005:その名はパープル――
海外の古いゲームの雰囲気を醸し出そうと、日本語への不完全対応の表現として、キャラ名などを4話までずっと英語表記にしてきました。
ですがここにきて「もしかしてこれって読みにくさの弊害の方が圧倒的に勝るのではないか」そう思えてきたんですよね。
なので、5話以降はキャラ名などを日本語表記にしていくつもりです。
必要に応じてルビを振る形で。このほうがバランスがいいかなと。
もしかしたらまた戻す可能性もありますが……。
サッ! と振り返る。誰もいない。
てくてくてく。
もっぺんサッ! と振り返る! いないよな。
んーと。
なんだろう、村を出てからずっと誰かにつけられているような気がする。
曲がりくねった街道の山道にさしかかっているから、隠れようと思えば隠れられる場所はたくさんあるんだが、そういうものとも違う気がする。
「むむむ?」
あごに軽く手を添えて首をちょこっとかしげてみる。
やっぱかわいいんだよミント。うむ、何をしても絵になる。
「こんにちはー」
「ふぎゃらっぴゃー!」
「あら、かわいい悲鳴」
なんだ? 突然に目の前に女が現れたぞ。
うそだろ、今までどこにいた?
ナイトメアから飛び降りて戦闘態勢に入るわたしに、女は胸の前で両手の平をひらひらさせながら慌ててまくし立ててきた。
「あ-、ごめん、脅かしてごめんなさい、ちょっと待って。私は敵じゃないわよ」
年の頃は25~6歳くらいだろうか。
『明るい金髪の人なつっこい感じがする美人』が第一印象だった。
「じゃあ、ずっとわたしをつけていたのは?」
「つけていた、って言われるとちょっとストーカーみたいでいやだけど、ずっと後ろに居て気配を消していたのは確かかな」
だからそれをつけていたというのでは。
「女の一人旅だからね、いろいろと警戒心も強くなるのよ」
「まあ、そういうのはわからないでもないですけど」
ミントもつい昨日、山賊みたいなやつらの慰み者にされそうになったばかりだしな。
「だからね、女の子の旅仲間がいれば心強いかなって。それで、どんな子か様子を見てたってわけ。あ、そうそう。私は純メイジをやってるブリジットよ。よろしく」
純メイジ!?
あの、もっとも不遇と言われるビミョー職の純メイジ?
純メイジは『純粋なメイジ』の略だ。
この『Climax Online』の世界での魔法は、あくまでも補助スキルの1つとして扱われることが多い。なにせ脳筋剣士ですら下位に位置する最低限の便利魔法は使えるくらいだから、魔法だけを極めた純メイジは実に珍しい。大概のプレイヤーはわたしのようなテイマーメイジや、バードメイジを選ぶ。
たしかに魔法に特化したスキルやステータス構成で放つ呪文は強力なのだが、一発で消費されるMPに関しては誰が放っても変わらないのだ。ミント自身もMPだけで言えば純メイジと大差無いものは持っている。それでも、以前にオーガと対峙したときのように、数発の上位魔法の行使でMPが尽きてしまう。つまり、継戦能力に著しく欠けるのが純メイジの致命的な弱点と言えるだろう。
「あの? もしもーし?」
「はっ」
ついつい驚きのあまり考え込んでしまっていた。
「えーっと、はい。ブリジットさんよろしく。わたしはテイマーのミントって言います」
「ミントちゃんか。なに? そんなに純メイジが珍しい?」
う、図星。さすがに失礼だったな。
「あの、ごめんなさい。珍しいっていうか……はい、珍しいです」
「あはははははっ。正直ねぇ。まあ、そうだろうけどね、いまどきあんまりいないわよね~」
学者としてメイジを追求する連中ならわかるが、ブリジットは見た感じ冒険者風だ。
「ソロでの活動に向かないってよく言われるんだけどね。あながちそうでもないのよ」
言って、ふっ、と、かき消えた。
目の前からいなくなった。
「……え? ブリジットさん?」
魔法じゃない。不可視の呪文で姿を消すことならミントにもできる。
詠唱もなく一瞬で視界からいなくなった。ということは。
「隠密?」
「ミントちゃん、正解」
「ふぎゃぱぁああぁ!」
また、至近距離で突然話しかけてくるし。
「ブリジットさん、最初のアレも隠密ですか」
「そうよ、便利でしょう?」
