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逢魔外道  作者: 名藤える
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一章 寄生7

 土手沿いの側道。主に農道として舗装された道路が伸び、その周囲は畑と木像の民家や工房建物のみで、あまり人通りは無い。更に言えば、普通ならまだ学校の刻限である。

 この剣呑な雰囲気を見咎め、然るべき公的機関に通報するという当たり前の展開は期待できそうにない。

 もっとも、当の本人にはそういう発想自体、湧いてくる余裕がないのだが。


 地面を蹴る音が聞こえた。

 風を切るような音が続く、

 だが、何よりも耳に響くのは『咆哮』と『哄笑』―――


(すっごく楽しそうだなぁ)

 などとボケた感想を漏らしている場合では無論、無い。

 兇悪な拳が飛来する。その恐怖に息をのみながらも、すれすれの差で誠は顔を反らす。大振りの拳はその鼻先に見えない風を掠らせ、行き過ぎ、そして、刹那の停止後、眼前に肉薄してきたっ。


「くっ!」

 見事な不意打ちの裏拳に驚愕しつつも、スウェイバックでかわす誠。僅かに反れた体勢の脇腹に一瞬『怖気』が奔った。上半身は完全に伸びきったままの状態。そこに叩き込まれるのは『蹴り』か『拳』か。

 グゥオッ!という文字通り風巻くうねりを伴った蹴りが、誠の()()()炸裂した。またも、その身体が宙を舞う。

 無様に吹っ飛び、地面に転がるように着地した誠を見る浅倉。

 その目にあの『笑い』の色はない。

 むしろ、感心、いや驚愕?いや…『戸惑い』の表情に近い。

 恐らくだが、初めて感じる感情なのだろう。


 振り上げた右腕を叩きつけるように振り下ろし、それを避わされると、即座に上半身のバネを以て巻き戻すように高速の『裏拳』を放った。それすら空を切ったとき、浅倉は愉悦の笑みと共に決着を確信した、はずだった。

 上方へと伸ばしきった腹筋にこれ以上無い一撃を食らわせる。それも肝臓の直上に。回避など出来るわけがなかった。はず、だった。

 だが――必殺の蹴撃は胸部をガードしていた誠の右腕に当たった。屈んだのではない。そんなことで間に合うタイミングではなかった。


 ―――落ちた、のだ。


 いつもなら、三回、いや五回は『殺して』いたはずだ。それだけの『興奮』があった。それだけの『勝機』だった。

 だが、それを全て避わした。

 それも最後は、自分で足を滑らせて。

 そう。伸びきった上半身の屈伸では決して間に合わないタイミングを、誠はわざと足を滑らせ、所謂『尻餅』を着くような感じで身体を落としたのだ。そして肘を曲げた利き腕の防御でもって浅倉の兇蹴を受け止めた。吹っ飛んではいるが。

 頭で考えたのなら、凄まじい反応だが、この男はむしろ、直感で動いたタイプ。


「いや……違う……」

 浅倉が低く呟いた。この狂犬のような男の瞳に初めて理知的な光が灯っていた。

 直感と言えば言えるかもしれないが、この男の場合は少し違う。そう感じた。

 今までこんな平然とケンカしたヤツはいない。

 ここまで『天然』なケンカをしたヤツは。


「ただ、なんとなく、だ」

 そう、その表現。それが一番しっくりくる。

 緊張も恐怖もない。ただ何となく動いた結果、こいつは『避けた』のだ。

 あるがままに、自然に。ただ何となく、コイツは闘った。

 いや、『闘って』いるという認識すら無いのではないか?そう思わせるくらい、この男は『天然』だった。


 ふっ、と。浅倉の唇が歪んだ。二度、三度。そして、溢れた。

「ふはははははははっはっははっハハハハ」

 哄笑が止まらない。留まらない。堪らない。溜まらない。

 これほど哄笑ったのはいつ以来だ!

 こんな面白いヤツは何年ぶりだ?

