第一話『生まれ変わり先は?』
運が悪いシャロンの生まれ変わり先とは……?
ふわり、ふわりと目の前を何かが飛び交う気配というかキラキラとした色に、深いところにあった意識が浮上する。
ぽやんとしたまま目を開けた私が捉えたものはーー天国だった。
(……え、これって、“春の女神フローリアナと天使たち”の絵か?)
中心に立つ華やかな女神とその周りを真っ白な翼で飛ぶ幼い天使たち。前世から知っていた有名すぎる絵画の美しさに、ハッと目を奪われる。しかし、本物がここにあるはずがない。たしか、リアリスタ教の総本山のリアリスタ大聖堂に飾ってあったはずだ。
(……これは……木に描いてる? いや、彫って貝や宝石で飾ってるんだ!!)
なんとなく質感で思い付いた材質に、ギョッとする。間違いなく、とんてもないほどお高い。
『あー、起きたー!』
『赤ちゃん、かわいいねー』
『女神様が言ってたからー』
『500年前から生まれ変わったんだってー?』
(……わぁ!?)
少し目線をずらせば、ぼんやりとしたカラフルでキラキラと輝く小人が私に話しかけていた。
しかし、前世で見たことのある小人族などよりも明らかに小さく、まさに掌サイズ。
それに、意識がなかったときにボンヤリと眺めたキラキラしているものにとても似ていた。まちがいなく、これを感じたのだろう。
(……これは……せ、せせせ精……!!)
『うん、精霊だよー!』
『よろしくねー、シャーロット』
ああああ!! と内心荒れ狂った私に文句を言うことなく、言葉になってないよーと軽く声をかけてくる。
(……あれ、心の声が聞こえてるのか? いや、聞こえてますか?)
『うん。赤ちゃんになったんでしょ!』
『女神様から聞いたー!』
『心の声だけで会話できるから』
『大丈ー夫だよ』
(っ! とっても! 心強いです!)
えへへ、照れるーなんて言っている精霊様の尊さにそろそろやられる気がする。
赤ちゃんだから身体を動かせないようだが、元の身体を持っていたらとりあえずガンガンと頭を壁にぶつけていただろう。
(……ん、待ってください。シャーロットって……)
『君のことだよー』
『君の新しい名前ー』
『女神様が愛称で前世と同じようにシャロンって呼べるようにー』
『ちょっと頑張ったんだって!』
(女神様ありがとう!!)
名前も嬉しいが、女神様がちゃんと精霊眼をくれたことを改めて認識し、心の底からの感謝を捧げた。
(今の私は、貴族の娘ですか? ここってベッドですよね)
『うん。君の新しい名前はシャーロット・オリバティス』
『オリバティス伯爵家のー』
『長女!』
(シャーロット・オリバティス……どこの国の貴族です?)
『アルメリナ王国!』
『すっごく裕福な伯爵だよー』
アルメリナ王国と聞いて、ふむと考える。
500年前はちっぽけな小国だった。伯爵がこんなに高価なベッドを大して動けないような赤子にあげることができるということは、国としても財政はかなり潤っているのではないか。
(……精霊様、アルメリナ王国って小国じゃなくなったのですか?)
『アルメリナ王国が小国?』
『まったく違うよー』
『アルメリナ王国は、このユーフラン大陸でも』
『五本の指に入る大国だよ!』
あははと小さい姿で笑っている精霊様にほっこりと癒されるが、言っていることはかなり衝撃的だ。
500年でそこまで国が変わるとは。
(……では、この家族の関係をーーー)
そんなこんな、精霊様に話を聞いているうちに、様々なことが見えてきた。
生まれ変わった私は、数代前に王族の王女が嫁入りしたことで王族の血が流れるオリバティス伯爵家の長女、シャーロット・ディスティリオ。
母は王族の血が色濃い、元ディスティリオ公爵家のご令嬢。私と母はオリバティス伯爵家の歴史ある邸に住んでいるが、母は私を生んでから産後の日達がわるく、床に臥せているらしい。
父はオリバティス伯爵家当主だが、少なくとも私が生まれてからこの邸には訪れていないそうだ。ならどこにいるかと言うと、数年前に離れに立派で新しい邸を作り、愛人と共に住んでいるらしい。
義務として母とともに数ヶ月に一度は閨を共にして、できたのが私だった。
そんな、裏の話をペラペラと喋られ、目が点になる。
(……え? 私の母って、お父さんに嫌われてでもいるのか?)
『うーん、多分!』
『シャロンのお母さんはお父さんが大好きみたいで』
『でも、お父さんは結婚する前からその愛人さんが好きで』
『権力にものを言わせて? 夫婦になったんだー』
『こんなに裕福なのも、シャーロットのお母さんのお陰だよー』
相変わらず光だけが喋っているような光景だが、その声色に楽しそうな色が混ざっている。
(……精霊様は噂話がお好きなんですか?)
