007:魔法戦講義その2『大には大を』
「突き刺す力!」
「アーノルド!やって!」
向かい合うお互いの背後に向けて、言葉を放ったのはほぼ同時だった。
「ここまで追ってきた?」
「ほぉらね、あの中にいるやつ、バカじゃないってことだよ」
「なんなの、いったい」
「ミント、話は逃げてからにしましょう」
街道へ向かおうとして振り返ると、スケルトンがいた。
ブロード・ソードとラージシールドを構えたスケルトンが。
「え? スケルトンウォーリアですって?」
「えええええ、骨のやばいやつ!?」
こんなのお墓で自然発生するアンデッドじゃない。
呪いが積み重なった戦場跡とか、昔の魔術師がダンジョンで召喚してそのままのやつとか、じゃなければ――
「近くにこんなものまで召喚するやつがいる、と」
早い。普通のスケルトンなら歩くくらいの速度で動くのに、このウォーリアは人間と同等以上!
「アーノルド、蹴散らせ!」
「もう、もうもう! 魔よ滅びよ!」
Grrrrrrrrrrrrrrr!!
Ohoooooooou....
うわあ、ブリジットさんがレベル7呪文を使うの初めて見た。
さすがに魔力が高いから効くなあ、『大解呪』。
「こんなの何発も使えないわよ。ごめん、アーノルドを盾にして進もう」
「わかった。行くよ、アーノルド。」
Gouuuuuu!!
アーノルドの蹴り、ブレス、体当たり。
スケルトンウォーリアは確かに人には強敵だけど、ナイトメアの脅威になるほどの存在じゃない。ただ、問題は数。っていうか!
「我らを包む盾!」
きょいん。
マヌケな音と共にどこからか飛んできた矢が弾かれた。
ブリジットさんの『見えない盾』だ。
ちなみに、呪文の発動には特定の単語は必要とされないんだよ。
自分のイメージでぶっぱなしたい術を解放すればいいだけ。
って、説明してる場合じゃないや。これ、まさか。
「あははは、スケルトンアーチャーもいたか」
「ですよね~~」
ぶん! 剣が振られる。って、今度は横から!?
えっと、えっと、そう、あれだ。
「小さいヤツ!」
こんな最弱魔力攻撃呪文ではウォーリアを倒せるはずがない。
でも、それでいい。
魔法で動くあいつには、一瞬でも動きを止める効果があるはず。
「Grrrrrrrrrrrrrrr!!」
ぐしゃり。
あとは、主人をねらわれて激怒したアーノルドが片付けてくれるもの。
「いまのはいい判断よ、ミント」
「なにしろ、先生がいいからね」
「この子はもぅ」
でも、和んでる場合じゃない。
前方がやばい。やばいよねこれ。
うじゃうじゃ。わさわさ。
「ミント、止まって」
「この数、まさかキプロスウアをねらってる?」
「学者が中心とはいえあの魔法遣いの巣窟を落とせるとは思えないけど、この分だと街の出入り口くらいは塞がれているかもしれないわね」
「そんな、それじゃわたしたちは」
「逃げ込む先がない、かな」
いよいよ、撤退の選択肢がなくなった感じ。
「ブリジットさん」
「ん。いい目になったなぁ、この短時間でどれだけ成長したのよ」
「そお? わたしにはよくわかんないけど……それより」
「ん、そうしましょ。戻って礼拝堂へ行く」
やっぱり、そこに事態を収拾する鍵があるんだ。
☆★☆★☆★☆★☆★
戻る道すがらは、とにかくアーノルドが活躍した。
わたしたちは魔力消費を抑えるために、なるべく戦わなかった。
「ああ、しんどい。メイジだけじゃこういうときに無理があるよね。やっぱりカッコいい剣士様の1人や2人ははべらせておきたいって思わない?」
「そっかな、わたしはアーノルドがいるから、よくわかんないや」
「いや、あのね、確かに頼もしいペットだろうけど、男の子と一緒に旅するのは、また違うものよ」
「え。でも、アーノルドは男の子だよ」
「はぁ……そのへんもコーチすべきかしらね」
なんか呆れられた? よくわかんないけど。
そんなことより、見えた。
「やっと礼拝堂にたどり着いたわ。アーノルドくん、ありがとうね」
「ブルルル」
「ごめんね、アーノルド。おなかすいたよね、でもここ、食べるものないよ」
アンデッド相手はこれがいやだ。肉のある相手なら、アーノルドのごはんになるのに。
「ナイトメアってゾンビも食べるんじゃない?」
「それはわたしがいや!」
重ねてごめん、アーノルド。主人の狭量を許して。
だって、ゾンビの腐肉を食べた口とキスしたくないよ。
「さぁて、行こうか。ミント、あの子にウォリアーとアーチャーを重点的にねらうように命令できる?」
「あ、うん。できるけど、普通のスケルトンやレイスの方が多いよ。扉まで突っ切る気なら、そっちもやらなきゃ」
「だいじょうぶよ。剣と弓がないなら対処できる。だからそれでお願い」
「わ、わかった」
ホントに大丈夫なのかな、見た範囲でブリジットさんの担当は20匹くらいになるけど。
「アーノルド、なんか持ってる骨だけねらって!」
でも、あの人がやれるっていうなら、きっとやれるんだ。
わたしは、そう信じる。
実際、ホントに踊っているかのようだった。
「『まとめて解呪』!で、残ったあんたたちには『鉄拳制裁』だ!」
なんか遠目にも生き生きしてる。
「数がさすがに多いな『空気の鎧』だ!」
これ、いちいちわたしに説明してくれてるんだろうな。
ホントにいい先生だよ。
「アーノルド、弾幕薄いよ」
わたしはわたしで、ときどき周囲を見渡して潰し残しの骨戦士を見つけてはあらためて命令を下さなければいけない。
「『魔法の壁』。そんで、アーノルド、次こっち」
なかなかに忙しくなってきた。
「よし、ピッキング!]
