第七話『家出の準備と火事』
まだまだ続きます。
拙い文ですが、楽しんでいただけると嬉しいです。
「ナタリー、これはどこにしまおう?」
「ここにいたしましょう。このワンピースは……着れませんね。この辺りに掛けて、怪しまれない程度の生活感を出すのはいかがでしょうか?」
ふむ、と考えて答えたナタリーに、了解! と返して私は再びポーションの材料である薬草や魔石の整理をし始める。
私はこの間、十一歳になったばかり。
今日も、お父様たちは夜会で不在だ。最近夜会で不在が多いが、私たちにとっては好都合。
邸にいると、やたら異母妹のベアトリスが部屋に突撃してきては、ぬいぐるみやら宝石やらを奪っていくのだ。
そうしておきながら、本気で円満な家庭になれると考えてるらしく、一緒に夜会に行きましょうだの誘ってくるが、ドレスどころか部屋着すら買ってもらってないのに行けるはずがない。今あるワンピースはナタリーが自費で買ってくれているというのに。
マジでベアトリスはお花畑の住民だと思う。
何本か頭のネジが緩んでいるどころか、紛失しているだろう。
そんなベアトリスを溺愛してやまない、こちらもアホな父親が、私の状況を理解しているはずもなく、毎回パーティーに出れない理由を作るのも結構大変なのだ。
こういうめんどくさい人種の人たちが不在のときに家出の準備を進めなければと、せっせせっせと大きなバッグに整理したポーションの材料や本、服などを詰めていく。
「……お祖父様たちにも言ってあるよな?」
「もちろんでございます。予定は明日の夜。馬車も手配しております」
「さすがナタリーだ!」
綿密に練った計画を再確認して、バッグを閉じた。
今日で荷造りは終わりの予定だ。今部屋に残してあるのは、この部屋に置いていくものだ。
着古したワンピースにサイズが小さくなってしまった下着。あと少しの小物。それらを物がなくなりすぎても明日の夜までに怪しまれると考えて、部屋にいつも通りに配置してある。
それ以外のものはお金に変え、もしものとき使えるよう、商業ギルドのギルドカードに入れた。
ちなみにだが、商業ギルドにもあれから登録したのだ。宝石やドレスをいつでも適正な金額で換金したいがために。
「……このバッグ一つで家出だな。ちゃんと逃げ出したことが認知されるように馬車で移動するようにしたし……」
「旦那様たちの決定的な差別行為があったという録音もありますから、きっと大丈夫でしょう」
スッと取り出された一見オルゴールのような美しい装飾が入っ箱を受け取って、カタリと中身があることを確認してバッグの中にしまった。
これは、オルゴール型の録音魔道具。私の“音”という、前世にもなかった魔力属性の魔術式を生み出し、魔石に刻み込んで試しに魔道具を作ってみたのだ。それが意外にも使えそうな物が出来上がったので、私と同レベルで魔導に詳しいアフロディーテを巻き込み、装飾も付けて完成度を高くした一品。世界に一つだけの完全なるオリジナルだ。
「お嬢様。もうそろそろ、お風呂に入って寝ましょう。明日に備えませんと」
「そうだな……」
すると、そのとき。
私たちの後ろにあるベッドでスヤスヤと熟睡していたダリアがガバッと急に起き上がった。
「! 煙の臭いがする!」
「「……ええっ!?」」
ピクピクと高い鼻を震わせ、スタンっとベッドから私たちのところに降りる。
ちなみに、数ヶ月前にダリアが喋れることはバレている。ダリアがうっかり喋ってしまったのだ。
「火事の臭いだよ! あと油の臭いも。間違いなく……故意の放火だ。一階に逃げ場はないと思うよ!」
グルルルと歯を見せて警戒を露にするダリアに、私も魔法を使って探ろうと口を開いた。
「《空気よ・私の目と・繋がれ》」
ブォンッ! と少し光って両目に探魔法が発動。
そして、貴重な調度品が山ほど置いてあるはずの一階で赤い炎が燃え盛り、全焼しかけていることをこの目で見た。
「……っ! ナタリー、一階は全焼だ。なんで気づかなかったんだろうな……」
