008:ドラゴン散歩
今回はちょっと説明が多いですよね。
……いつもこんなものだっけ?
ともあれ、今日はこれでせいいっぱい。
あれから一週間。仕事のためにキプロスウアに残るというブリジットと別れた俺は、大過なく旅を続けていた。
うん、まあ、泣いた。
「なんで? 一緒に行こうよブリジットさん! せっかく仲良くなったのに~」
「ごめんね、私はもともとここでの仕事があって旅をしていたのよ」
「ずっと一緒って言ったじゃない! うそつきっ!」
いや、たしか、最初からキプロスウアまでの約束だったはずだが。
うん、わかってるんだよ、わかってるんだが感情が抑えられないんだよ。俺も“生前”の自分がクールなナイスガイだったとまではいわないが、ワガママ言って泣きわめくようなイタいおっさんではなかったはずだ。
……まあ、女の子だから許されることだな、これは。
「♪今日のお宿はどこにしよう~」
そんな風に、はじめはいたく落ち込んでいたものだが、すべては時が解決する。それから数日も経てばほらこの通り。ナイトメアの馬上で調子外れの歌をでっちあげることなど造作も無いのだ。
そして、ミントは今日も元気に首都を目指す。
「♪リッチ退治でリッチだもん~。海の幸も山の幸も食べ放題~」
思えば贅沢な旅になったものだよ。途中に野宿も挟んでいるが、町や村で休めるときは必ず高級旅館に泊まっていたからな。しかも素泊まりじゃないぞ、朝晩2食つきだ。これは実際けしからんね! ビジホばかりに泊まっていた“昔”を思い出すと、何やら罪悪感まで覚えるほどだ。
そんなある日、ニカドの村を通りかかったのは、まだ昼にもなっていない時間だった。
「う~ん、宿を取るには早い時間だけど、この先はあんまり集落がないんだよね」
昨日は野宿だった。そしていまこの村を逃せばあと3日はベッドで寝ることはできないだろう。懐が暖かいと気持ちものんびりしてくるものだ。そうさ、そんなに先を急ぐこともない旅だろう。
「よし、決定! 今夜はこの村に泊まりま~す」
「ブルル」
「ね。アーノルドも厩舎で休みたいよね、決まり」
☆★☆★☆★☆★☆★
「わぁ~……おっきな厩舎だね、アーノルド」
宿に向かう前にアーノルドを預けようと先に厩舎に寄ってみると、そこにそびえ立つのは村の規模に反して実に大きな厩舎だった
ああ、そうか、そういえばこの近くにはダンジョンがあったな。そのためにドラゴンを扱える施設になっているのか。
これには説明が必要だろう。
ダンジョンの近くにある村や町の外れには、ダンジョン入り口前への転送ゲートが用意されている。これは普通の冒険者の利便を図るためと言うより、もっぱらドラゴンを代表とする超大型ペットの移動のために設置されているものなのだ。
考えてみて欲しい。もしこれがなかったとしたら、大勢の旅人が行き交う街道や、あるいはまったく逆に、一歩間違えば滑落して一巻の終わりになりそうな人も滅多に通わない険しい山道を、ドラゴンを引き連れて、てくてくと歩いて行かなければならないのだ。
でも「ドラゴンは飛ぶことができるじゃないか」その通り。だが、ドラゴンが単騎で空高くを飛んでいるのを見たら、人々はどう思うだろうか。小さな村や町などあっというまに破壊してしまう力を持った巨大な魔獣が、いまにも急降下して襲いかかってくるように思わないだろうか。
そういう理由から、テイマーは飛行型ペットに対する厳しい管理義務が課せられているのだ。あと、基本的に『声の届かない範囲には命令を飛ばせない』という運用上の理由もあるのだけど。
ちなみに、この世界のモデルだと俺が思っているMMORPGの『Climax Online』ではそんな制限は一切ない。そもそも世界中のどこにだって呪文一つで飛んでいけるのだ。
「同じようにできたなら、こうやって徒歩で首都まで旅をする必要もないんだよね」
たしかに便利ではあるが、それはそれで味気ないものなのだろう。
そんなわけで、この“現実世界”には、メイジが自由に行使できる転移呪文は存在しないのだった。
