表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

反省文と乃仲先生

創作って、自分の性癖とかを曝け出すとても恥ずかしいモノだと思っているんですけど、でも、曝け出さないと気が晴れなかったりするんですよね。人間って不思議ですね。

「反省文」

 (わたくし)葦宮正悟(あしみやしょうご)は2月18日に校則で禁止されている携帯電話を持込んだことをここに反省します。

 私が禁止されているはずの携帯電話の持込みをしていたのは、昨今増加する危険な犯罪に対しての防犯意識や、ここ数週間にかけて頻発する自然災害に応じて、家族と連絡をすぐに取れるようにと考慮した末の判断でございます。

 一度担任の落合先生に相談・確認すべきかと想いましたが、先生は「最近職場の風当たりが強く、私のことが気にくわない教頭先生の嫌みがつらいし、あることないこと流れてくる噂のおかげで立場が危うい」と授業中に愚痴を吐いておられたので、あまり意味は無いだろうと推察し勝手に持ち込みました。

 実を言うと、なぜ私がこの場でこのように反省文を原稿用紙二枚分いっぱいに綴らなくてはならないのか不思議で仕方ありません。

 反省文に、床の雑巾掛け、トイレ清掃など、ただの作業を罰として与えるだけで反省しただろうなどとは、見通しの甘さに戦慄を覚えるほどです。

 問題があるのはそれに限りません。携帯電話が普及した現代において、学内で携帯電話の持込みを禁止するという、旧時代的で今となっては何の意味も無い校則を、さも“伝統”と取り上げ、我が校の特徴とするのはいかがなものかと、一生徒ながらに思います。

 伝統は学校にイメージを与える上で確かに重要な事柄なのだろうとは思いますが、それと同じくらい変革という柔軟さを持ち続けることも重要なことではないでしょうか。

 つまり何が言いたいのかと存じますと、いつまでも古い悪習に囚われた今の学校は腐敗しているということです。

 また、先ほど申した通り、教師間でのいじめのようなやりとりが横行しているというのは、学びを得る側からしても教育者としていかがなものかと思います。

 ここ最近の落合先生はため息ばかりで、授業やHRの際のクラスの空気はとても良いとは言いがたい状況にあります。

 生徒を指導する前に、皆さんが教育委員会から指導を賜った方がよろしいのではないでしょうか。



 × × ×




 人生というものは案外と呆気ないつくりになっている。

 自身が赤子だった時の記憶はほとんどなく、幼少に両親と戯れた記憶もおぼろげで、小学校の時に可愛いなと思ったあの子の顔は思い出せず、そのくせ中学校の時の痛々しい記憶は今も鮮明で、それこそ早く忘れ去りたい些細な記憶のくせに、今も胸の中にこびりついている。

 手遅れになって気づいた中学三年の時分、高校生になれば何か変わるだろうなどと薄ら希望を持っていた愚かな自分を殴ってやりたい。

 後悔ばかりを積み重ねて、人は大人になるのだという。

 しかし大人になったからと言って幸福が待ち受けているのかといえば、そうはならない。朝の通学電車で見かける大人たちの通勤態度、その表情に希望を見いだすことはできない。おそらく会社での表情とは少しは違うのだろう。それでも、その中で望んでいた将来を獲得できた人などほんの一握りだろう。だのに、望んでない職場で愛想笑いを浮かべてクタクタになるまで働いて、窮屈な満員電車で行き来をして…そんなことを50年近くも繰り返すなんて、正気を保っていられるわけがない。俺は無理だ。

 望むなら、大人になりたくない。ずっと10代のままでいたいし、働きたくない。いつか自分が老いていかないことに気づく日はないのかな…などと、未だに夢を見ている。

 ……まだ中二病は抜けきっていなくて、その方向がすこし捻れただけなのかもしれないな、俺は。


「葦宮、こりゃ何だ?」


 職員室の一室で、生徒指導担当の乃仲美咲(のなかみさき)教諭は、俺が携帯電話を学内に持ち込んだことに対する反省文に、開口一番そう告げた。


「なにって、携帯電話を学校に持ち込んだ旨の反省文ですが」


 ありのまま、俺が綴った内容の概略を述べる。それ以上でも以下でもない、本当に反省している気持ちを精一杯、字数いっぱいに書き込んだつもりだ。


「反省文のはずなのに教師に反論…いや反抗する内容が散見されるのは私の読解力の問題か?それとも君の文才か?」


「先生の読解力が高すぎるが故にそう捉えられてしまうのではないでしょうか」


 国語教師として教鞭を振るうだけあって、その文脈の行間すら読み取る読解力の高さは侮れない。おかげでこの真摯な気持ちを受け止めてもらえないのはなかなか心苦しいものがある。


