004:昼日中のナイトメア
「ひさしぶり、Arnold!」
「ぶひひ~~~ん♪」
いた。ちゃんと厩舎にいたよ、俺の愛馬『Arnold』が。
あ。愛馬って言ったけどこいつ、実は馬じゃない。強力な悪魔の一種の『ナイトメア』なんだ。
昨晩あれだけ手こずったオーガなんて、ナイトメアにかかれば前足一本で即死だぜ。それくらいに強い。
コイツにまたがるのが優秀なテイマーの証、みたいな時代があったんだよ大昔には、さ。時代が新しくなると誰でも簡単に手に入るようになって、そういうステータス的な存在じゃなくなったけど。
騎乗できるもっと強力なモンスターも増えたしね。
でも俺は、やっぱりナイトメアがいいんだ。コイツにまたがって世界を駆け回るのが、とっても好きだったんだ。
「うれしいようれしいよ、Arnold! ホントに居てくれてありがとう!
それだけでわたし、ここまでやってきた甲斐があったよ~~~」
この『厩舎』ってのは、銀行と同じような世界共通のスロットを持っていてね。
たとえばここでArnoldを預けると、首都の厩舎から何事もなかったように呼び出すことができたりするんだ。まあこれもゲーム初期は厩舎の場所ごとに別々に管理だったりしたんだけど。って、昔話ばかりしていても仕方がないよな。
ゴキゲンなArnoldの首を撫でながら、俺をここまで連れてきてくれた馬を見る。かわいそうに、すっかり怯えて腰が引けているようだ。当然だよ、魔獣を目の前にして怯えない動物がいるはずがない
Arnoldもなにやらガンくれてるし。
「Arnold、ダメ、あっち向いてて」
「ぐるるる」
不満そうなナイトメアのうめき声に、ますます首をすくめている馬が哀れだ。ていうか、Arnoldはヤキモチ焼いてやがるな。
「そうだね、お馬さん、あなたはどうしよう。このままわたしのところにいる? それとも、野性に帰りたい? 帰るならにんじんいっぱいお土産に包むよ」
いや、包まれても困りそうだよな。我ながらなにを言っているのか。
ここからしばらくはArnoldとともに旅に出なければならない。俺はまだこの世界には不慣れすぎるんだ。どうしても強力なペットの助力が不可欠になる。となれば、この村まで乗せてきてくれた馬は置いていかなければならない。厩舎で待っているか、野生に戻るか。馬にとってはどちらが幸せなんだろう。
「……ん。わかった。わたしのところがいいのね? じゃあ、厩舎で待ってて。あ、その前に、正式にわたしの子になるんだから、名前をつけないとね。そだな~、なにがいいだろ」
「ひひん」
なんとなくその方がいいような気がした。厩舎に居れば餌も出るし運動もさせてもらえるし、ぶっちゃけ命がけの旅に出るより動物にしてみればマシなんじゃないかとも思う。
「えーっと、あなた女の子だよね。Kristaでどう? 」
「ぶひひひん」
「そっか~、気に入ってくれたんだ。よかった」
Mintの頬に首をこすりつけて甘えてくるKristaに、両手でそれをぎゅっとすることで応える。まあ、これならきっと気に入ってるんだろう。よかったよかった。
「じゃあ、中で待っててね。落ち着いたらあなたも鍛えてあげるから。見てなさいよ、オーガに勝つとはいかなくても、うまく避けて逃げ出せるくらいにはしてあげるから!」
テイマーは調教に成功したペットを、さらに鍛えることができる。馬は動物としては筋力や敏捷性に優れるし、オーク程度には勝てるようにできるだろう。
こういうのも、テイマーの醍醐味の一つなんだ。
そうさ、昨晩のあいつに報いるためにも、いずれKristaは強くしてやろう。
こうして俺は、Arnoldと共に旅に出ることにした。
☆★☆★☆★☆★☆★
「おや?この辺りでは珍しいですね、テイマーの方ですか」
今日は柔らかいベッドで寝て明日にでも出かけようかと宿を探し始めた俺を、後ろから呼び止める男の声が。振り返ると、そこにはいかにも剣士と言った風情の若い男がいた。
「え、はい。テイマーです。なにか?」
「それなのですが、この先に、オークの砦があるのをご存じですか?」
ああ、あったな、たしか。初心者の修行の場としてピッタリの場所だ。
「そこに、デーモンが居座りまして」
「デーモン、ですか? どこからそんなのが?」
「わからないんです。この村の自警団では持て余す相手ですし、冒険者に討伐依頼が出ているのですが、何分にも田舎ですからね。そうそう強力な冒険者が立ち寄ることがありません、なので――」
「テイマーの戦力を借りたいと言うことですね?」
「そうなんです。ご協力願えませんでしょうか」
「そのデーモンって『赤』ですか」
「はい、赤です。あなたのナイトメアなら倒せる相手ではないかと」
「そうですね、赤ならいけそうではありますけど」
ちなみに、デーモンには他にも黒い種族がいる。コイツはちょっとしゃれにならない。なにせ、ドラゴンを用いてもテイマーの支援スキルがなければ勝ち目がないほどだ。
しばらく考える。
「えーっと、これはこの村の正式な依頼ということですか?」
「そうです、ただ、依頼料は決して多いとは言えないのですが」