「目に見える範囲でだけ瞬間移動する『跳躍』って呪文はあるんだけどね」
これも、細い川の向こう岸に渡れる程度の距離しか移動できないのだが。
いい機会だし、もう一つはっきりしている重要な『ゲームと現実の違い』を話しておこうか。
俺がこの世界に初めてやってきたその日、村への道を教えてくれたのは、各地に散らばる野良ヒーラーの1人だった。彼らは志半ばで散ったプレイヤーの命を蘇生してくれるありがたい存在――では、ない。
その名の通り傷ついた旅人に無償で『治癒』をかけてくれるだけの修道僧たちなのである。いや、ありがたいんだけどね。
わかるだろうか。この世界には『蘇生』の呪文は存在しないのだ。
いのち大事に、恋せよ乙女。何言ってんだ俺は。
そんな感じである。
話を戻そう。
ともあれ、この村の厩舎からはドラゴンを連れてダンジョンに向かうことができる。
「ねえ、アーノルド。久しぶりにマリエルと遊びに行きたくない?」
「ブルルルルルル!」
「うん、だよね。行きたいよね!」
「ブヒィGrrrrrrrrrrrr!」
「OK、行こう。厩務員さん、ミントです。ドラゴンを出してくださ~い」
言って、厩舎利用カードを掲げてみせる。
年配の厩務員はそれを確認して、手続きに入った。
「へぇ、お嬢ちゃんその歳でドラゴン使いか。すごいね」
言って、慣れた手つきで厩舎の奥にある魔術封印の操作を始めた。
ダンジョン近くの厩務員は、あらゆる動物・モンスターを扱う知識と経験が要求される。大抵は熟練の上級テイマーが引退後に就く仕事である。
ちなみに高位のテイマーであるミントは、厩務員試験の学科免除対象ではあるものの、実務経験が浅すぎるために、あと10年はここに就職することはできないのであった。
Guuuuuwaaaaaauuuuuuu!!!
村のどんな建物より高い背丈。腹の底まで響いてくる重低音の咆哮。
これがドラゴンである。
「おじさんありがとう。マリエル久しぶり! 元気だった?」
Guoooooooooou!!
「そっか、元気だったか。よかった、じゃあ今日は一緒に遊びに行くよ」
「ブルルルル」
「うん、アーノルドも一緒」
Gooouuuuuuuo!
「ごきげんだね。よし、マリエル、行くよ」
まずは彼女に、ダンジョン行きのゲートまで、のっしのっしと歩いてもらわなければ。
☆★☆★☆★☆★☆★
――ダンジョン『ヘウロス』
かつてこのダンジョンを発見したのち、さらに挑戦を繰り返した古の勇者の名前を冠されたダンジョンだ。地下5Fまでのマップは、ほとんど彼一人の手で記されたものらしい。
現在発見されている階層は地下7Fまで。まだ完全な踏破が行われていない謎の残るダンジョンである。
とはいうものの、このダンジョンの上層は比較的初心者向きで、駆け出しパーティが腕試しによく訪れることでも知られている。
そう。発見済みのダンジョンには例外なくドラゴンを移動できるゲートが設置されるが、だからといってここにそんな大物をつれてやってくる冒険者はめったにいない。
「あはははは、土の精霊だ。やっちゃえ!マリエル!」
Guoooooowaaaaaaaaaaaaaaa!!
ぼこぼこどかどかぼろぼろ。おもしろいように壊れていく。
ここは初心者ダンジョンの1Fだ。決してドラゴンの暴れるような場所ではない。
「あはははははは。次!水の精霊だよ。マリエル、踏み潰せ!」
Wooooooooooooooouuu
ドラゴンの吐息は炎そのものよりそれに伴う超高温ガスが怖い。仮に炎の直撃を避けたとしても、続いて襲ってくる熱波は容易に回避できるものではないのだ。
燃やされて死に、溶かされて死に。だが、不幸にも満身創痍で生き残ってしまった者が空を仰いで最期にその目に残すのは、丸太より太くブロード・ソードより鋭い、ドラゴンの爪の輝きになるだろう。
これはすでに戦いとは呼べない。
強者にとっては娯楽であり、消されていく彼らからすれば虐殺だった。
「ほらそこ、空気の精霊がいる。まとめてやっちゃえ!」
Wohhhowwwouoooooooooooo!
