002:こんにちは、イシ・ムボール大陸
というわけで、ここはイシ・ムボール大陸だ。
実のとこ『Climax Online』は2Dゲームだしクォータービューだし、上から以外にこの世界を見たことないんだよ。だからここがどこかなんてまったくわからなかった。だけどまあ、そこらを歩いていた野良ヒーラーが教えてくれたから間違いないと思う。
あ、野良ヒーラーってのは、CO内でプレイヤーが死んだときに蘇生してくれるNPCだ。森でも野原でもどこにでも一人で歩いているからそう呼ばれている。
「どうしたものかなぁ」
つい、独りごちる。
あ、声かわいい。Mintちゃんかわいすぎる。つまり俺かわいい。
そういえば、荷物袋に入っていた手鏡で確認済みだが、声だけじゃなくて姿もかわいいんだこれが。COってさ海外ゲームじゃん? アバターが濃いんだよ。バタ臭いんだよ。だからそのへん心配してたんだけどな。
どこに出しても恥ずかしくない薄紫髪の美少女でしたよ。えっへん。
「他に入ってるのは、魔道書にお金に干し肉にお水、あとは召喚の水晶、か」
装備はメイジテイマーの定番の革鎧にローブと魔法の杖、こんなものか。
あ、そうそう、テイマーは大きく分けて2つの種類があるんだ。
バードテイマーとメイジテイマー。
バードテイマーはその名のとおりバード技能を取得したテイマーで、もともとのペット使役スキルに加えて、目の前のモンスターを音楽を用いて扇動したり怒りを静めたりと、徹底的に生物のコントロールで戦闘を行うスタイルだ。
およそ対モンスターの乱戦となったらバードテイマーにかなう職はない。なにしろ襲ってくる敵を次々と無力化して自分の手下として従えることができるのだから。当然だがパーティメンバーとして大人気で引っ張りだこである。
対して、Mintも含めたメイジテイマーとは、これまた読んで文字のごとくだが、魔法遣い技能を高めたテイマーである。こちらの強い点は、ペットがいなくても魔法遣いとしてそこそこいける点。
上級者向けのダンジョンにはペットの効力が薄いところや、バードの能力が制限されるところが少なくない。メイジテイマーであれば、そこでも最低限の活躍は期待できるのである。
「どっちも、ゲームでの話なんだけどね」
なにせ声がかわいいから不必要に独り言が増えるのはやむをえない。
だって聞きたいし。もっと話したいし。
「現実となったこの世界では、どうなっているやら」
言いつつキョロキョロ。よし、あの子にしよう。
野生の馬がのんきに歩いていたので、調教してみることにした。
本当にテイマーとしてここに立っているのか確認したい。
「そこのあなた。わたしの話を聞いて」
テイムを開始すると何やらスイッチが切り替わった気がする。
喉の奥から歯の浮くようなセリフが無意識にポンポンと飛び出してくるのだ。
「一目見てあなたの虜になってしまったの。ううん、うそじゃないわ、あなたのその鍛え上げられた無駄のない肉体美に、一目惚れしてしまったの」
ちなみに、もとのゲームでもテイムを始めるとこんな感じなんだよ。
牛や馬はもちろん、ドラゴンまで口先だけのテキトーで丸め込もうとするんだ。
「だから、わたしと絆を結んで。おねがい」
――テイムに成功しました。
お? 空耳だろうか。変な声が聞こえてきたな。
「ぶるるるる」
「よしよし、おいで。わたしをその背中に乗せて?」
うん、間違いない。Mintはテイマーとしてここにいる。
「じゃあ、行こうか」
「ぶるる」
野良ヒーラーの言うことが正しければ、ここはアイゼンリッカ街道だ。ということは、北上すればケロキの村があるはずだ。それほど大きくはないが店も宿屋も揃っているはず。まずはそこへ向かおう。
ところで、少し経って気がついた。
ゲーム内ではものの数分でたどり着く街も、馬に乗って歩くとなるとそうはいかないのだと。
辺りはどんどん暗くなってくる。もちろん街灯など一本もないのだから、これ以上進むのは危険だ。丁度いい空き地を見つけて、そこで馬から下りる。
「今夜はこのへんでキャンプをしましょうか」
「ぶるる」
前世(?)の自分は徹底してインドア派だったもんだから心配だったんだが、テイムのスキルが使えたように、この世界では基本スキルの野宿用知識に不足はなかった。
枯れ枝を集めて焚き火を起こして暖を取る。少し落ち着いた
あ。俺は干し肉があるが、馬の餌がないな。
「お馬さん、ごめんね、明日村に着いたらごはんあげるからね」
「ぶるる」
ああ、やっぱりMintはかわいいなぁ。
どうしても声に出すとなるとかわいく話してしまうぞ。
しょうがないよな、かわいいもんな。
長年のMMOプレイヤーであれば自キャラへの愛着の強さには共感してもらえるところだろうと思う。決して俺が変なのではないのだ。
あ、そうだ。今のうちにもう少しテイマーのスキルを確認しておくか。
「お馬さん、わたしを守ってね」
「ひひーん!」
よし、使えた。ガード命令成功。
これで寝ている間に何者かが襲いかかってきても、馬が守ってくれる。
まあ、あくまでもただの馬だからな。普通の小動物ならともかく、魔物が襲ってきたら勝ち目は無いが。
そんなことを考えている間に、だんだん眠くなってきた。
さすがに非日常的すぎる経験だもんな。
これがすべて夢だったら……ぐぅ。
「ぶひひひひひひぃんん……」
「って、え? え?」
「グオアアアア」
きたの、魔物きちゃったの?
なんだ何がきた? って、馬は……あ。
「お馬さん……ごめん。ごめんなさい」
当たり前だ。人間に比べて身長は3倍近く、体積に至っては10倍近い巨体に、どうして馬が勝利できるだろう。
深く悔やんだが、すべては後の祭りだ。