そんなに金のある村でもなさそうだものな。
「参加メンバーは?」
「剣士の僕と、あ、申し遅れました。僕はGunterと言います。そして仲間のアーチャーのHudsonが1人です」
「わたしはテイマーのMintです。なるほど、その編成ではたしかに難しそうですね……」
さらに考える。俺はやってもいいと思うが、Mintはなにか引っかかるものを感じているようだ。
ああ、また俺、自我が分裂しそうになってるな。
「わかりました。出発はいつです?」
「できればすぐにでも」
「では、このまま向かいましょう」
だが、なぜかGunterの返事は歯切れが悪い。
「いえ、あの、30分……1時間後に銀行前で待ち合わせでどうでしょう」
「すぐでは都合が悪いですか?」
「え、あの、Hudsonをちょっと探さないと」
「そうですか、では1時間後にですね」
「ありがとうございます!」
ほっとしたように駆けていくGunterの後ろ姿を眺めながら、
「ふぅ~ん」
Mintは、なにかわかったような、あるいはどうでもどうでもいいように、鼻を鳴らすのだった。
「じゃあ、わたしも準備しよっと」
荷物袋を確認して、戦闘に不要なものは銀行に放り込んでおく。
この世界の銀行は、現金・貴金属の他にも、貸金庫の容量が許す限りはなにを入れておいてもいいんだよな。それこそ生ものだって、死体だってOK。
「マナポーション、ライフポーション、包帯も要るね。ああ、Arnoldの餌は……あっちでなんとかなるかなぁ」
ちなみにペットによって食べるものは当然違うから、肉食と草食のペットを両方連れ歩くときなどは餌がたいへんにかさばる。
実のところ、肉食ペットの方が現地調達は楽なことが多いんだよな。
芋やらにんじんやらは店か畑で手に入れるしかないけど、生肉なら襲ってくるモンスターをバラして入手することができるから。
ちなみに、ナイトメアはもちろん肉食で生肉しか食べない。
生肉なら人間の体だって食うんだけどな……。
「忘れちゃいけないのは、あとこの水晶かな」
☆★☆★☆★☆★☆★
騎馬の2人に前後を挟まれる形で、Arnoldにまたがったわたしは進む。
あまり会話も弾まないままに、村を出てからそろそろ20分ほど経ったろうか。小高い丘に挟まれて前後にしか逃げ場がないような道にさしかかったあたりで、それは起きた。
前に4人、後ろに4人。見るからに品のない男たちが現れた。
彼らは一様に、わたしを値踏みするようないやらしい笑いを浮かべている。
いや、前に5人、後ろに5人だ。
当然だよね、GunterとHudsonも、やつらとまったく同じ笑みを浮かべていたよ。そうだと思ってたんだ。
でもね。
「Arnold やっちゃえ!」
「Grrrrrrrrrrrrrrr!!!!!」
さらに訂正。再び、前に4人、後ろに4人になりました。
GunterとHudsonは、Arnoldのブレス攻撃で顔を焼かれ、苦しみのたうっている。もはや戦力に数える必要はない。
……ふたりとも、なにを勘違いしてナイトメアに密着してきたの?
いいや。残りのむさい連中をなんとかしなくちゃ。
「あんたたち、なんのつもり?」
実はこの時点でわたし大失敗して内心あせってる。予想より賊の登場が早すぎなんだもん。
少しでも時間を稼がないと。
「なにって、PKよ。わかるだろう?テイマーのお嬢さん?」
「たしかにモンスターを相手にするならテイマーにはかなわない」
「そうそう、けどな、対人戦は対モンスター戦とはまったく違うスキルが要るんだぜ?」
『わはははははは』
聞くに堪えない下品な笑いが癇にさわる。
「そう、やっぱりあなたたちもプレイヤーなのね」
わたしだけじゃなかったんだ。そうだとは思っていたけれど、はっきりと確認しておきたかったこと。危険を冒しただけの収穫はあった。
「やっぱりおまえもそうだよな。わかるんだよな、あっちからきたやつは、こっちにもとから居る連中とは雰囲気がぜんぜん違うんだ」
「そうそう、どいつもこいつもNPCみたいでさぁ」
「殺しても犯しても、あんまりおもしろくねえんだよな」
「わかるわかる、人形を相手にしてるみたいでなあ」
イラッ。
「ふぅん、それで、同郷の人間を襲うことにしたわけなのね」
わかりやすい。
「そういうことだよお嬢さん?」
「ま、大人しくしてれば殺しはしねえよ。さっきも言ったろ?おもしろい女は貴重なんだよ」
そして、8人は剣を構えて歩を進めてきた。なるほどね、言うだけあってそれなりに堂に入ってるっぽい。だけど。
「あなたたち、PK歴何年なの?」
「あ?なんだよそれ、7~8年か?」
「だから上手だよ俺たちhehehe」
「なぁ?hahaha」
ふん。
「その頃って、もう規制が入ってたんだよね」
「は? 規制?」
男たちはいぶかしげな表情で足を止めたのち、顔を見合わせている。
「なんだよ規制って」
「テイマーが簡単に狩れるって? テイマーのPKKに遭ったことないのね」
「はぁ?テイマーがPK相手になにができるってんだよ」
バカだなぁ、わたしずっと詠唱中なんだけど。なんで立ち止まるのかな。
ま。助かったけど、ね。
さて!
