第八話『いきなりのテスト!?』
シャロンは伯爵家を見捨て、公爵令嬢となりました。これからどうなるのでしょうか?
「……では、詳しい話を聞かせてもらうぞ」
厳かに告げたお祖父様の声に、和やかだった空気がピシッと固まる。
あの火事から逃げてきた翌日。
私たちは伯爵家とは比べ物にならないくらい美味しい朝食を食べ終わったあとに、なかなかヘビーな話を切り出された。
「すまんが、荷物を勝手に触らせてもらった。なぜ、ドレスが一着もないのじゃ? 宝石もほとんどなかった。出てきたのは着古したワンピース数着とポーションの材料に、数冊の本、多額の金……あとは、冒険者ギルドと商業ギルドのギルドカードだけじゃ」
「…………」
お祖父様の言葉に、叔父様たちが真剣な瞳をこちらに向ける。
それに、私はニッコリ笑って話し始めた。
「装飾品が少なかったのは、着る機会がないからですわ。着れないドレスなら数着ありましたが、全てお金に変えましたの。夜会なんて出してもらえませんし、生きることのほうが大事なので」
「……お金に変えることと、生きることが繋がるのは何故かしら」
不思議そうな視線を向けてきた叔母様に、決まっておりますわ、と笑って返す。
「お金がなければ生きられなかったからです。私は元使用人部屋を使っていました。ご飯は出されず、ナタリーが厨房で料理人に貰ってきたり、買ってきたりした食材を、町で買った魔道具のコンロとフライパンなどで簡単に調理したものを食べておりました」
「料理人は何をしていたのだ!」
激昂する叔父様を、宥めてからお祖母様が言った。
「料理人はご飯を作ってくれなかったのかしら。あのオリバティス伯爵当主が何かしていたの?」
「はい。私にご飯を出したら罰があったそうです。食材を分けてくださった料理人はマシなほうでしたわ。使用人も含めた皆は、罰を恐れて私に近づきませんでしたから」
「なんと……!」
絶句したようなお祖父様たちに、苦笑を溢す。
普通の十一歳の女の子が生き残れる家庭環境ではない。優しく言っても、死ねと言っているようなものだ。
「ギルドカードは、その環境で生き残るために必要だったのですわ。特に、冒険者ギルドのギルドマスター、副ギルドマスターは良くしてくださいますの」
「……そうか。確かに、冒険者ギルドなら薬草採集で危なげなく小遣いができるじゃろうし、商業ギルドであれば適正な価格でドレスや宝石を買い取ってくれる。……生き残るための術だったのじゃろう……」
もう大丈夫じゃ、と言ってくださるお祖父様と、涙目で抱き締めてくださる叔母様たちには悪いが、自分のしたいことをしていただけだ。
実は魔物討伐の依頼がバンバン来るBランク冒険者であり、商業ギルドでも五百年前にあったものをアイデアとして売り付けているとは、夢にも思わないだろう。
私の冒険者ギルドのギルドカードの色は金。冒険者が見れば一目で高ランク冒険者だとわかるが、公爵家の生粋のお貴族様はわからなかったようだ。心底安堵した。
「シャーロットはこのディスティリオ公爵家の養子に迎え、次期当主として教育する! オリバティス伯爵家の次期当主は他にも娘がおるし、大丈夫じゃろう。三年間、勉学に励むのじゃぞ」
「はい、わかりましたわ」
お手本のような聞き分けの良い子のお返事をしたあと。
ふと、引っ掛かった言葉があったために質問を返した。
「……なぜ、三年間なのですか? 三年後に何かありましたでしょうか?」
「何言っているのだ? シャーロットは三年後にアルメリナ国立学園の魔法科に特待生で入学することが決まっているだろう?」
「……え?」
存じ上げません、と返すと、さらに驚いた様子でお祖父様が自ら説明してくれた。
アルメリナ国立学園とは、数年前にできた、様々な学科がある近隣諸国で最も大きな学園である。14歳以上の貴族は義務として入学しなければならないそうだ。在学中に結婚しなかったら三年間を学園で学び、寮で過ごさなければならない。中退もあり得るが、結婚などの事情があるときだけだ。
淑女科、経済科、商業科、魔法科、騎士科。
