

就職活動って、それを知らない人から見たらとっても長くて長い、社会人になるための儀式として映るんじゃないですかね、リクルートスーツを着て、面接を受けて、内定を貰って…。

私は成人式や就活を経るだけで大人と見做されるのは、あまりにも短絡的だと思うんです。

じゃあ、何が人を大人に成すんでしょうか?

私は未だその答えが出ないので、そのうちアマゾンの奥地に答えを探しに行こうかと思います。

生物の生存本能とは、あまり褒められた見方ではないのだろうが、エゴの塊と捉えることができるであろう。

彼らは自らが、はたまた自らの種がより永く生存していけるように、その生存本能を独自に進化させてきた。

それは人間も例外に漏れず、様々な生存方法を模索し、今日ここまでの文明と叡智を築き上げることができたのは偶然ではないのだろう。“知性の発達”という進化は、我々の種が繁栄するための最適解と言えなければ、こんな惑星に70億もの人類が立ってはいないだろう。

しかし、この進化、“同種が争いを起こす”ということの危惧はされていなかったのだ。

無理もない。それは先達を責めることになりえない。なにしろ先祖は“生き残ること”のみに執着していたのだから。

争いは動物の中に刻まれた本能の一部なのだろう。犬や猫がマーキングをするかのごとく、我々の祖先の猿たちも縄張りと階級を築いていたわけで……。

さて、なんでこんな話をしているのか、というところだが―――。


「言い忘れていたが、君の持ち込んだ携帯電話は校則に則って二週間学校で没収することになっている」


携帯電話が没収された。

帰り際に乃仲先生から放たれた衝撃の一言に、全俺が泣いた。

別に特別連絡をとる相手がいるわけじゃない。俺が危惧しているのは、近々開催されるソシャゲのイベントのことだ。

一万円を課金(とか)し、ガチャで目当てのキャラを引き当てることを密かな楽しみにしていたのに、没収期間の終わる二週間後にはガチャ期間は終了している。なんならイベントの周回もできない。

絶望とはこのときのためにある言葉だと痛感した。


「あとこの反省文、私は構わないが上が許さない内容なのでね。少し真面目に内容を書き直してきてほしい」


反省文の再提出を言い渡された。

帰り際に放たれた乃仲先生の無慈悲な一言に、全俺は憎しみを覚えた。

この場合無慈悲なのはこんなユーモラスな反省文を許さない“上”とやらの存在であろう。どうせ何十年も前のことを未だに引き合いに出すような頑固者どもだ。自分の経験した事物が人生のすべてと信じてやまないそのエゴイズムが、社会の進展の足を引っ張っているということに気づけていないくせに、よくもまあのうのうと息をしているな。老害め、俺の携帯とイベント二週間を返せ。

映画で観た、人工的に生み出された生き物が「なぜ私を生んだ」と憤る、あの気持ちをいま実感している。

憎しみという言葉はこのときのためにある。マジにくすべ。

帰りがけに連発された乃仲先生によるショッキングな発言の数々は、俺が帰り道で「人類とはなんぞや」と思想に耽るほどの事柄だということだ。

かくいう俺も現代っ子。手元に簡単に情報収集暇つぶしエトセトラをこなせる万能機械こそが俺の相棒であり、唯一の友達だったのだ。妹の結婚式まで行き、走って帰ってくるだけで友が解放されたメロスが羨ましい。体育のマラソンを何キロこなしても俺の友は返ってこない。真の邪知暴虐は学校である。

人は本当に暇になると哲学を考え始める。哲学者はみな暇人だったのだろう。彼らの論説や発言が後世まで残っているのは、彼らに暇を持て余した末に真の教養が身についていたからであり、故に今の俺が哲学的発言をしてもだれも気に留めやしない。

現に、俺の姉―葦宮せな―は俺が発した哲学的発言に聞く耳を持たなかった。



  ×  ×  ×



「人ってなんで生きているんだと思う?」


「おかえ……は?きっしょ」


帰宅早々、「おかえり」を中断されて放たれる「きっしょ」はさすがに傷ついた。

ので、話題を変えて少しでも今のきしょい印象を薄めよう。

姉を見やると、手元のタブレットをすいすいスライドしたり、かたかた爪を鳴らして文字を打ったりしている。


「なにしてんの」


「んー?今日の課題。もうすぐ終わるから、夕飯もうちょい待ってね」


姉の葦宮せなは大学生だ。

2年生になってから、今後大学で本格的に導入される在宅授業システムのベータテスターになった…らしい。よくわからないが、授業を受けている以外はニートと大差ない。

うちの家は両親共働きで、システムなんとかたらいうなんだか小難しい名前の仕事に就いている。どうやらその職業は忙しいらしく、帰りの電車は基本的に終電で、本当にやばいとき(どうやばいのかは知らない)は会社に泊まっている。土日に仕事が入ることもしばしばあるあらしく、その会社の労基法は機能しているのか心配になる。そんな親が家事をすることは殆どなく、家事は基本的に俺と姉で当番制になっている。

荷物を部屋に置き、シャワーを浴び終えてリビングに出ると、課題を済ませたのであろう姉が台所で調理をしていた。

できあがるまではもう少し時間があるだろう。ちょっとゲームでも――。

……携帯、没収されてたんだった。

家にはゲームハードもない。手隙になった俺は、さすがに“なにもしない”ができるほど器用ではないので、部屋から今日分の宿題を持ってきて、それをこなすことにした。


「おや、リビングで宿題なんて珍しいね」


不意に姉から声がかかる。調理しながら話すなんて器用なもんだ。俺にはできない。

ここで没収されたことを言えば確実に馬鹿にされる。うちの姉は人の弱みが好きという意地汚い性格をしているということを十数年の付き合いでよく知っている。


「気分転換に、ね」


そう言いながら、宿題に指定されたページを捲る。

数学は苦手だ。我が物顔で突如出現した文字、グラフ、表、記号の羅列は、英語以上にとっつきづらい言語を勉強しているみたいだ。英語ができるわけでもないが。

グローバル化が進む現代社会。俺が国内から出ることも、外国人と話すこともないんだろうな。でも話さないと仕事ができないらしい。仕事ができないと給料は少なくなり、給料が少なくなるとQ(クオリティ)O(オブ)L(ライフ)も下がる。なんて時代だ。あんまりだ。

乃仲先生の言葉が脳裏によぎる。

英語は苦手、数学は絶望的。国語しかできない俺は、将来なにになれるんだろうな……。


「そこ、ちがうよ」


いつの間にか隣に座っていた姉が解の間違いを指摘する。

俺と比較して、この姉は何でもできるスーパーエリートさんだ。県内屈指の進学校に通い、受験した難関大学にすべて合格している。そして運動もできる。

ちなみに教えるのも上手い。俺は姉のおかげで今の高校に通えているし、姉のおかげでそこまで悪くない成績を保っていられる。


「え、どこ」


そんな立派な姉に何度教わっても、苦手な教科に関して記憶したことは、直近のテストを過ぎると忘れてしまう。

ほんとに、我ながら出来の悪いことこの上ない。


「まったく、しっかりしてくれよな~」


ははは~、とぽやぽやした笑い声で俺の頭をがしがし撫でる姉は、俺の劣等感など気に留めていないようだった。

なんだか劣等感を抱いてるのが申し訳なくなってきたな、もう少し頑張ってみるか…。

このあと姉の宿題with勉強会は、ご飯が炊き上がるまで続いた。


続きはあなたが転生したら読めます。

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