そうこうしている間に、ブリジットさんが扉にたどり着いて鍵を開けようと試みる。さすが。
でも、その解放詩はやめた方がいいと思う……。
ほどなく、魔法の鍵はあっけなく開いた。
だけどそこにいたのは、思った以上にめんどうそうなやつだった。
「うっわ! こいつまさか!」
ブリジットさんが考える前に反射で逃げる。
大正解。遠くにいるわたしの方が冷静に確認できてる。そいつに触れられたらダメ。
「リッチだよ、アーノルド」
「Grururu」
特に説明も要らないくらいに有名な魔物だと思うけど、念のため。
高位の魔術師が禁断の儀式を行い自らアンデットに堕した存在がリッチだ。
肉体から解き放たれた魂が、不死身の肉体に再び宿り、人間の限界を超えた魔術を行使する、呪われた矛盾の塊のモンスターだ。
ちなみに、見た目はお金持ちのスケルトンって感じ。骨のくせに高そうなローブとか杖とか持ってるし。
ようやく、ほうほうの体でブリジットさんが戻ってきた。
「ふぅ、やばいやばい。でも、あいつが出てきて他のアンデッドの動きが明らかに悪くなってるね。私たちに注意が向いてるせいでコントロールが甘くなってるかな」
言いながら、近づいてきたスケルトンの頭部を裏拳で砕いてるし。魔法を宿してる手だってわかるけど、もう魔法遣いってより格闘家のオーラだよね。
「あれ、エルダーリッチとまではいかないけど、相当に強いよ」
「うん、わかる。アーノルドがここまで警戒してるのって久しぶり」
そっと触れている脇腹の辺りに、さっきからずっと緊張が走っているのを感じる。
だいじょうぶ。わたしたちはずっと一緒だよ。
そんな気持ちで見上げたら、アーノルドのつぶらな瞳がわたしを静かに見下ろしていた。
「ブリジットさん。ここからはテイマーの戦い方をしたいです。手伝ってくれますか」
「ふふん。OK、ミント先生。次はわたしにテイマー講座をお願いします」
おどけて即答してくるブリジットさんが頼もしい。
うれしいな。ちょっと年は離れてるけど、ステキなお友達ができた気分。
「なんでも指示して、その通りに動くから」
彼女の方もそう思ってくれていたら、もっとうれしいな。
☆★☆★☆★☆★☆★
「じゃあ、打ち合わせ通りにいきます」
「了解。じゃあわたしは呪文を準備するね。右手を挙げたらスタートして」
「はい」
対リッチ戦、スタート。
自分とアーノルドに『祝福』をかけ終わったタイミングで、ブリジットさんの右手が挙がる。
「アーノルド、一緒に行くよ!」
言って、2人でリッチへ突進だ。
リッチがわたし達を認識したのがわかる。彼は、右手に掲げた大きく立派な魔術師の杖を、いままさに振り下ろそうとしている。
「ちくちく行くよ!」
ブリジットさんには、わたし達がリッチに接触するまで、最弱魔力攻撃呪文を連発してもらうことにした。なにがしたいかといえば『詠唱妨害』だ。高度な呪文にはそれだけ長く深い精神集中が必要とされる。そこには、それが小さな針が刺さった程度の痛みだったとしても、致命的な妨害になる。魔法で生きる歪んだ命にはなおさらだ。
「さっきブリジットさんに見せてもらったやつだけどね」
あと数歩。それがテイマーの距離。
詠唱妨害での魔法の連続失敗に業を煮やしたリッチは、杖の間合いに入ったわたしを撲殺すべくそれを振り下ろそうとした。リッチが怖いのは魔法だけじゃないんだよ。腕力だってオーガ並に備えた個体も珍しくない。
だが。
「いないいないー」
彼女の用意していた魔法が発動、瞬時にわたしはリッチの前から姿を消した、が。
「ばぁ?」
直後に再び姿を現したわたしは、ブリジットさんのノリに合わせておどけてみた。
この不可視可の呪文はね、激しく動くと解けちゃうんだよ。全力で走ってたらそれこそ一瞬で切れちゃう。
必要なのはその一瞬だったんだけどね。
「アーノルド、死人はあの世に叩き込め!」
Grooooouuuwooo!!