『大好きー』
『ボクたちは、そんなことしないからー』
『聞くのは面白いから、みんな好きだよー』
新たに知った精霊の現実に、一瞬沈黙する。
しかし、聞きたいのはそこじゃないと頭を切り替えた。
臭いものを切り離して蓋をしたとも言うが。
(そ、それで、なんで二人とも私に会いに来ないかわかりますか?)
『んー』
『えーっとね』
『ん、どうしよー』
言うのを戸惑うといったような様子の精霊様たちに、心の中の声で言う。
(あ、会ったこともない両親に嫌われていても傷つきませんよ。バッサリ言ってくれ)
『んーとね、シャロンの髪の毛が』
『綺麗な黒髪でしょー?』
(はい、変わってなければ黒髪と青目のはずです)
『両親はどっちも金髪だけど、先祖返りってことでねー』
『今の時代に珍しい真っ黒の髪なんだ』
『そのー、黒髪がね』
あんなに嬉々として人の噂話を言っていた精霊様たちが、恐る恐るというように、口に出した。
『魔女の髪色なのー』
『綺麗な青色の目はー、問題ないんだけどー』
『黒髪はー』
『百年前くらいから言われてるー』
『魔女の伝説に出てくるー』
『魔女の髪とおんなじなのー』
(……うわ、マジか……)
500年前にも魔女は暗い髪色というイメージがあったが、誰も魔女なんて信じていなかったし、そんなのを気にするような余裕のある立場でもなかった。
しかし今は、魔女が黒髪だという伝説があり、尚且つ微妙な立ち位置の、それでも世間体を気にする貴族の娘だ。
疎まれるかなんて、一目瞭然である。
(……そうだった。運悪いんだった、私……!)
『大丈夫?』
『嫌なこという人間にはねー』
『水びたしにしてやるからー』
『火炙りにしてやるからー』
『砂まるけにしてやるから!』
『『『大丈夫だよー!』』』
(……ありがとうございます、精霊様。ちょっと控えていただけると助かります)
そうして、キャッキャと精霊様たちと遊んでいると、コンコンというノックのあと、ガチャとドアが開く音がした。その音に反応してか、実に楽しそうに精霊様たちが隅に逃げていった。かくれんぼでもしているつもりなのだろう。可愛すぎる。
「失礼します、シャーロットお嬢様。夜ご飯のお時間でございます」
(……え、赤子相手に敬語!?)
若い女性の声がしたと思ったら、狭い視界に茶髪を肩で切り揃えたショートカットの女性が入る。
「失礼いたします」
(へ? うわぁっ!)
グイッと安定感のある腕に抱き上げられ、その胸元まで寄せられる。
その上品なデザインのメイド服の胸元は着崩してあり、ポロンと大きな胸が飛び出ていた。
(あ、あれ? これ、まさか……!)
「授乳のお時間です。お飲みください」
ぐいぐいと口元に押し付けられ、本能的に咥えて吸っていた。
10分経過。
「……もう充分ですね。失礼いたします」
精神的なダメージを負った私は、死んだ目のまままたキラキラとしたベッドへと戻された。
「失礼いたしました」と言って帰る彼女を、遠くで見つめたまま、ぐったりとしている私に部屋の隅から精霊様たちが集まってくる。
『大丈夫ー?』
『死にそうだよー』
『生きてるー?』
心配そうな声色を聞いて、大丈夫です、と心の中で声を出す。
前世も幼い頃の記憶はあるが、さすがにお乳を飲んでいたときの記憶はない。今回が初めてだ。いや、初めてなんか体験したくなかった。
(……それより、あの……乳母さん? って……)
『あの人はねー』
『ナタリー・ヘルミント。確か18歳だったよー』
『子爵令嬢でー』
『数ヶ月前くらいに旦那さんと赤ちゃんが事故で死んじゃったんだよねー』
『だから、乳母として雇われたのー』
『初仕事だよー』
(……そうかぁ。色々あるんだな……)
『でもでもー』
『シャーロットのお世話してくれるのはー』
『あの子だけだよー』
『みんな怖がって近づかないからー』
『魔女みたいだからー』
『キャーって』
つまり、ナタリーさんがいなかったらまた死んでいたかもしれないと。
(……命の恩人だ! 感謝しないと……)
『そうだよー。あの子、ナタリーも』
『シャロンを自分の子供みたいにー』
『思ってるよー。死んじゃった子供も女の子みたいだからー』
(……そっか……)
精神年齢が100歳近いどころか眠っている間も含めたら600歳の赤ちゃんでごめんなさい、なんて言葉も浮かんできたが、赤子の小さい脳はそんなに難しいことなどいつまでも考えられるはずもなく。
気づいたら、コテンと眠りについていた。
これが、生まれ変わって最初の日の記憶だ。
読んでいただきありがとうございます。これからも続くつもりです。