「あなたたちの間違いは2つ。
1つ目は現状の仕様を把握せずにプレイに及んだこと」
わたしは、静かに召喚の水晶を天に掲げて完成した魔術を展開する。
「全召喚」
召喚の水晶は、厩舎に居るペットを遠方の術者の手元に呼び寄せることのできるレアアイテムだ。利用回数制限があるからそうそう使いたくなかったんだけどね。
ぶおっ。
わたしを中心に、空気が破裂する。
舞い上がる土煙の中に現れたのは、いずれも名にし負う兇悪な魔獣たちだ。
赤いドラゴン・緑のドラゴン・白いドラゴン・青みがかったナイトメア・ユニコーン・麒麟・先ほど厩舎に預けたばかりのKristaまで混じっているのはご愛敬だ。さすがに選別して召喚する余裕はなかったよ。
みんなわたしのかわいくて頼りになるペットたち。
でも。
「Krista おいで」
おまえはこっち。先輩ペットたちが悪者退治するのを見てなさい。
「な、なんでだ? テイマーはナイトメアとドラゴンを同時使役できないはずだぞ」
ビビってるビビってる。
これだけの巨大魔獣が好き好きに咆哮を上げて歩き回ってるんだもの、無理ないけど。それにしても、ドラゴンが挟まって動けなくなるような場所で襲われなくてよかったなぁ。
「話が違う、チートだろこれ」
「これだけの数、どうすんだよ」
「ナイトメア1頭っていうからやる気になったのに!」
「お、おい、逃げるぞ」
うんうん。あなたたちがゲームを始めた頃はそうだったんだよ。
それ以前にはね、うまいテイマーはナイトメアに騎乗しながらドラゴン3頭を操るくらい平気でやってたんだよね。
まあ、それはゲームの話だからどうでもいいかな。
だけど、いまわたし達がいるのはさ。
「2つ目の過ちは、ゲームと現実を混同したこと」
本当のモンスターの恐ろしさを思い知れ。
人殺ししかしたことのない弱虫たちが!
「みんな、ぶっころせ!」
ビッと連中を指さし、わたしは、ペット全てに攻撃命令を放った。
てんでバラバラに動いていた魔獣たちが、瞬時に熟練の兵士のような訓練された動きへと変化する。
「うわあああ、待て待ってくれ!」
Grrrrrrrrrrrrrrr!!!!
「謝る、謝るから!」
Woouoouuuuuuu!!
「ぎゃああああ」
Fuaogowuoooooooo!!
「あつっあついうががいたいぎゃぁ」」
Ggggggggggggg
「ほんとにわるかった、もうやらなあああ」
nnnnn...
『世の中でもっとも恐ろしい動物は人間に訓練を受けた犬だ』
昔読んだマンガにそんなことが書いてあった気がする。
いわんや魔獣をや、ってところかな。
どれだけの命乞いを耳にしても魔獣は淡々と作業を続けるのみ。
わたしが殺せと命じたからにはそうなるんだよ。
でも、あなたたちもそうなんだよね?
みんなきっと、ずっと助けてって叫んでたよね?
「そして、3つ目は、たかかだ7~8年の経験で20年選手にケンカを売ったことよ!」
ふんす!
って、あ、ごめん。3つだったよ。3つの過ち。
だが、すでに謝る相手はいなかった。複数のドラゴンや魔獣のブレスや魔法を一身に喰らって、PKたちは灰になってしまったようだ。たぶん、灰になってたんじゃないかなって思う。なにしろ、ペットを還したあとに念のために周りを確認しても、人間の形をした物体は一つも無かったから。
☆★☆★☆★☆★☆★
「やっぱり、戦いになるとおかしくなるよね」
思考も言動もすべてがMintに乗っ取られてる気がする。
なるべく戦わないようにしたいもんだが、そういうわけにもいかないだろうなぁ。ちょっと怖い。
ああ、そうそう『オーク砦にデーモン』はMintを連れ出すための嘘だったよ。念のために行って確認してきたんだよね。オークと戦う必要もないから、すぐに帰ってきたけどね。
いま考えれば、真っ先に村の自警団に確認に行くべきだったような気がするが、それをやるとあいつらも逃げたかもしれないし、痛し痒しだったかもな。
そんなこんなで戦い開けて翌朝。俺は改めて、首都に向かうことにした。
もちろんArnoldと一緒だ。コイツがいれば、たいがいの敵は片付くしな。
「さあ、一緒にがんばっていくよ!Arnold!」
「ひひん」
それにしてもナイトメアって、機嫌のいいときはただの黒馬に見えるよなぁ。