今日一番の咆哮と共に、ナイトメアの全力攻撃が炸裂した。
蹴る、噛む、火を吹くはもちろん、そこに人間では連発不可能な高位攻撃呪文まで挟み込む多彩な攻撃を仕掛けている。だがそれは、裏を返せばそこまでされてもまだリッチは生きているということだ。
オーガばりの打撃、同じく高位の攻撃呪文。
アーノルドの体力が削られ続けていることがわかる。
でも、言ったよね。アーノルドは1人じゃないって。
2体の魔獣の戦いだもの。正直、メッチャ怖い。
だけど、わたしはアーノルドに駆け寄って包帯を巻き始めた。言うまでもないことだけど、これはただの包帯じゃないよ。あ、いや、包帯そのものは布でできた普通のものだけど、テイマーがペットに巻くことで、強力な治癒魔法の効果を発揮することができるの。人間とは比べものにならないほどのHPを誇る魔獣ペットに対して普通に回復をかけていたら主人のMPが保たないでしょ? 包帯に魔力を通して巻くことで、何倍も効果的に回復することができるんだよ。さらに、この『聖なる包帯』の発動には呪文を唱える必要もない。
なんか、いいことだらけのように聞こえるかもしれないけど。
「うあっちゃ!」
双方の魔法の余波でピリピリする。
油断したら興奮しているアーノルドに蹴り潰されかねない。
接近して接触して回復するって、そういうことなんだよ。
さらに最悪なのは、
「ミント、離れて!」
ズゥン。
直前までしゃがんで治療していたところに、やつの杖が振り下ろされている。
そう、知力の高い相手が敵だと、ペットより先にこちらがねらわれることがある。
Grrrrrrrrrrrrrrr!!
さらに興奮していくアーノルドを止められない。待って、まだ治療は途中だよ。
ぽんぽん。
え? ブリジットさんが肩を叩いている。
わたしのじゃなくて、アーノルドのでもなくて。えっと。
リッチの。
「Mmmmmmmmmmmmmm?」
レアだ。ビックリしてるリッチを見たのははじめてだ。
『隠密』で隠れて近づいてこちらへの意識を逸らしてくれたんだろう。
一撃必殺を纏って振り下ろす杖、だが彼女には当たらない。出たり、消えたり、一歩間違えば即死確定の危険な囮を務めてくれている。
「アーノルド、大人しくして」
この機会を逃せない。わたしはアーノルドの治療を続ける。
急げ、でも、確実にだ。
……………………よし。
ブリジットさん、ありがとう!
「トドメだ、骨!」
ビシッ! 指さした先へ些かの迷いも無く飛び込んでいくアーノルドの後ろ姿を見つめながら、わたしは地面に膝をついた。もう限界。はぁ。
そして、決着はあっけなくついた。
さんざんにナイトメアの攻撃を受けた上に魔力を使いすぎて回復の術がなかったリッチと、治療されほぼ完全なまでに体力を回復してリッチとの再戦に臨んだナイトメアでは、はっきりいって勝負にならなかった。
☆★☆★☆★☆★☆★
翌日。キプロスウア市のカフェテラスで。
ここは魔術学校に通う女の子達に人気の喫茶店なんだとさ。
「それにしても……なんでここにリッチがいたのかな」
「謎なのよね。特にここは曰く付きの土地でもないし、アンデッドを呼び出すことにこだわる理由は無いはずなのよ」
ヤツが呼び寄せた上位のアンデッド――スケルトンウォーリアやアーチャー――も、主人と一緒に一緒に煙のように消え去った。残ったのは大して害のないいつもの骨とか半透明なのとか、そんなのばかりだ。
……はっ!? 戻った? 俺だよ俺。覚えてますか?
いや、なんか今回長くなかったか?
戦闘中どころかその翌日まで引っ張るようになっちゃったのか?
このままどんどんミントに意識の主導権を持っていかれるようになったらどうなるんだろう。いや、いつだって俺は俺の意識を保っているんだよ。だけどさ、いざ非常事態が訪れると、自分が自分じゃなくなるというか、なんかこう、言葉にできない感覚になるんだよ。
こうして、普通の時は無意識に俺はミントなんだけどな。
「ミント、なに手をわきわきしてるの?」
「え、あ~~。なんでだろうね。はは」
「? まあいいわ。それより、リッチ退治の報酬は市長が請け負ってくれたわよ」
「ホント? すごい。それならお金いっぱいもらえる?」
「いっぱいよぉ、リッチよリッチ。リッチを倒して超リッチ!」
まさか“異国”の地で親父ギャグを聞かされることになるとは。
「……ブリジットさん、そういうのやめた方がいいと思う」
「え? あら、そう? そう、よね、うん」
洋の東西を問わずに、男も女も歳を重ねるにつれて、親父ギャグが好きになっていくものなのだろうか。
「とにかく、やったね、これで旅の資金はバッチリだよ!」
「そうね、道中はいい宿にずっと泊まれると思うわよ」