第四話『懐かしき再会と母様の死』
前世は傭兵だったシャロン。
仲間の一人と再会を果たします。
”花の祝福”が終わった次の日。
暖かな春の日差しの中、私は今日も無駄に広く美しい庭で古ぼけたバイオリンを弾いていた。
親には買ってもらえないため、物置小屋で見つけたのだ。
柔らかな芝生の上に立ち、大きな木の木陰に隠れながら薔薇を愛でながら表情豊かに“音色”をつくり出す。
(……ああ、幸せだ)
音楽に身を任せている間は、全てを忘れられた。
両親のことも。
新たに知った異母妹の存在も。
私の未来のことも。
(……はは)
優雅に、けれど大胆に奏でる。
聞かせる人もいないその薔薇に囲まれた演奏会の美しい音色は、庭の中に響いて空に消えた。
すると、ポワンポワンと小さな光の塊がいくつか集まってきたのを見て表情を緩める。
「……精霊様は、音楽が好きだな」
『大好きだよー』
『でもー、そのことじゃなくて』
『大事なことがー』
「おぅ」
何か伝えようとふわふわと上下に動く精霊様に、バイオリンを弾いていた手を止めた。
ポスッと芝生に上品とは言えない動作で座り込み、バイオリンを芝生に置く。
そして、改めて口を開いた。
「何があったのか?」
『なんか、こっちに向かっているのー』
『けっこう速いよー』
『速い動物なのー』
「へぇ!」
さほど驚かずに精霊様に対応する。
他人から見たら一人で喋っているちょっと頭のオカシイ人たが、ナタリーも買い出しに行っており、他の使用人も私に近付かないので問題はない。
ははは、と軽やかに笑ってから言葉を紡いだ。
「じゃあ……《大地を満たす風よ・私の感覚と・繋がれ……感知せよ》」
『すごーい!』
『人間が古代ルーン語を正確に喋ったー!』
キャッキャッと騒ぐ精霊様に、ニカッと笑い返して感知に集中するため瞼を閉じた。
これは魔法。
力のある古代ルーン語を魔力を込めて喋ることで、万物に干渉できる力だ。
生まれ変わってから一度も使っていなかったが、前世で90年間極め続けた魔導にとても重要なこの古代ルーン言語を忘れるはずがない。七年ぶりにしては、魔力操作も精密にできていた。
「……南南西の方向、三キロ先。このままだと30秒後には着くな」
『いいのー?』
『食べられないー?』
「ああ、知っている気配だ。とっても優しい、私の愛娘だぞ?」
今、世界の空気と私の感覚は繋がっている。誰がどこで何をしているところなんかもすぐにわかるし、高速で移動して嫌でも目立つあの子を見つけることなんて朝飯前だ。
あの子も、私の魔力を感知してやって来たのだろう。
ははは、と笑ってあの子が好きだったチョコチップクッキーをカゴバッグから十枚ほど取り出して並べる。そのとき、バサッという音がして小さな銀色の塊が私めがけて空から飛んできた。
「シャロンーー!!!」
「グゴヘッ!! ちょちょ待て! 苦しい苦しい!!」
見事、私の腹に突撃した銀色の小さな狼は、衝撃で後ろに倒れた私の前世と違ってつるぺたな胸に顔を寄せ、若干不満そうに頬をぐりぐりと擦り付けてから顔を上げた。
「んぅ……久しぶりだね、シャロン! いつ生まれ変わるのかわかんなかったから、ずっと待ってたんだよ!?」
「わかった、わかったから! おすわりだ、ダリア!!」
ワンッと鳴いて、素直に芝生の上に座った銀色の子狼に、苦笑しながら起き上がってダリアのふさふさした頭を撫でる。
そのダリアの目線がチョコチップクッキーに向いていることがわかって、笑いながら「食べな」と言った。
「んん? そういえば、なんで生まれ変わるのがわかったんだ? それに、五百年経ったのに大きさ変わってないよな?」
行儀良く両手でクッキーを一枚ずつ掴んで食べるダリアを抱き上げ、太ももに乗せてから言った。
「アフロディーテは一回、大陸大戦争のときに故郷のエルフの里に帰ったんだけど、そのときに世界樹に聞いたんだって。そしたら、この辺りに生まれ変わるみたいなことを予言されて」
「ああ……あったなぁ、そんな木」
私の脳内を、一度だけ訪れたことのある緑深い里と、長く目映い金髪と青い瞳を持った、女より女らしく美しいエルフがよぎった。