「ふむ、ではなぜ君はこのお気持ち表明文を提出しようと思えたのかね」


「反省文は反省してるっていうお気持ち表明する場でしょう……。ジョージだってそう言ってた」


「誰だよジョージ」


「今つくった俺のイマジナリーフレンドです。たえちゃんみたいな」


「おいばかやめろ」


 このネタが通用するのか…先生、意外とネット民なんだな……。

 乃仲先生は大きなため息をついた。ため息は幸福を逃しますよ、って声かけたら怒るんだろうな。

 その無礼な考えに気づいたのか、先生はより一層嫌悪感を滲ませた目で俺のことを睨めつける。


「……つまるところ、きみは反省していないと」


「何で反省文の提出しにきた奴に反省の気持ちがないんですか。おかしいでしょそいつ」


「反省していたらこんなところに教師陣の批判を書くような真似はしないと思うが?」


「それ以外に原稿用紙を埋める内容が思い浮かばなかったので」


 はぁぁぁ……と乃仲女史はまた大きなため息をつく。逃げますよ、幸せ。

 口だけ達者なのは自覚がある。反射的に口が出るのは悪いくせだと自覚しつつも、直す気はない。コミュ障はちょっとやそっとじゃ直らない。


「君はあれだな。大学生になったら論点を少しずつずらしながらレポートの字数を埋めるタイプだな。無駄に器用なヤツだ」


「もしかして褒めてます?」


「ばかたれ。貶したんだよ」


 乃仲先生は、暫し逡巡したあと肩をすくめると立ち上がり、こちらに来るように、と職員室の奥にある放送室へと促した。

 今は放課後だが、下校時間まではまだ余裕があるらしく、放送室と隣接する放送準備室に放送委員の姿はなかった。

 乃仲先生は奥の座席に腰掛け、俺をその向かいに座らせた。


「なんですか、こんなところにわざわざ来て」


「まあ聞きなさい。なに、ちょっとした世間話さ」


 普段のそれこそ先ほどの職員室でのしゃきっとした印象とは違い、姿勢を崩してニヒルな笑みを浮かべる。


「君の反省文だが、全体的に駄文なのは目を瞑ったとして、なかなかに的を得ている部分も確かにある。私はあそこに書かれていた文章に対して、批判はするが否定はしないよ」


「ありがとうございます。てかそんな態度悪い感じのとこ、生徒に見せていいんですか?」


「私だって人間だ。少しくらい気を抜きたいときもあるのさ。それに、君は今日みたいなことを笑い話にするような相手もいないだろ」


「は?いるし」


「イマジナリーフレンドのジョージ君のことか?」


「誰だよジョージ」


「じゃあ君はひとりぼっちだな」


「………」


 なにも言い返せない。

 高校一年生の冬も終わり、そろそろ始まる新たな春を待つ時期にさしかかっても、ついぞ俺に友達はできなかった。

 別に誰とも話さなかったわけじゃない。多少なり会話をする相手はいたが、みんな二学期には話しかけなくなってきた。

 いつも受け身だった俺は、自分から誰かに話しかけるという高度なスキルを手にすることがこの歳になってもできなかった。所謂“コミュ障陰キャ”がここにいた。

 会話の種は育たなかったくせに、些細な物事を考えることばかりは上達していった。口で吐き出さない分、ダムのように頭で言葉を蓄え続けた結果だ。


「私は読解力が高いからな。君の綴った文章から君の性格を推測することができるぞ。君は基本自分から話すことはなく、最初こそ何人か話しかけてきてはくれたものの、夏休みを終えてから二学期、君と他との間には大きな溝ができあがっていた。さしづめ夏休み中に遊びに行くのを面倒だからと断ったんだろう。付き合いが悪いからハブられたわけだ。そのくせ言葉の覚えばかりは良くて、今まで会話で使われることの無かった言葉を国語の文章題に嬉々として組み込んでくる。そういうゴミみたいな性格だ」


「先生はエスパーかなにかですか…?てか、ゴミみたいはさすがにひどくないですか?」


 畳みかけられた罵倒の嵐に、自分の頬が引きつるのがわかった。

 しかも図星だ。夏休みのくだりはほぼ的中だし、マジでエスパーなんじゃないの?

 乃仲先生はフッと嘲笑って


「ゴミだよ。主に国語が得意で弁が立つヤツ、それでいてそのほかの取り柄がない奴なんてのはみんなゴミだ」


 断言された。清々しいほどに言い切られた。

 図星を突かれたうえ、こんなに罵倒されるとは思ってなかった俺は、呆けてしまっていた。

 乃仲先生はんんっ、と話を戻すように咳払いをした。


「さて、君のその舐め腐った態度を買って頼み事がある。明日、また今日と同じ時間にここに来てくれないか」


 乃仲先生は、先ほどよりも声を抑えて俺にそう言った。

 どうせ断ることはできない。この人はどんな手段を使っても生徒を逃がさない生活指導教員として有名だし、この一年近くで俺はそれをきっちり学んでいる。


「構いませんが……どんな要件ですか?」


「会ってほしい子たちがいるんだ」


 先ほどよりもニヒルな、見方には愉快そうにもみえる笑みを浮かべて、乃仲先生はそう言った。


次回掲載、いつになるんでしょうね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