隠密は魔法ではない。魔法と並ぶ独立したスキルの1つだ。
ビギナーでは遠くを通り過ぎる魔物から気配を隠す程度のことしかできないが、熟練すれば今まさに自分を襲おうとしている高位の魔族の認識すらそらして、姿を消し去ることができるという。
「純メイジってテイムやバードのスキルがないでしょ? そこにこういうものを突っ込んでおくわけよ」
こともなげに言う。
でもこれ、盗賊ギルドでしか学べないスキルじゃなかったかな。
「そういえば、私の気配には気付いてたっぽいわよね? ちょっと自信なくしちゃうな」
「あ、いえ。気配はぜんぜんわかんなかったですよ。気配と言うより予感かなぁ。なんか嫌な視線を送られてるみたいな。あ、ごめんなさい」
「あははは。そりゃねぇ、若い女の子がずっと見られてつけられてたんだもん。気持ち悪くて当然よ」
若くないおっさんでもあんまり気持ちよくないけどな。
「それで、どうかしら?」
「はい? なんでしたっけ」
「旅仲間になってくれないかって話。この道だと、ミントちゃんもキプロスウアに向かうんじゃないの?」
「ええ、目的地ではないですけど、一泊するつもりではありました」
「そう。じゃあ、とりあえずそこまでOK?」
「はい、よろこんで」
「あら、ホントかわいいわね、ミントちゃん」
だろう? ミントかわいいだろ? よくわかってるじゃないか。
「アーノルド、わたしについてきて」
ナイトメアから降りてブリジットと並んで歩く。
代わりにアーノルドには二人分の荷物を背負ってもらうことになる。
思えば女の子と並んで歩くのなど何年ぶりだ? そもそも1度くらいあったっけ? あったよな、うん、あったあった。
それはともかく、このブリジットはプレイヤーなのか?
そうだとすると、ミントに同じにおいを感じて近づいてきたのか?
この間のPKは『プレイヤーとこちらの世界の住人は見ればわかる』というんだが、俺はそのへん区別がつかないんだよな。やつらは殺そうとしたときの反応がまるで違うとかいっていたし、あるいは極限状態では明らかな違いが見えてくるのだろうか。
いずれにしても、彼女は感じのいい女性だ。
「ブリジットさん、炎の槍でダメージどのくらい出ますか?」
「ブリジットさんのレベルだと、魔法鍵をどこまで外せますか」
なぜかはわからないが、ブリジットはミントにとても優しくしてくれたし、ミントも俺の葛藤など知らぬ顔で、それに応える形でよく懐いた。
そうして、2人で旅を始めて2日目の夜。
「キャンプで火を使うために、私はいつも炭を持ち歩いているのよ」
「炭? でも、わたしたち魔法遣いなら」
「うん、そうね。どんなに湿った薪にだって、高火力で一気に火をつけることができるわね」
「でしょ? なんで炭がいるの? 荷物になるじゃない」
すっかりため口になってるなミント。
「そこが私たちの違いかもしれないわね。ミントはあまり全力で魔力を消費することがないでしょ?」
そういえば、実験も兼ねて一度試したことがあるが、それ以降はやってないな。
「まあだいたいアーノルドががんばるから」
「ヒヒン」
「あはは、そうよね。でもね、私は戦うとなると魔力だけが頼りなのよ。でね、魔力を一度に使いすぎると、回復速度が著しく遅くなることがあるの」
ふむ? それはもとの『Climax Online』にはない設定だな。
やはり似ているようで違う部分も多い世界だ。
「えっと、つまり、魔力の節約のためなの?」
「そういうことね。炭に火をつけるのと湿った薪に火をつけるのでは、魔力の消費量が3倍は変わってくるから」
3倍とは言っても低レベル魔法での消費MPだから微々たる差のはず。
だが、その小さな節約が命に関わることがあると、彼女は今までの経験から学んでいるわけなのだろう。
「へぇぇ。あ、でも、それなら魔法を使わずに火口箱を使った方がいいんじゃないの?」
「……私は魔法遣いなのっ!」
「……ぷっ」
『あははははははは』
一通り二人で笑った後「なんてね。いちおう念のために持ち歩いてはいるのよ?」と、偉大なる魔法遣いはイタズラっぽい表情でそう付け加えた。
翌日はとてもいい天気で、2人と1頭はいつも以上の上機嫌で街道を並んで歩いていた。