「油が一階のほとんどに塗ってあり、なおかつ魔法で様々なところに着火させれば……火が回るのは恐ろしく速いはずでございます。一階には逃げれませんのなら……」
「ああ、緊急措置のテレポートだな。わかってる。せっかく馬車を手配してくれたのに、すまんな」
「ディスティリオ公爵家にお嬢様が保護されればそれでよいのでございます。そのようなことはお気になさらず」
若干煙たくなってきた部屋で、バッグを持ってナタリーが私の右に立ち、ダリアが左に立つ。
そして私は、魔術式が刻まれている右足裏に魔力を流した。
「《ディスティリオ公爵家へ!》」
シュンッと音がして、私たちの見ている景色は一瞬の浮遊感のあと、公爵家の立派な庭へと変わった。
「……うっ、吐き気が……」
「だ、大丈夫か? ナタリー」
芝生に崩れ落ち、口元に手を当てたナタリーの背中をさすさすと擦る。
テレポートが馴れていない人の反応は、大抵こんなものだ。無理やり特定の場所だけの空間を入れ換えているのだから、体がついていかないのは当たり前だ。
しかし、門の前にテレポートしたつもりが、何故か庭にいる。
この私がテレポートごときで失敗するはずがないから、ここはディスティリオ公爵家の敷地内なのだろう。
来たことがない場所だから、予想外のところに出てしまったようだ。
(……門の前だったら、騎士がいたが……)
しかも、月明かりしかない今、立派な庭が真っ暗な迷路のように見えていた。
(……どうしようか。朝が来るまで待つ? いや、私とダリアは大丈夫だが、ナタリーが体を冷やす……)
「魔法で……」
「ねぇー、アンタたち大丈夫? お客様ぁ?」
「……へ?」
光の詠唱を唱えようとした私の後ろには、ランプを持って不思議そうに問いかける、同い年くらいの男の子がいた。
「そうだ! お祖父様……先代公爵様の孫、シャーロット・オリバティスという者だ。事情が事情のため、一日早く来日してしまいましたとお伝えできるか?」
「ん、わかったよぉ」
こっち来て、と手招きして歩き出した男の子の後ろを、ナタリーを支えながら辿っていくと、公爵家の邸が見えてきた。
パアッと顔を輝かせた私たちを見て、ドアのノックをコンコンとする。
「はい、何用で……」
「俺だよぉ、セバスチャンさん。この人たち、見覚えあるかなぁ?」
出てきたのはタキシードの執事姿の男性。見たことがある気がして首を捻る。
そのセバスチャンは、男の子に指を指された私たちのほうを見て、目を見開いた。
「シャーロットお嬢様! 明日のご予定では……!」
「……ああ! 思い出した! いや、思い出しましたわ。お祖父様のお付きの人ですわね。事情があったのです。命かながら逃げてきたのですわ」
あわてて淑女の仮面をかぶり、にこやかに言う。
その言葉にさらに驚いた顔をしたセバスチャンに促され、邸の中に足を踏み入れた。
「ホットミルクでございます」
「ありがとう」
邸の応接間に通された私たちは、ブランケットとホットミルクを出された。春になって暖かくなってきたとはいえ、夜の外は寒かった。
ふわりとブランケットを巻き付けるようにかけ、ホットミルクを口に含む。
そのあたたかさに、ほっと気持ちが緩んだ。
「……で、一体どうしたんじゃ。命からがら逃げてきたと聞いたぞ」
厳かに告げたお祖父様の声と心配する叔父様たちの目線に、ホットミルクを机に置いた。
私たちを心配して、お祖父様とお祖母様、叔父様と叔母様も寝ていたのに起きて駆けつけてくれたのだ。
しっかり言わないと、と心の中で唱え、淑女の仮面を貼り付けてから口を開いた。
「……今日はお父様たちは夜会に出掛けており邸には不在だったため、私たちは部屋で荷造りをしておりました。そして先ほど、この子が煙と油の臭いがするのに気がついたのです」
「何!?」
膝の上にいるダリアを優しく撫でた。
驚いた顔をするお祖父様たちに、自分で見たものをそのまま話す。
「放火による火事です。気づいたときには一階が全焼しており、私たちがもし寝ていたら、まず間違いなく命を落としていたことでしょう。この子は命の恩人ですわ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうやって脱出してきたんだ? 発見したときは庭にいたと聞いたが」