「ずっとシャロンのお墓を守ってて、シャロンの魔力を感じたから結界だけ強化して慌てて来たの!」
「お……ずっと守っててくれたのか? ありがとう!」
ギュッと抱き締めると、ダリアは嬉しそうに、えへへと漏らした。
「この姿もね、保ってるだけで本当はもっともっと大きくなれるんだから! もう私、574歳になったんだよ!」
「おお! 大きくなったんだな!」
えへんと胸を張る姿は、五百年前と何ら変わらないように見える。しかし、感知魔法を発動している私は、近くにいるだけで大きな魔力をビシビシと感じ取っていた。
「ちゃんと、お墓に供えてた荷物も、必要になると思って持ってきたんだよ! グランドピアノとかは外じゃ出せないけど」
「おおおっ!」
ゴトゴトと空間魔術で切り裂いた亜空間から、私の馴染みの深い楽器たちと相棒が転がってきた。
「これは、愛用してたバイオリン! それに、魔導銃! こっちの純オリハルコン製の棍棒も!!」
次々と出てくる懐かしい楽器と、今の時代の技術では作ることのできない品々に、わあっと喜ぶ。
この魔導武器たちは、五百年前、傭兵として活躍していた私が愛用していた武器だ。
私、アフロディーテ、ダリア、ギルバートの四人のパーティー名は『ミューズ』だった。
ミューズとは、五百年前から古くから伝わる言葉で、平民までが当たり前のように使っていた。意味は『運命、神』などとされているが、実際は定かではない。
「……なつかしいな。他の二人は今どこにいるんだ?」
「どっちも王都にいて、アフロディーテはギルマスに! ギルバートは副ギルマスをやってるよ!」
懐かしくなって呟くように言った私の言葉は、ダリアに拾われ、聞き覚えのない言葉とともに返された。
「ん? ギルマス? 副ギルマス? え、傭兵ギルドのか?」
「五百年前までは傭兵ギルドだったけど、戦争がなくなってきた時代に金で雇われる兵士なんていらないみたいで、百年とちょっとくらい前に冒険者ギルドって名前に変わっちゃったの」
「へぇー!」
確かに日本の娯楽小説では冒険者の方がよく出てくるな、と古い記憶を掘り起こす。いつぞや、高校の友人からファンタジー小説を貸してもらったときに出てきた気がする。それに比べ、傭兵ギルドは、前々世も今世に生まれ変わってからあまり聞いたことがなかった。
「冒険者って何するんだ?」
「いろいろだよ! 薬草採集をしたり、魔物を討伐したり、護衛として雇われたり! ランクがあって、それに合わせたクエストってものかいつもたくさんあるんだ。その中から受けるものを選ぶの!」
「はは、楽しそうだな」
「たまにアフロディーテたちのとこに行ってるから知ってるんだ!」
「物知りになったなぁ。傭兵ギルドみたいに、身分証明になるギルドカードはあるのか?」
「もちろん! それがランクによって変わってくんだよ!」
そうなのか、と指を顎に当てて。
そこで、ふと思った。
もし、家から勘当された場合、それがあれば生計を立てていけるのではないかと。
「……なぁ、ダリア。私も貴族令嬢なんかに生まれ変わって、いろいろあったんだよ」
「やっぱりお貴族様に生まれ変わったの? シルクのワンピースなんてシャロン着ないもんね!」
ポスとダリアが右前足の肉球をふんわりと広がった本日の黄色のワンピースに当てる。
確かに、五百年前まではパンツスタイルだったし、スカートなんてあまり履かなかった。
今は抵抗なく履いているが。というか、履かされているが。
「ははは! 私の家庭環境、聞いてくれるか?」
「もっちろん!」
「私の親はなーーー」
そうして、約三十分かけて生まれ変わった環境の劣悪さを語った。それはもう、実感たっぷりに。
「うわぁ、下民街とどっちがいいかって話だね。シャロンは運が悪いから……運に任せた生まれ変わり先ってそんなに劣悪になるんだ……」
「いやぁ、清潔なぶん、下民街よりはいいかもしれないが……食べ物が保証されてないのは変わらんだからな……」
前世は下民街出身である私が、呆れるように言うと、驚いたようにダリアが顔を上げた。
「ええ!? 貴族の令嬢じゃないの!!?」