旅慣れたブリジットによれば、このペースなら夕方までにはキプロスウアにたどり着くだろうとのこと。
キプロスウア市はとにかく魔法遣いが多い街だ。少なくともゲームではそうだった。
魔法関連のショップが軒を連ね、名だたる魔法学校が建ち並ぶ学研都市でもある。王のおわす首都を差し置いて、この大陸で魔法遣いに称号を授けることのできるただ一つの街でもあった。
実はミントもここで称号をもらっているんだよ。
ブリジットの「Elder」の1つ下に位置する「Grand Master」の称号。
これは兼業メイジでは最高位と言える称号なんだぜ。メイジに占めるElder以上の割合は5%に満たないとか。
まあ、ミントに関してはゲームの話だからさ、スキルレベル的にこれ以上魔術を上げるとテイムが上げられなくなるとか、そういう理屈。
ブリジットの方は、おそらく天才がさらに努力に努力を重ねた結果なのだろう。
……彼女がプレイヤーでないなら、だけどね。
結局、尋ねられないまま到着してしまいそうだな。
「あ。ブリジットさんブリジットさん、そういえば、隠密はどこで覚えたの? 聞いた話では盗賊ギルドの秘伝の技術だって」
いや、そこも気になるけどさ。なんで俺が悩んでるのにミントはこんなに脳天気なんだ。
「ふふ。それ聞く? 聞いちゃう? どうしようかなぁ」
「教えて教えて、意地悪言わないでよ」
「うーん、実際あんまり楽しい話じゃないのよ。私はついこの間まで『チブ・ガォロ海賊船長』の囲い者兼ボディーガードだったってだけ」
「え」
チブ・ガォロ船長? まさか『Climax Online』初期から存在する、何度もイベントの敵役としてプレイヤーを翻弄し続けたNPCのあいつか? サービス終了前の公式ラストイベントで華々しく散っていったはずだが、この“現実世界”でも存在したのか。
驚いて言葉を失ったミントに、ブリジットは「しまった」とうろたえた表情を一瞬見せる。
「あははは。海賊の奴隷女をやってたなんてやっぱり引くわよね。当然よ」
寂しそうな顔でつぶやくブリジット。
いや、ちがうんだよな、確かに驚いてたけどそういうんじゃないんだ。
だが、なんて説明する? 「ゲームで知ってる」とかバカだと思われるだろう。
沈黙。
なにか言うべきだよな、ここは。
お、大人の男としてだな。
でも、俺が言葉を発するより早く、ブリジットは言った。
「ねぇ、あの人の最期を知ってる?」
もちろんだ。俺も当然そのイベントに参加していた。
このイベントが最後の公式イベントだと事前にアナウンスされていたからだろう。それまで過疎っていたのが嘘のように賑やかなイベントだった。まるで廃線前の駅に大勢の鉄道ファンが詰めかけるように、CO世界の最期に咲いた一花だったのだと思う。
「私もね、あそこにいたのよ」
え。なに? つまり、アレか? ブリジットもプレイヤー?
でもプレイヤーがNPCの妾っていうのも変だよな。
「おもしろかったなぁ、王国軍の傭兵が連れてきたドラゴンが、とつぜんに敵も味方もなく皆殺しをはじめたの。私の目の前でよ」
「え゛」
「ドラゴンブレスで海賊団の精鋭たちが一瞬で蒸発させられたと思ったら、次は王国軍の正規兵をなぎ払いだしてさ」
違った。ブリジットはプレイヤーではないんだ。この世界の住人だった。
「そうかと思えば、さらに足下にいた傭兵団にまで襲いかかって」
あ、はい。そんなこともありましたね。
「ただでさえドラゴン相手よ? それが船の上だもん。逃げるも戦うもできるもんじゃないわよね」
おっしゃるとおりです。
「あれさ、知ってる?」
「し、知らない!」
「え~? 知らないの? ホント?」
知らない知らない知らない。な~~んにも知りません。
「なんでもね、傭兵団に参加してた1人のテイマーが」
「知らないってばぁ! 興味ないってばああ!」
「ドジって召喚水晶を発動させたせいなんだってよ」
あああああ。やめてくれ。ちょっと間違って水晶をダブルクリックしちゃっただけなんだよ。ていうかなんで禁止アイテムとして発動不能にしておかないんだ。そうだよ、運営が悪いんだよ。
だってのに、さんざんゲームの中で叩かれたあげく、匿名掲示板にまでさらされてトラウマなんだよ!