 とめどもなく笑い続ける浅倉の脳裏に、一瞬、一人の男の姿が過った。


「――――――っ!」


 呆気にとられた顔で、笑い続ける浅倉を見ていた全員が、更に呆気にとられた。いきなり笑いだした浅倉が、これまた突然に笑いを止めたのだ。

「……なんなんだ?……あの男は………」

 ころころと態度の変わる浅倉に、城戸が疲れたように息を吐いた。

 確かについて行くには激しすぎる変化であった。いろんな意味で。

 だが、今度の変化は恐らく最大級に剣呑な変化かもしれない。


「オマエぇぇ……そうだ……オマエはぁぁ」

 低い、どころか重いとすら言えそうな声が誠を射ぬく。肉食獣の唸り声。それも最高潮に達したときのような威圧感。危機感が誠に湧き上がってきた。


「あ、あのぉ……ちょぉっと、シャレにならないレベルで怖いんですけど……」

 相変わらずの素ボケなセリフ。だが、実際誠は本心で危険を感じていた。

 狂気、殺意。

 そんな形無きものが目の前の男から吹き付けてくるのを、肌で感じたのだ。


 二人は微動だにしていない。すぐにも飛び掛かってきそうな浅倉と、それを即回避しようと凝視する誠。だが、二人は微塵も動かない。摺り足1つもしない。

 しかし、逆にそれが緊張を生む。浅倉は何の挙動も見せずに、一足跳びで誠の喉笛を噛み千切りにくるだろう。そして誠もそれを感じている。だから、目を離せない。

 僅かでも視線を逸らせば、もう死んでいる。そう察したのだ。

 瞬きすら忘れて、数秒。

 微かに眼に痛みが湧き始めたとき、奇妙な重低音が鼓膜を震わせた。


(エンジン音………?)

 オートバイの音が聞こえた。だか、それを確認することは今は出来ない。通りすがりのバイクに気を取られていい状況ではないのだ。

 近づいてくるエンジン音。この光景を見て、どうするだろうか?とりあえず通りすぎて、警察を呼んでくれるのが、一番堅実で建設的だ。

 下手な正義感やお節介では、逆に浅倉に食い殺される。


 誠は浅倉から目を離さない。

 浅倉も誠から目を離さない。


 いよいよ近づくエンジン音。このバイクは二人のどの位置を通過するのか。誠の注意はその一点だけをバイクに割いていた。それ以外はバイクに意味はない。

 だが、誠の予想を覆す行動をバイクはした。

 エンジン音にブレーキ音が重なったのだ。


(介入する気ですかっ?)


 排気音からして大型のバイクのようだが、地面が挙げる悲鳴のような音からして、並のスピードではなかったのだろう。凄まじいブレーキの叫び。と、その中に混じる声。


「――ォォォトォちゃゃゃゃああぁぁんんん」


 ぴしっ、と。

 オートバイの産み出す『音』とは違う『音』を鼓膜に捕らえ、誠は脳ミソにヒビを入れた。

 耳慣れた音、もとい、『声』

 振り向きたかったが、先刻までとは別の理由で誠は動けなくなっていた。

 浅倉が視線を逸らした。流石に気になったのだろうが、迫り来る大型バイク・ハーレーを見る目が、段々と訝しげなものに変わってきた。

 急ブレーキで車体を傾倒させながらも、安定した姿勢制御でハーレーが接近する。後ろにもう一人乗ってるわりにはスピードが出ていた。そして、その後部シートの人間が場違いにも手を振りながら何かを叫んでいた。


「ま、こ、と……?」

「そう聞こえたな。おれにも」

 恵の呟きに秋山が応じた。


 そして、ハイスピードのハーレーが止まった。恐ろしいまでの急停車。だが、姿勢制御になんら問題は無い。ピタリと止まった。

 ……バイクは。


『なぁあっっ!』

 土手上の全員が叫んだ。慣性の法則に則って、バイクから投げ出された人影を見て。


(じ、自滅ゥ……?)

 あの猛スピードの中、手なんか振ってるからだ、などと突っ込む者はいなかった。高々と放り出された人間を見て、そんなことを思ってられなかったのだろうが。

 だが、そんな真っ当な心配は全く無用だったと秋山達は知る。むしろ『心配して損した』と溢しても許されるだろう。

 空中に舞い上がった人影。だが、それはサーカスのピエロよろしく、或いは中国雑技団の少女の如く、華麗に空に弧を描いた。一瞬嘆息する一同。しかし、次の瞬間、戦慄した。

 空中で一回転した人影は、真っ直ぐに身体を伸ばし一本の矢の如く地を目指したのだ。着地点、いや、『標的』は――浅倉!


「チィッ!」

 一瞬早く気づいた浅倉がその場を飛び退く。ピタリと寸分の狂いも無くそこを抉る人影の足。そのまま、その場に膝を着いた姿勢で着地した。


「なんだ?キサマはぁ」

 怒気も露に問う浅倉。眼前に降りて来たのが女であることは既に判っている。ヘルメットを被ってジーンズをはいているが、上半身の胸の膨らみは男のものではない。

 ゆっくりとヘルメットを脱ぎながら、彼女は立ち上がった。小麦色の肌と短く切り揃えた髪。それに猫を連想させるその目から、予想通りの闊達な元気娘の印象を受ける。

 二十歳くらいだろうか?少し前なら『美少女』と呼ばれていたであろう整った顔立ち。

 一同(主にオトコ衆)がまたも嘆息を漏らした。

 そんな土手上のギャラリーはともかく、彼女は脱いだヘルメットを左手に抱えると、おもむろに胸を張り、右手を持ち上げた。そのまま、ビシィっと朝倉を指差す。

 ノリで言うなら一昔前の美少女戦士の登場シーンに類似するが、誰かがそれを突っ込む前に、彼女が叫ぶ!


「ちょっとアンタ!なにマコっちゃんイジメてんのよっ!」


 ……誰も突っ込めなかった。

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