第1話 異世界
目覚めたそこは、見知らぬ部屋だった。
どこか、古ぼけた山小屋のような建物のようで部屋の中にあるのは火が燃えている西洋風の飾り気の無い暖炉とぼろぼろのテーブルと椅子そして、自分が横になっていたベッドだけだった。寝起きのように霞がかかった思考を、元に戻そうと何度か頭を振り現状を考えると不思議な事に自分が違う世界に居る事をすぐに認識することが出来た……。
しかし、この世界の事は当たり前だが何も分からず、今自分が何処に居るのかも分かるはずもなく。
奏は、少し歩いてみるかとベッドから起き上がろうとした時だった、小屋の扉が開いて、この世界に来る前に見た女性が入ってきた。その女性は、その美しさも然る事ながら凛としたいでたちで何処か高貴な気品も溢れているように感じた。
奏が起きているのを見ると驚いて話しかけてきたが奏はその女性の言葉が分からず首を傾げて分からないとジェスチャーするしかなかった。女性は、少し考えた後首から下げていた青色の宝石のはまったペンダントを手渡すと手で首にかける様な仕草をしたので奏はそのペンダントを首にかけてみた。首にかけた瞬間ペンダントは1度淡く光ると光はそのまま消えていった。
「言葉……分かりますか?」
奏は、その透き通るような声を聞いて心臓が跳ね上がるようだった。話しかけても、返事が返ってこないためその女性は再度話しかけてくる。
「言葉分かりませんか?、そのペンダントは意思疎通のタスクを入れてありますが…。」
その言葉を聴いて、奏は我に帰ると慌てて女性に話しかけた。
「あっ…、すみません解ります大丈夫です。」
慌てて話始めた為、良くわからない口調になってしまった。その慌てた様子を見て女性はクスッと小さく笑うと、「大丈夫、気にしていないから」と言ってベッドに腰掛けるように座って話し始めた。
「どうやら、あなたは私が異界の門をくぐる際に巻き込まれて一緒にこちらへ来てしまったようです。あなたを巻き込んでしまって申し訳ありません。」
「異界の方…、帰る方法は今はわかりませんが私が責任を持って探しますのでどうか安心してください。」
奏は女性の話を聞いて、気を取り直すといつもの落ち着きを取り戻していた。
「謝る必要は無いです、俺は既にあちらの世界には絶望しか残っていなかったしむしろこちらに連れて来て
もらって感謝している位だから。」
「後、俺の名前はミナヅキソウ…こちら風がどういうのか解らないけど姓がミナヅキで名がソウです。」
女性は、ソウのサバサバした物言いに困惑気味に話し始める。又、ソウの方も上機嫌でいつもよりすんなり会話をしている自分に驚いていた。
「しかし、あちらの世界にはご家族の方も居られるのでは?」
ソウは悲しげな表情をすると小さく首を振って話し始める。
「俺の家族は……もう誰も居ないんです……、向こうのある国で内乱に巻き込まれて…。」
その話を、聞いてリーゼは少し考え込むと。
「そうですか……では、当面の生活に関しては私に任せてください。これでも、私はこの国の第2皇女ですから。そういえば、私の自己紹介がまだでしたね。私の名は、リーゼ・コルベルト・シュツルムガルド先ほど話した通りシュツルムガルド王国、第2皇女です。そして、近衛騎士団の団長も勤めています。」
ソウは、この話を聞いて向こうの世界でのあの変な動物を倒した時の動きを思い出していた。
「確かに、あの剣技は只者じゃないとは思ったけど……お姫様なのに騎士団って……。」
「あの戦いも見ていたのですか?、ということは、結界にも入ってきていたのですね?」
リーゼは驚いたように話す。
「あれが、結界かどうかは解らないけど急に人が誰も居なくなって周りが凍結されたみたいになって……。でも、なんであんな所で戦ってたんだ?。しかも違う世界からって……。」
しばし逡巡した後、リーゼは話し始めた。
「この大陸、レスファール大陸ですが1000年前に地殻変動で隆起して出来ました、それから300年ほど前までは、混沌が支配し戦乱の時代が続いていました……。」
「その後…そうですね、今から286年前、創聖暦825年そして王国暦元年にシュツルムガルド1世がこの国を統一してシュツルムガルド王国を打ち立てました、その時シュツルムガルド1世が身に着けていた魔道具が蒼魔玉…その…あなたが今かけているペンダントなんです。」