「おまけに、ドラゴンに驚いて逃げ惑う傭兵に突き飛ばされて気を失ったらしくて、それがドラゴン暴走の原因だったんだって」
「そ、そうなんだ。ふーん」
「ねえ、ミント」
「な、なに、ブリジットさん?」
「そのテイマーの名前、知りたい?」
「知りたくなあああい!」
ついに頭を抱えてうずくまってしまった。
いや、だいじょうぶ。まだここなら、耐えられる。
ていうか、実際のところはペットコントロールだけが禁止になっていた謎仕様のせいなんだけどね。ほらやっぱり運営が悪い。
「紫髪の女の子でね、この騒動でついた二つ名が、パープル――」
「ごめんなさああああああああい!」
☆★☆★☆★☆★☆★
「ううっ――ぐすっうぐっすんっ」
「ごめんごめん、ミントの反応があんまりおもしろいもんだからさ」
メッチャ泣いた。数年ぶりのマジ泣きだ。
なるほどな、ここでのミントは、過去の出来事をゲームの中のことだと割切ることができない。すべてが“現実世界”の思い出なんだ。
てっきりCO終焉の時に自キャラと一緒にこちらに飛ばされてきたんだと思っていたが、俺がやってくるずっと前からミントはここにいたんだ。
俺=ミント ではないのかもしれない。
俺≒ミント なのか。
俺≠ミント だとしたら、どうなるんだろう。
……いまは、考えてもわからないことか。
そう、それより優先しなければならないことがあった。
「ふ、二つ名の話はもうぜったいしないで。ぐすっ」
「わかったわかった。ごめんってば」
これだ。頼む、ホントに頼む。恥ずかしすぎて耐えられない。
「こんな偶然ってあるんだね」
「ひぐっ。なに? ひくっ」
「ほらほら、涙拭いて鼻かんで」
びーっ。
キレイなハンカチに思いっきり鼻水をブチまけてしまったけど、いいよね、そのくらい。こんなにいじめられたんだから。
「あの人の最期のとき、私は檻の中にいたのよ」
「おり? なんで。その、ブリジットさんはチブ・ガォロ船長の……恋人?じゃないの?」
「ああ、そういう風に思ってたのね」
「え、あの。ごめんなさい」
「あはは、ちがうちがう怒ってるるんじゃないよ。だけどね、恋人なんかじゃない。私は小さい頃に両親をあいつに殺されて、私はさらわれて、ずっとあいつに囚われてたってだけ」
うわ、なんて重い境遇。
恥ずかしくて死にそうなんて言ってたのが申し訳なくなってくる。
「紫の、テイマーの、ミント」
「ふえ?」
「そう、遠くから聞こえてきたのよね。『お頭を殺したやつだ』って」
「う……まさかわたし、いまも海賊に指名手配とか?」
「あっはははは。ないない。だって、甲板にいた海賊は残らず皆殺しにしてくれたじゃない。船の奥にいた連中もあとでみんな捕縛されたし。それで、私たち女は解放されたのよ」
なるほど、ゲームで描かれなかった部分にはそんな物語があったのか。
「それじゃあ、もしかして、わたしのことを知っていて近づいてきたの?」
「もしかしたらと思って、かな。紫髪のテイマーだったし」
「ああ、そっか。なら、名前を聞いて確信したんだね」
「そういうこと」
「そっか」
微妙な空気。でも、なんか悪くない感じ。
「ありがとう、ミント」
「どういたしまして、ブリジットさん」
へらっ。見つめ合って破顔する二人。
「さて。じゃあ、キプロスウアに向かおうか」
「うん、暗くなる前に着きたいよね」
「そうだ、先刻の質問の答え」
「え、なんだっけ?」
「なんで隠密が使えるか。チブ・ガォロは女のボディガード育成に熱心でさ。私はたまたま魔法の才能があったもんだから、まとめて覚えさせられて――」