叔父様の質問に、事も無げに返した。
「テレポートで脱出したのですわ。幸い魔法は得意ですので、扱うことができました」
「テレポート……最高難易度の魔法じゃぞ!?」
「……家で、独学で学んだのです。当主教育の一環として、古代ルーン言語も少し習いましたのでテレポートも頑張って何度も練習して身につけたのですわ」
「わふっ」
ダリアの小さな鳴き声にチラリと下を見ると、悪いやつだとでも言いたげな視線を送られた。
もちろん、完全スルーである。
生きるための多少の嘘は仕方ないのだ。咎められるべきじゃない。
「……そ、そうか。また詳しいことは明日話しとくれ。なんにしろ、明日保護する予定だったのじゃ、一日早くても変わらんじゃろう。シャーロットは養子に迎え入れる! セバスチャン、部屋まで案内を」
「承知いたしました。ではシャーロットお嬢様、ご案内させていただきます」
私の前で完璧な礼をしたセバスチャンに、カーテシーを返してからダリアを抱き上げた。
「シャーロットお嬢様のお部屋はこちらになります」
「…………まぁ」
「……キャン……」
ガチャリとどこまでも完璧な所作で開けられたドアから見えた部屋の広さと豪華さに、くらりと目眩がした。ついでに言えば、部屋の中にすでにメイドさんが三人も待っていた事実が衝撃である。
「この出入口から右手にあります、ここは洗面所、トイレ、風呂場になっております」
ガチャリと金銀の装飾が施された白いドアの中には、右側には大きなドレッサーのある広々とした洗面台。左側にある扉の奥には白を基調としたトイレ。正面奥のすりガラスの扉を開けるとこれもまた広く美しいお風呂があった。
「出入口から左手には、衣装部屋がございます」
「……まぁ」
開かれた白い扉の奥には、マネキンのようなものが何体も、いや何十体も置いてあり、すでに十体ほどはドレスを纏っていた。
どう考えても私のために用意されたものだろう。シンプルなものが好きだとお祖父様に言ったことがあるからか、比較的大人しめで上品なデザインが多い。
「出入口の奥にはベッド、ソファ、椅子とテーブルが用意されております。また、グランドピアノを置く場所も空けております。この部屋は全室防音。お嬢様のお好きな楽器の演奏は、ここでも出来るように造られております。これで以上になりますが、ご希望があればお伝えくださいませ」
「……わかりましたわ」
いや何一つわかってもいないし、理解もしていないが、広すぎる部屋と豪華すぎる装飾で頭が混乱している。
「また、このダリア様との生活を希望されたとのことでしたので、ダリア様の寝床も用意しております」
「……あら」
セバスチャンが手に持つ、丸く丈夫に編まれた籠の中には、柔らかそうな革のクッションが引かれていた。その籠は持ち手があり、どこにでも移動させることができるようだ。
「どこに置かれますか? 動物とは、特に子犬は気に入った場所でしか眠らないそうですから、動かせるものにいたしました」
「……ダリア、どこがいいかしら?」
「ワンッ」
私の腕の中にいる、セバスチャン曰く『子犬』に聞くと、鳴き声とともに腕から飛び出したダリアは、きらびやかで立派な装飾のついたベッドの横にある、窓枠に飛び乗った。
「アンッ!」
「そこね。……セバスチャン、決まりましたわ」
「承知いたしました」
セバスチャンは、窓枠にダリア用のベッドを置くと、一目散にベッドに入ろうとしたダリアを捕まえる。
「お風呂が先でございます。これで部屋の案内を終わります。これか。そのメイドたちが本日はシャーロットお嬢様の風呂を担当するので、自分は失礼いたします」
「ありがとう」
ダリアを床に下ろしたセバスチャンが部屋から出ていくのを、ニコニコと淑女の笑みを貼り付けて見送っていた。
お読みいただきありがとうございます。
予想外の火事、というか放火に家出の予定が早まっていました。さて、この放火は誰がしたのでしょうか?