敵がいくら“命”のない相手だとしても、軽く引きたくなるほどの惨劇である。他人事のように言っているが、俺も目を背けたくなってきたぞ。
――あれ? なぜ今回の俺は俺としての意識を保ち続けている?
いつもは戦闘が始まったとたんにミントに意識を飲み込まれて、思考まで彼女のそれに近づいていくというのに。
あ、そうか。さっき自分で言ったじゃないか。
「これはもう戦いとは呼べない」と。ミントはこれを『戦闘』と認識していないから、ただの遊びだと感じているからこそ、俺は俺のままでいられるわけか。
……違う、逆だ。逃げるな認めろ。
戦場においてミントの意識が俺に勝る理由は、俺がこの“ゲームではない現実での戦い”を恐れているからだ。
無邪気さと残酷さは表裏一体だという。
ミントの戦闘民族的な冷静さと、ここ一番で見せる座った度胸に、俺はずっと助けられてきたんだな。
「そして、誰もいなくなったね」
あれ。
ここは、精霊の巣と呼ばれるほどにマナが濃いダンジョンだ。そんなところでさえ、ドラゴンの戦闘能力の一部を解放しただけでこれこの通り。
たとえ一時的のことだとしても、この場に満ちていたはずのあらゆるエレメンタルが消滅してしまった。さすがに神話の中で神々と覇権を争ったとされる魔獣である。
「ほっとけばまた出てくるだろうけど、どうしよ、マリエル」
「Guooooow」
「もう満足した? 帰る? エレメンタルばっかりだとごはんにもならないもんね」
言うまでもないがドラゴンは肉食だ。
「よし、じゃあ帰ろう、マリエル」
そして、ミントたちは機嫌良くダンジョンを後にした。
――後にしたら、ダンジョンの入り口に冒険者が、7,8,9人?
なにしてんだ?
「うわ、出てきた」
「あいつか、ドラゴンを放し飼いにしてたテイマー」
「おいやめろよ、けしかけられたらどうする」
「若く見えるけどドラゴンテイマーだろ? こんな初心者ダンジョンでいやがらせとかどういうつもりだ」
「なあ、あいつ、紫髪だよな」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
やっちゃった。
テイマーが一番嫌われる原因の狩り場占拠やっちゃった。
初心者パーティの2組ほどを完全に追い出しちゃった。
「あ、あの、ごめんなさい。ちょっと久しぶりだったから、そのドラゴンと遊ぶの久しぶりだったから」
しどろもどろで弁解を始めたわたしを彼らが見る目は相変わらず真っ白だ。
「あの」
「は、はい。なんでしょう……」
そんな中で、控えめに小さく手を上げて声をかけてきたのは、黒髪で背が高くて槍を持った女の子だった。
「もしかして、あなたパープル――」
「だまれっ!!」
「Gooouuuuuuuuuu!!」
「Vwooooooouuu!」
『うわあああああああああああああああ!!』
あ、いけない。一気に頭に血が上ってつい怒鳴っちゃった。
おまけに、わたしの感情に引っ張られてナイトメアとドラゴンまで大咆哮を上げたもんだから、もう!
「バカおまえなに刺激してんだ」
「やっぱあの味方殺しじゃねえか!」
「だってまさかあんな子供みたいな顔した子がアレだなんて思わないじゃない」
アレ。
「いいから逃げろおい早くゲートに」
『うおおおおおおおおおおおおおお』
……あー。静かになったな。だーれもいなくなったぞ。
ようやくミントが落ち着いたせいか俺は冷静にこの後のことを考えることができた。
これから、俺たちもこのゲートを通って帰らないといけないんだよな。
☆★☆★☆★☆★☆★
あとのことには特筆すべき事はない。
厩務員さんに小一時間くらいテイマーとしての心得を教えこまれたくらいだ。自ら乞うた教えじゃないが。
まあ、テイマーをやっていれば嫌われることは茶飯事だ。
いまさら1人や……いや、10人近かったが、まあ誤差だ。そのくらいに嫌われたところでなにかかわるものでもないさ。
マリエルを厩舎に戻した翌朝、村を出立して思うことは、あまり多くはない。
「この村には、しばらく立ち寄れないね」
「ブルルルル」
まあ、その程度だ。