006:魔法戦講義その1『小には小を』
「らんらんらん♪」
「るんるんるん♪」
『えへへへへへ♪』
ミント、なにしてるんですかね。
ブリジットと手をつないで鼻歌交じりに歩いてますよ。
ときどき見つめ合ってはニッコリしてますよ。
やめてすごい恥ずかしい。というか俺なんだけどさ。
いや、すごい、なんていうの? アリだなって思うんだけどさ……こう幸せだし楽しいし「わーいお友達」的なうれしさ炸裂なんだけどさ、2分に1度くらい我に返るのよ。そしたら、すっっげええええ、つらいのよ。
てか、ブリジットさんさ、あなたもその、いい歳じゃないですか?
やめましょうよこういうの。
「ねえ、ブリジットさん」
「ん? なに、ミント」
「ん~。ううん、なんでもない」
「なによ、もぉ~」
いや、だからさ! ううっ。もういいわ!
「……で、気付いてる? ミント」
「うん。でも、なに、これ」
なんで急にマジモードになるんですかね。
てか、うん、妙な空気を感じる。それはわかる。
だが、なんか居るのは判るんだが、こう……敵意はあっても気配がない?
「いいカンしてる。ここを西に少し行くと墓地があるのよね」
「お墓?」
なるほど、あったな。たしか『外人墓地』という設定だったはずだ。
「年に1回、教会のお偉方がやってきて、大規模な鎮魂の会が催されるんだけどね、なんでもここんところそれだけじゃ静まらなくなってきてるそうなのよ」
「ってことは、出るの? おばけが?」
「おばけって……おばけだけどさ、あなたの連れてるその子の方がよっぽど現実離れしてて怖い生き物よ?」
「えー、アーノルドは怖くないよ、かわいいよ」
「ブルルル」
不満だけどちょっとうれしそうな、そんなフクザツな表情を見せるナイトメアであった。
「ところでミント」
「なに?」
「急ぐ旅してる?」
「うーん? ふわっとした目的しかないからなぁ」
「急ぎじゃないのね。そういえば、路銀に余裕はあるの?」
「あ、それそれ。こないだね、銀行見たら28Gしかなくってさ、どうしようかって」
「に、28Gって子供のお小遣いね」
「手持ちであと少しはあるけど、途中でお仕事しなきゃなって」
「それはちょうどよかった」
「ふえ?」
ブリジットは静かに右手を肩の高さまで持ち上げると、そのまま黙って行く手を指さした。そこには――。
「あれは、兵士さん?」
「街道の守備隊ね。あの盾の人はたぶん隊長さんだと思う」
「へぇ。えらい人なんだ」
なるほど、槍と盾を備えた5人ほどの小部隊が街道の端で何か相談をしているようだ。事件だろうか。
「はぁい、兵隊さん、こんにちは」
ブリジットが背中から話しかけると、いぶかしげな表情で初老にさしかかったと見える隊長らしき男が振り返る。一瞬で彼女の全身に一瞥を投げたかと思うと、少しだけ警戒を解いた様子で返事をしてくれた。
「なにか用かね、お嬢さんたち。ちょっとこの辺りは物騒なことになりそうだから、すぐにキプロスウアに向かった方がいいよ」
我が意を得たり。ブリジットはキラリと目を光らせてそんな顔を見せる。
「その物騒な事件ですけど、この熟練魔術師ガールズに任せてみません?」
ガールズ。うーん。まあ、ミントはわかるが。
「ミント」
「え、はひ??」
「なに考えてたか当てて見せましょうか?」
「当てないでお願い!」
おっかねえですよブリジットさん。満面の笑みをたたえながら、目がちっとも笑ってねえ。
笑っていないと言えば、兵士たちもなにやら苦笑いをかみ殺しているようなフクザツな表情だ。そりゃ無理もないよな。得体の知れない小娘どもが、軍の仕事に首を突っ込もうと言うんだ。
「いや、お気持ちはうれしいんだが、その」
「私はこれでもElderの魔術師です。こちらの少女も呆けた顔して見えるけどGrand Masterですよ?」
反射的に「呆けてないもん」と言いそうになったところを必死で抑える。これはきっとさっきの意趣返しだ。甘んじて受け入れないと、もっと怖いことになりそう。
「ElderとGM?」
「こんな若いふたりがか?」
「だが、それなら……」
「うむ、死霊相手には魔法が一番効果的だ」
ブリジットが、いつのまにやらローブに隠れていたElderの記章のペンダントを取り出して、ぶらぶらさせている。ミントにもぶらぶらさせるべきだろうか。
そうだ、いい機会だからついでに言っておこう。