この五つある学科のなかで、魔法科や騎士科の二つの学科は入学試験を受け、受からないと入ることができない。また、私のように固有魔力属性を持っていたりすると、特待生として否応なしに魔法科へ入れられる。
そこまで説明したお祖父様が、はぁ、と怒りを抑えたようなため息を吐いた。
「シャーロットが“音”という魔力属性を持っていた時点で入学は確定していたのじゃ。それを本人に教えていないとは……」
(……うん、うちの父親ダメダメだな……)
そう考えて、ハッと思い直す。
あ、もう他人だった、と。
「まぁ、今知れたので良いですわ。それで、このテストを解けばよいのですか?」
今すぐ援助を打ち切ってやる、とお祖父様たちが仕返しを考えている間に、机の上にセバスチャンが置いた束になっている問題用紙と解答用紙、それにお高そうな装飾のついたペンを見た。
「ああ。どのくらいできるのかを確かめたくての。簡単な問題から難しい問題まで出されておる。それによってつける家庭教師のレベルが変えるから頑張るのじゃよ」
そう言って席を立ったお祖父様たちを見送って、残ったセバスチャンとナタリーに微笑む。もちろん、ダリアもいつものように足元にいるが。
「では、始めましょうか。ナタリーも退室して」
「了解しました」
邪魔になるから、とナタリーがダリアも抱き上げて扉から出ていった。
それを見届けてから、机に向き直り、セバスチャンが後ろにいるのをヒシヒシと感じながらペンを手に取った。
「それでは、始め」
最後の一問の答えをサラサラと解答用紙に書き写し、カタリとペンをペン立てに立てる。
「セバスチャン、終わりましたわ」
「……お早いですね。まだ三時間も経っておりませんが、よいのですか?」
(いや、三時間も後ろからじっと見てるほうが、よいのか? だ!!)
テストを開始して十分。
問題用紙の多さに、辟易としながらも問題を解き続けて、セバスチャンがずっと後ろに立っていることに気がついた。
まぁ、いつか帰るだろ。
そんな甘く見ていられたのは最初の三十分までだった。
一時間経過しても、二時間経過しても。
時間の経過だけを教えてくれて、体はピクリとも動く気配のないセバスチャンに、無言の圧力と居心地の悪さを感じ始めたのだ。
「結果は明日かしら? 疲れたから、部屋に戻るわ」
「明日の朝食で結果を報告になります。では、部屋にご案内させていただきます」
問題用紙と回答用紙の束を渡して立ち上がる。
そうして、だだっ広い自室に無事帰ることができた。
「それでは失礼いたします。ゆっくりお休みください」
「ええ。ありがとう、セバスチャン」
恭しく礼をして、パタンと閉じられた扉を見てからボフンッと盛大にベッドに沈み込んだ。
伯爵家で使っていた使用人用のベッドとは違い、ギシギシと軋む音もなく、身体を柔らかく包んでくれる。
「シャロン! テスト、どうだったの?」
「あー……結構カンタンだったー」
「? じゃあ、なんでそんなに疲れてるの?」
窓際にある、専用のベッドから私のベッドに乗ってきたダリアを抱き寄せてタオルケットを被った。一眠りしようと思ったのだ。
「精神面をゴリゴリ削られたんだよ。セバスチャンのせいで……」
「へぇー。よくわかんないけど、大変だったんだね」
よしよし、と慰めるように顔にもふもふの毛を擦りつけてくるダリアに、「ほんっとに大変だった!」と自分からもスリスリと顔をすり付ける。
「結果は明日発表らしい。大丈夫だと思うが……」
「カンタンだったんでしょ? なら大丈夫だよ」
「ん、そうだな」
難しい問題もあると聞いたから、気合いを入れて問題に取り組んでいたが、そうべらぼうに難しい問題など最後まで出てくることはなく。
算術に、言語学に、魔法学に、経済学に、と。
数々のテスト問題をこなしていった。
確かに、前の家庭教師に教えてもらえなかったところはあるが、本から得た知識を含めて考えれば余裕で解けた。
経済学は小論文で戸惑ったけど、一応それらしいことを書いたはずだ。
「……お休み、シャロン」
「ああ、……お休み、ダリア」
三時間のテストに疲れていた子供の体が睡眠欲に抗えるはずもなく。
すぐに意識が暗闇へと沈んでいった。
お読みいただきありがとうございます。
いきなりのテストでしたね! 次回は結果がわかります。