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逢魔外道  作者: 名藤える
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一章 寄生6

 空中にいたのが約二秒、鼻先から地面に当たりそうになったのを反射的に身を捻って受け身をしたのが、その一秒後。しかして、その直後に体験した『回転降下』は果たして何秒だったのか。


「ぶべばぶぼぼぼほぉぉ」


 雑草が好き放題に伸びまくった土手の傾斜は、肉体にかかる衝撃を緩和してはくれるが、目やら鼻やら耳やらには全く手加減してはくれなかった。

 いや、むしろ攻撃的だったと言っていい。せめて口だけは守ろうと思っていたが、鼻と耳の穴に忍び込む草の攻撃は、痛みと同時に『笑い』を強制するくすぐり効果まで付与されていた。

 つまり、口も『開いちゃった』わけである。

 時間的には数秒で、ある程度均された河川敷まで行き着いたのだろうが。誠本人にしてみれば、洒落にならない生き地獄を延々味わった気分だ。


「ぶへっ!プッ!ぺっぺっ」


 口のなかに入った草やら砂やらを必死に吐き捨てる誠。下手な絶叫マシンよりもよほど生きた心地がしなかった。一歩間違えれば死んでいたのではないか?と今更ながら冷や汗が出る。


「本気で殺す気だったのかな、あの人…って、ちょっとっ!?」


 何気に見上げた坂の上。

 聞こえてくる哄笑と、目に映る非常識な光景――ほとんど垂直と言っていいその坂を爆走する狂人の姿。

「ハッハァァ!」

 狂喜する金髪の獣。急傾斜を一気に駆け降りた浅倉はなんの躊躇いもなく、無論ブレーキなど考えることもなく、誠に向かって右足を蹴り挙げた。


「クッ!」


 凄まじい勢いを全て右足に収束させた浅倉の蹴りは、誠の上半身のど真ん中を捉えていた。咄嗟に両腕でガードしたように見えたが、関係無いとばかりに蹴りあげる。

 鈍い音が響き、誠の身体があろうことか宙に浮いた。


『なっ!?』

『キャアァァ!』


 土手の上から驚声と悲鳴があがる。当然だろう。人間の全身が1メートル以上舞い上がる光景など映画以外で見ようとするなら、交通事故の現場にでも居合わせるくらいしかない。

 そして今、彼らのクラスメートがそうなっているのだから。

 空中で仰け反るように身体を開き、誠は背中から地面に落ちた。衝撃で咳き込むように嗚咽を洩らし、すぐさま立ち上がろうと地面の上でのたうつ。


「ほぅ」


 感心したように浅倉が誠を見た。相変わらず面白いものを見るような目で笑っているが、嘲っているわけではない。

 ―――楽しんでいるのだ。


「大したもんだ。今のを食らってまだ、それだけの元気があるなんてな。やっぱり面白ぇぜ、オマエは」


 堪えきれずにまたも笑い出す浅倉の視線の先で、誠が辛うじて身を起こした。息を切らし両腕をダランと垂れ下げている。まるで腕に力が入らないかのように。


「……折れてなきゃいいが」

 土手上の秋山がぼそりと呟いた。驚いたように城戸達が振り返る。

 誠を助けに行きたいのは山々だが、この傾斜は、ハッキリ言って安全に下りられる坂ではない。そして、ここには奈々と恵という『女の子』がおり、尚且つ問題の不良が二人残っている。この二人が何をするが判らないこと以上、秋山達はこの場を動く訳にはいかなかった。


「ヤバいのか……?」

 誠の腕が、とまでは口にしない。この位置から、そんなことが判るほど城戸はケンカ慣れしてはいない。その意味では、秋山の方が詳しいだろう。正直、あの浅倉とやらの相手が誠ではなく秋山だったら、さほど違和感が無かったかもしれない。


「よくは判らん。だが、分が悪いのは確かだ」

 楽観的な答えなど秋山は口にしない。不用意に不安がらせる気はないが、かと言って確証もなく安全を保障するする気もないのだ。ただ、実のところ誠の腕が折れている可能性はないと踏んでいる。


(やっぱり……大したヤツだ)

 前々から気にはなっていた。『日下部 誠』の運動能力は。

 いや、むしろ『本能』の方か。

 普段はどうにもトッポイ印象が強く、実際人畜無害にしてお人好しで天然の素ボケ小僧なのだが、時折、信じ難い鋭さを感じさせるときがある。しかも、本人にその鋭さの自覚が無いあたり、正真正銘の『天然』であった。

 そして、今も。

 浅倉の兇悪的な蹴撃に対して、誠は派手に吹っ飛んだが、実際にその腕にかかった負荷は本来の何分の一か。


(蹴りの打点をずらしやがった……)

 浅倉の蹴りはそれまでの加速の勢い全てを、相手に叩き込むはずだった。だが、誠はその蹴り足に向かって自ら上体を倒れ込ませ、尚且つ両腕を交差させた状態で、浅倉の足が振り上がり切る前に受けた。

 つまり、その威力の大半は殺がれていたのだ。


(とは言え、それでもあの威力か……ケダモン通り越してバケモンだな……)

 並の脚力なら誠の防御で逆にあしをヤラれていてもおかしくない。だが、実際には60キロ近い誠の身体を軽く吹き飛ばした。こうなると、誠の防御もあったのかどうかさえ、首を傾げたくなろうというものだ。

 もっとも、そこまで気づくのは秋山ただ一人なのだが。

 それより問題なのは、この場をどう片付けるか、である。

 軽く視線を巡らし、秋山は不良の残り二人を窺った。最初見た感じでは、首謀格は誠に絡んできた長身の制服のようだが、事態は既にこの男から離れている。と言うか、置き去りにして、浅倉の好き勝手と化していると言っていいだろう。

 現にこの二人も遥か土手下の『ケンカ』に目を奪われたまま、なんら動きはない。むしろ、この二人を警戒してこの場に残った自分がバカに見えるほどだった。

 今なら、奈々達をさつさと逃がして、誠の加勢に行くことも出来るかもしれない。

 が、それが可能かと言えば、まず無理だ。

 自分の結論に怒りを覚えつつも、秋山は表情を崩さない。隣の城戸も誠の様子を不安げに見詰めている。のこりの女子二名も然りだ。


(こいつらが、大人しく『逃げる』わけがないな……)

 追い詰められた級友見捨てて、自分だけが逃走するような思考はこの三人にあるはずがないのは、よっく解っている。だが、彼らに誠を助ける力は無い。そのことを本人達も判っている。ではどうするか?

 どうもしない。出来ない。見つめるだけだ。

 悪意は無い。

 力も無い。

 だが、卑怯でも無い。

 つまり―――


「――ガキ、なんだよな」

 実にミもフタも無い呟きが掠れた声で紡がれた。


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