ソウが、驚いてそのペンダントを見るがリーゼは話を続ける。
「そのペンダントは、この国に危機が訪れる時に6つの宝玉に分離して異界に飛び去るとの言い伝えがあります。さらに、その飛び去った6つの宝玉をそろえれば国を救う魔道具に姿を変えると言われています。私は、その宝玉をそろえる為に貴方の世界に渡り宝玉をそろえこちらに戻ってきたのですが…。」
リーゼは、一呼吸入れて続きを話し始めた。
「こちらへの、帰還用タスクを起動時にあなたが巻き込まれてしまったようです。その所為で帰還場所がズレてしまったようで此処は王都から南東に位置するアーレイ山の山小屋です」
黙って聞いていたソウは、リーゼの話がひと段落ついたのを待つと話し始めた。
「取りあえず、さっきも言いましたがこの世界に来てしまったのは貴方の所為では無いから申し訳なく思う必要は無いですよ。寧ろ、保護していただけるだけでもかなり感謝しています。それに、俺が紛れ込んだ事でこんな所に飛ばされてしまったみたいだし…」
そう言うと、リーゼはホッとした表情をして右手を頭上に掲げる。
「すみません、少し待ってくださいね……。」
そう言うと、何か呪文のような言葉をつむぎ始める。
「インフォメーションライン結合……ネゴシエイトコントロール……レイル……。やはり、駄目みたいですね。」
リーゼはそういうと小さくため息をつく。
「今のが……魔法?。」
驚いたソウが言うと、リーゼは頷いて説明をしてくれた。
「今のは、シングル通信魔法といって特定の人物と一対一で話す事が出来る魔法です。ただ、此処は魔法を打ち消すノイズが大きくて繋がらなかった見たいです。明日になったら、此処から麓の村まで降りますからそこでもう一度連絡してみます。」
そう話すリーゼに、疑問に思ったソウは聞いてみる。
「この場所は、普段からこんな状態なのですか?。」
そう聞かれたリーゼは暫く考えるとそれに答える。
「いえ、いつもと言う訳ではありませんが。ノイズが濃くなって通信が不通になることは稀にあります。」
リーゼは話終わると、立ち上がって扉の方へ歩き始めた。そして、扉の前で立ち止まるとソウの方を振り返り言う。
「では、そろそろ夜の食事の用意をしてきます。貴方は、移転の影響でまだ動けないと思いますから休んでいてください。」
そう言うと、足早に部屋を出て行ってしまった。
ソウは、この世界に来たのは偶然だと思っていたが向こうに居たときに見たあの情景だけは覚えていた、そしてあの場所はこの世界の物なのだと漠然と理解していた。この世界に来た理由は良く分からないが、転移したときに聞いた言葉そして向こうの世界に居たとき夢で聞いた言葉その双方が頭から離れずに残っていた。
何かしらの意思が働いたのだと言うのは分かっている。
「やれやれ、考えてもわかんないよな。仕方ないけど、暫く借りばかり作ってしまいそうだ……。」
ソウはため息をつき、そんな事を思いながらベッドに横になるのだった。
リーゼは正直、ソウという人間を掴みかねていた。突然こんな事になっても、全然混乱をしていないしむしろこちらに来たことを喜んでいるようにも見えたからだ。リーゼはソウの事は始めて会ったにも拘らず、悪人のようには思えなかった何故そう思うのかは分からないが…。だが、今回リーゼの持ち帰った蒼魔玉の形取った魔道具はソウの為にあのような機能を持っているとしか考えられない。
この世界の人間には生まれながらにして体の1機能として魔力の出力を行なう為の器官があるのだ、だとしたらあの魔道具はこちらの人間には不要な物だ、しかし、あの魔道具はあの機能を宿し形取った……そして、ソウは巻き込まれこちらの世界に来た、それは何かに予定されていたかのように。
「今は、恐らく何も分からないわね…取りあえず、王都まで戻らないと。それに、何か胸騒ぎがする悪い事が起きていなければ良いのだけど……。」
リーゼはそう呟くと、手際よく食事の準備に取り掛かる。姫という立場でありながも近衛騎士として遠征は良く行っていたし一通り料理は出来る。性格は穏やかで、だが剣技は神業のような実力を伴っているのだ(しかも姫)これで人気が無いわけは無く騎士団内のみに限らず信奉者は多い。ソウは、その手の人間が見れば大変羨ましい状況なのだが…。