昔に元の世界で遊んだゲームやマンガでは『魔法と魔術』を明確に区別している作品が少なくなかった。だが、この『Climax Online』世界ではそれは同じ物を指す。他にも文脈によっては『魔法と呪文』を同じ物として扱っているが、非公式な場での会話などそんないい加減な物なのである。
ちなみに公式な書類に記される職業・称号としては『魔術師』が正しい。ミントの身分証明書には『GM位の魔術師』と記されている。あ、うん。身分証を持ってた。
「だいたいわかっているようだが、この奥の墓地で死霊が大発生している」
「みたいね。あっちから負の生命力がビシバシ伝わってくるわ」
指さし答えるブリジットに、軽く頷いて隊長は先を続ける。
「レイス、ゾンビ、スケルトン、ワイト。殴って効くやつ効かぬやつ、いろいろだ」
「そこまで一斉に発生してるの? 数は?」
「わからん。100じゃ効かないのは確かだ」
「……隊長さん、ちょっと待っててもらえるかしら」
「ああ、構わんよ」
「どうも。ミント」
地面につま先で忙しくのの字を書いていたミントは、真剣な顔で近づいてきた彼女にそのまま肩を抱かれて、兵士たちに話が聞こえない距離まで引っ張っていかれた。
「どうしたの。兵士さんたちに聞かれたくない話?」
「んっとね。ミント」
「はい」
「ここ数日で聞かせてもらった話だと、あなたはペット戦はともかく、魔法戦の経験が浅いと思うのよ」
うん、その通りだ。ミントはテイマーという職種が大好きで、ペットのコントロールが大の得意だった。なにか理由があったり、他に手立てがないときでもなければ、まず攻撃魔法は使わずにずっとゲームをプレイしてきた。
「だからね、私が華麗にアンデッドたちを片付けていくことで、あなたに本当の魔法戦を見せてやろうと思ったの。こう言うとちょっと偉そうだけど」
「え、ううん。そんなことない。見たい。ブリジットさんの魔法戦見たい!
「あはは。いい子ねあなたは。でもね、そうもいかなくなった感じなの。あまりにも敵の数が多すぎる」
100匹以上と兵士たちは言っていたか。
「多いけど、低級アンデッドばかりでしょ? 私があなたを庇いながら1人で戦うのは厳しいけど、2人の上級魔術師が全力でやるなら勝てる戦いなの」
「2人で、全力」
「そう。やれる? いかなナイトメアと言っても敵の数が多すぎるからね。あなたを完全に守り切ることはできないと思う」
1人の護衛がどれだけ強くても、多数の敵が相手では護衛対象を守り切れるとは限らない。当然の話だ。
「あなたにもメイジの戦いが求められる戦場よ、どうする? 自信がないならやめてもいい。それは臆病じゃないわよ」
どうする。怖くないと言えばうそになるけれど、こんな経験を積める機会はそうそうない。
「もちろん、なるべくアドバイスをするしサポートもするつもりだけど」
「じゃあ、やります。がんばるから教えて、ブリジットさん」
不思議と怖さが吹っ飛んで即答してしまった。
彼女は、にっこり。そして、ぎゅっとしてくれた。
安心する。ブリジットさんって、なんだか本当のお姉ちゃんみたいだ。
……って、オイ! ブリジットはずっと年下! 俺しっかり!
「あんたたち、話は終わったかい?」
さすがに隊長は空気を読む力に長けているのか、こちらがまとまったタイミングを見計らうかのように声をかけてくる。
「ああ、ごめんなさい、受けるわよこの仕事。もちろん、安くはないけどね?」
「そうです。わたしたち、熟練魔術師ガールズですから!」
☆★☆★☆★☆★☆★
「おおぉ、いるわいるわ」
「いるね、いるね」
墓石が見えない距離にまで死霊が徘徊している。
これでは、墓地の中心部はどうなっているのやら、想像もつかない。
「そうね、まずはナイトメアで通り道を作ってもらえる? 私がいいと言ったら呼び戻していいから。その後は、道を辿って私は中から、ミントは外から攻撃を続ける。どう?」
「うん、わかったよ。でも大丈夫? わたしがアーノルドと中で暴れた方がよくない?」
「だからあなたは経験が浅いって言うの。いい? 雲霞のごとく押し寄せる敵に囲まれる中で、冷静に戦い続ける自信はある?」
「ない……です」
「よろしい。そういうことよ。あなたはまず外から見て学んで」
「はい。わかった。じゃあ、やろう」
「そうね。お願いね、アーノルドくん」
「ブルル」
「ふふ。よし、じゃあいくよ。アーノルド!突っ込め!」
Grrrrrrrrrrrrrrr!!