「当主の父親に嫌われてるから……乳母のナタリー以外は世話してくれない。よって食事を作るのもナタリー。ナタリーが買い出しに行かなかったら私の食べ物はない。全てがナタリー任せだ。というか、七年間も町にも出てない」
「えええ……シャロンなら三日で建物どころか街まで破壊して飛び出そうなのに……」
目を丸くして言ってきたダリアの頭をちょっと雑に撫でながら、呟くように言った。
「人間、馴れるものだ。赤子のときからだから馴れたよ。そもそも喋れず動けなかったからな、魔法も使えなかった。だが……一生縛られる気はないぞ。前世のように、自由に生きてやる!」
「さすが我らのリーダー、シャロンだね!」
そこでだ、と勿体ぶるように言った私に、ダリアがフンフンと鼻を鳴らした。
「ダリア、私と一緒に暮らさないか?」
その言葉に、キョトンとしたダリアを見て、ふわりと笑った。
「はっきり言って、寂しいんだ。いつ追い出されるかわからない家で、じっとナタリーを待つのは。かわいくて心強いダリアがいると心強いんだけどなぁー」
「!! 行くーー!!」
かわいくて心強いという言葉にハッと我に返ったダリアが、元気良く右前足を上に振り上げた。
「シャーロットお嬢様ー!! 一大事にございます!!!」
「ん? 何かあったのか?」
もふもふのダリアのお腹に顔を埋めて堪能していると、バタバタとナタリーが邸のほうから駆けてきた。
「銀色の子犬? いや、それどころじゃございません! 奥様が、奥様がお隠れになられました!!」
「……あ?」
それを聞いて、条件反射でダリアを抱えたまま走り出す。
頭の中では、ナタリーの言葉が反芻していた。
(お隠れって、顔を布で隠すということから……亡くなったということ。つまり、母様はもう……!)
邸の中の美しい装飾がされたアーチの階段を駆け上がり、母様の部屋のドアをバンッと開ける。
そこには、ベッドで静かに眠っているお母様と泣きそうになって最後の世話をしている数人の侍女たちがいた。
「か、母様……!」
ふらふらとベッドに近づくと、サッとベッドと私を隔てるように、涙目で震えている侍女が割って入った。
「……出て行ってください、お嬢様。お嬢様の来るところでは、ございませんっ!」
「お嬢様のせいで! 奥様がぁっ!」
「出てきなさいよ! この魔女ぉぉ!!」
泣き崩れながらも私に怒りの目を向ける侍女たちに、グッと下唇を噛んで激情を堪えた。
そして、最後に完璧な淑女の笑みを作る。
「すまなかったな。ごきげんよう……お母様」
睨み付けてくる侍女たちには一瞥もくれず、ベッドに眠るように亡くなっているお母様に向け、最後に最高のカーテシーを贈ってから颯爽と部屋を出た。
(……花でも手向けようと思ったが、無理な話だったか)
「なぁ、ダリア」
「……シャロン……」
気遣わしげな視線を腕の中から送ってくるダリアに、目尻に滲んだ涙を拭って、ニカッと笑った。
ガチャと自室の扉を開け、大きなベッドにボフンとダイブする。
「……やっぱり、私は愛されないのか……」
自分でも驚くくらいに、心が悲鳴を上げていた。
母様が亡くなった。その原因が私にあると考えると、ズキズキと胸が痛む。
「違うよ。シャロンのこと、私が愛してるもん」
ダリアの言葉に一瞬目を丸くして、ふわりと笑う。
「私もだ。愛してるぞ、ダリア」
「えへへ。なら、そんなに悲しまないで? 昔から言ってたじゃん! 言うやつには言わせておけばいいって!」
「そうだな……」
そうだ。長い年月で忘れていた。
傭兵時代、女だというだけで下世話なことを言ってくる男たちに勝ち気に笑ってそう言ったのは、紛れもない私だ。
「……ババアになって、忘れちまってた」
「シャロンはお婆さんじゃないよ! 今は綺麗なご令嬢じゃん!」
「……そうだった。人生勝ち組なんだから、楽しまないとな」
キラリといつもの豪胆で勝ち気な色が戻った瞳に、ダリアが嬉しそうな顔をした。
これが、私が前世の仲間と初めて会い、尚且つ母を亡くした日である。
読んでいただきありがとうございます。
シャロンが我が子と考えるくらい可愛がっていたダリアとの再会でした! 愛されたいと願った母親は亡くなってしまいますが、乗り越えられる強さも見せてくれました。