「うん、こんな感じで…良いかな?」
リーゼは、出来た料理を持つとソウの元へ向かう。部屋に戻ると、ソウは何事か考え込んでいるようでリーゼが来た事に気づいていないようだった。
「何を、深刻に考えておられるのですか?何か問題でもありましたか?。」
リーゼは小首を傾げながら聞いていた。
「いや、問題という訳では無いのですが何か面倒をかけてばかりで申し訳ないなぁと。」
そういうと、ソウはバツが悪そうに頭を掻く。
「何か、俺に出来る事は無いですか…今は、体がこんななので何も出来ないのだけど。」そう言って、また悩み始める。
「そんなに急がなくても、大丈夫ですから今は体を休めてくださいね。食事を作ってきました急場ですから大した物が作れなくて申し訳ないのですけど。」
そう言うと、料理を並べてベッドの横の椅子に腰掛けるとスプーンを持ってとんでもない事を言い放つ。
「ご自分で食べられますか?。」
一瞬、ソウは固まると一瞬で顔を赤くして答える。
「だっ、大丈夫です!!自分で食べますからっ!!」
慌てて、リーゼからスプーンを奪うように受け取ると、ソウはポトフに似た料理を勢い良く掻き込むと余りの熱さに口の中を火傷してしまう。
「熱っちぃ!!。」
ソウが口を押さえて、蹲るとリーゼが慌てて手を翳して何か呪文を唱える。
「ライフライン結合…シングルレスト…ソウ!!」
ソウの口元に当てられた、リーゼの手から淡い光が出るとソウの痛みが静かに引いて行く。ソウが、顔を上げるとリーゼの顔が間近まで近付いていて黄金に煌く髪から甘い香りを感じる。そんな事に一瞬意識を奪われるとリーゼの声が聞こえて現実へ引き戻される。
「だっ大丈夫ですか?、そんなに急いで食べなくても…。」
心配そうに、話しかけるリーゼを見ながらソウは一人ごちる。
(もしかしてこの人……天然??。)
「俺は大丈夫ですけど、こんな事に魔法使っちゃって大丈夫なんですか?。」
ソウは、速くなった動悸を覚らせないように話題を変える。魔法を行使するには何かリスクがあるのではないかと考えたのだが、帰ってきた答えはかなりあっさりとしたものだった。
「大丈夫です、魔法は自分の体に宿る魔力を媒体としていますがあの程度の魔法なら100回使っても無くなりませんから。」
かなり、あっけない答えにソウが拍子抜けしていると、追加するようにリーゼは魔法の説明をしてくれた。
「この世界の魔法は肉体の内なる魔力を、体の出力器官より用途別の言霊を使用して発現させています。」
そう言うと、手の甲にある紋章のような物を見せる。
「これが、発現器官の文様ですこの世界の人間は全員この文様を持っています
そして例外なく魔法を使用することが出来ます。もちろん、保有する魔力の量は個人差がありますし少なすぎれば使用できない魔法も存在します。」
その話を聞いて、ソウは少し落ち込みながらも疑問に思った事を聞く。
「じゃあ、俺はその発現器官ってのが無いから魔法は使えないのか…。」
やや、落胆した面持ちで話すソウをみて少し苦笑しながらリーゼは話す。
「使えない…と、普通なら言うのですが貴方はそれを使えば魔法を使う事が出来ます。」
そう言うと、ソウの胸元にあるペンダントを指差す。
「その、蒼魔玉が発現器官の代わりをする事が出来ると思います、ただ…私では詳しい事は分からないので一度イグズス殿に見て頂かなければなりませんが…。イグズス殿はシュツルムガルド王国の宮廷魔術師ですこの国の古い言い伝えにも詳しいですから…。」
そこまで、話し終わると一息ついたのかソウに食事を勧める。
「もう冷めてしまいましたが、食べましょう明日はなるべく早くに此処を発ちたいと思いますので。」
ソウは、頷くとすっかり冷めてしまったポトフのような料理を食べる。
「旨い……。」
そう呟くと、瞬く間に食べ切ってしまった。さっきは、熱いのが気になって味は正直分からなかったが改めて食べるとかなり美味しかった。
「ありがとうございます。まだ、ありますからゆっくり食べてくださいね。」
リーゼは笑いながらそう言うのだった。
ソウは、食べ終わると溜まった疲れと移転の後遺症がまだあるのかリーゼへ感謝の言葉を言うとすぐに眠ってしまった。
− 希望ヲ生ミシ者ヨ −
− 汝思エシ道ヲ進ムガ良イ −
− 何者モ汝を止メヌ −
− 自ラノ運命ヲ切リ開クノダ −