わたしの指さす先へ、伝説の魔獣が突撃をかける。
彼の走りを阻むものなど誰もいない。
レイスも、ゾンビも、スケルトンも、アーノルドのひづめにかかれば、塵芥のようにその存在をかき消されていく。
「うっは。さすが魔法生物よね。呪文も無しで幽霊をぶん殴るんだもの」
軽口を叩きながらそれに続くブリジットさんもさすがだ。わたしなんて、正直こわくて仕方ないのに。
「よーし、いくぞ。主よ私にご加護を!」
ブリジットさんが魔法戦をはじめた。しっかり見て勉強しないと。
まずは『祝福』だ。身体機能を向上させる呪文。
「そっちは通せんぼ。あんたたちはあとでね」
背後に『魔法の壁』そうか、死角から襲われるのを防ぐんだ。
「私の拳が光ってうなる!」
あ、レイスを殴った。『光の手』魔力を手に帯びる術はああ使うのか。
「ミント、もうアーノルドを戻していいわよ!」
「はい。アーノルド、戻って!」
brrrrrrrrrrr...
若干暴れたりなさそうな声を出しながら戻ってくるアーノルド。
まあ、ナイトメアは気性が荒いからね。でも、これからだよ。
「アーノルド、そのへん適当に倒して」
アーノルドはわりと雑な命令でも聞いてくれるから好き。
さて、わたしもやるぞ。
「神様、わたしを強くして!」
実はこの『祝福』は信仰心とは無関係に発動するから、神様の力とは別系統の魔法なんじゃないかという説も根強い。でも、教会の神父様が唱えるとわたしがやるよりずっと効くんだよね。ホントはどっちなんだろ。
「えっと、次は……わっ!」
目の前に骨! やっぱ雑な命令はだめか~。
「えーっとえーっと、えなじー……や、ふぁいやー?」
ぼふん。わたしが混乱している間にスケルトンは粉々になった。
え? あ、ブリジットさんか
「スケルトン相手にそんな高位の攻撃呪文はいらないでしょ。あなたはもっと低位呪文を使うことを覚えなさい。詠唱時間が段違いに短いんだから」
ブリジットさんが大声でアドバイスをくれた。あんな遠くからわたしの様子も見てくれてたんだ。しかも、なにをしようとしてたかまでお見通しだし。
「突き刺す力!」
続けてわたしに手本を示すように、魔力攻撃の最下位呪文で次々とレイスを消滅させていく
低位呪文、奥が深いなぁ。
それから10分くらいたったのかな。
これ、おかしくない? いくらなんでも減らなすぎだよ。
「どうなってるの、無尽蔵に死霊が湧くとかありえないでしょ」
戻ってきたブリジットさんも、肩で息をしながら同じ感想を漏らした。ひとまずいっしょに、安全な距離まで後退だ。
「これ、誰か、あるいは『何か』が呼んでるね」
「え、死霊術士がいるってこと?」
だが、それには答えず、彼女の厳しい視線は墓地の奥にある小さな礼拝堂に向けられていた。
「気配を消すにはまず相手の気配に敏感じゃなきゃいけないのよ」
ん? なんの話だろ。
「気配は、生き物が発するもの。死霊の類には憎悪や敵意はあっても、それがない」
「うん、わたしもここでなんとなく違いがわかってきた」
「ふふ。優秀な生徒で先生うれしいわ。それでね、あの中になにかいる。いるけど、気配がない」
「つまり、アンデッドがってことだよね? まさか扉を開けたらうわ~~~って、何十匹も飛び出してきたり……」
「その方がまだいいかもしれないよ」
「え」
ブリジットさんは、1人で考え込んでしまった。
「さんざん偉そうなことを言ってきてなんだけど」
「え、ブリジットさん、なに?」
「撤退を考えた方がいいかもしれない。私たちの手に余る相手かも」
ブリジットさんの戦術と機動力でも、わたしのアーノルドでも手に余る相手って……。