001:Climax Onlineの終焉
「VRMMOなんてあと100年は無理じゃないか」
誰かがそんなことを言っていた。
かつて、夢の世紀と待望されていた21世紀。
いまから30~40年も前の本に描かれた2001年の世界は、まさにSFと見まごうばかりの光景に彩られていた。
果てなく広がるメガロポリスの摩天楼を縫うように張り巡らされた透明チューブの中を疾走するのは、最高時速数百キロの自走電動エアカーだ。シートに腰掛けて行き先を告げるだけでどこにでも運んでくれる。
人間の生息圏はもはや地球にとどまらない。人工の大地であるスペースコロニー、月面都市、果ては火星移民まで実現してその版図を際限なく広げていた。
高度な人工知能とそれが操るロボットたちの発展は、人々を労働から解放し、食糧問題も貧富の格差も、なにもかもが解決されている理想郷だった。
翻って、現実はどうか。
自動車は未だに石油を燃やしてゴムタイヤで走り、自動走行は未熟で容易に人を死に至らしめる。
火星移民どころか、月面着陸までロストテクノロジーと化してしまいそうな宇宙開発の低迷。
単純な計算だけは得意なAIは発展したものの、ヒトの友達になれそうなアンドロイドの登場は予想もつかない。
労働条件は悪化の一途を辿っているし、貧富の格差にいたってはもはや言葉にする必要すら無い。
もちろん、コンピューターゲームだって例外じゃない。
そのはずなんだがな。
なのに、オレは……いや「わたしは」と言うべきだろうか。
気がつけば、イシ・ムボール大陸の大地に立っていた。
おっと、説明が必要だろうな。
『イシ・ムボール大陸』と言われても『Climax Online』のプレイヤー以外には初耳に違いない。
COは世界最古のMMORPGにして最長のサービス期間を誇った伝説的なネットゲームだ。
うん、勘のいい人は気がついたと思う。そうなんだ『誇った』なんだ。
つい昨日、サービスが終了したはずのゲームなんだ。
オレは今まで見送ってきた多くのMMOの最終日と同様に、このCOでも最後を惜しむプレイヤーたちとサーバーダウンの時間までずっと思い出話に花を咲かせていた。
「まさか、このCOが終わるなんてね」
「なんだかんだと永久に続いていくような気がしてたよな」
「て言っても、この5年くらいの過疎っぷりはハンパじゃなかったもんな」
「さすがに赤字やべえんじゃとみんな思ってたわ」
「俺が始めた頃はどこに行っても人・人・人でさ、狩りもろくにできなかったね」
「あとPKな。『犬も歩けば赤ネームに当たる』って感じでさ」
「さすがにやる気失せるくらいだったよな、多すぎた」
「だけど一番やりがいがあったよ、そこからどんどんヌルゲーになっていってさ」
こういう場合はどうしても「昔はよかった」になっちゃうもんだよね。現状のルールもそれなりにいい部分はあるんだろうけど、やっぱり全盛期のゲームを知っていると、そこが理想に思えてしまうんだ。
「このゲームも20年続いたか。俺らもすっかりおっさんだよな」
「ま、サービス初日からやってる廃人だしな、でもMintさんは5年くらい前からだよね。何才になった?」
「え、あははははは。そういう話は~~^^;;」
「おいおい、マナー違反だろ、最近のガキプレイヤーみたいな出会い厨やめろ」
「いっけね。悪い悪いw」
そうだよ、後ろの人などいない。それがMMORPGだ。
ん? なに? そうだよ。
Mint is オレ!
かわいい女の子テイマーキャラだがなにか。
は? ネカマ? ちげーし。
これ、RPGだし!
近頃の連中はこんな区別もつかなくて困るよな。
……ん。まあ、ね。オレはおっさんよ。
5年前に始めた? hahaha.....
5年前に始めた体でキャラを作り直しただけの、20年プレイヤーです。
やっぱりネカマだろうって? だからちげーし!
そんなこんなでバカ話を続けていると、時間はあっという間に経過する。
「20年の長い間『Climax Online』を愛してくださってありがとうございました」
ああ、ラストのGMメッセージか。この世界も終わるんだな。
「みんなおつかれ」
「あー、マジ終わるんかー!」
「今更なにをw」
「つらいですね、やっぱり」
「あ、Mintさん、次のゲーム決まったら教えてね」
「俺にも俺にも。メッセ待ってるから」
「は~い、わかってます」
やっぱMintモテモテだよな。フフン。
「このあと午前0時をもって、サーバーダウンの時間となりますが、みなさまの今後のご活躍をお祈りしています」
なんか、ちょっと変わったメッセージだな。海外ゲームだからだろうか。
「カウントダウンをはじめます。5,4,3,」
『じゃあみんな、また別のゲームで』
『またな』
「2,1」
――Server disconnected