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逢魔外道  作者: 名藤える
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一章 寄生5

 右拳を押さえながら佐島鷹彦は誠を見ていた。自分が殴ろうとしていた小僧を。

(な、なんだ?今のは…)

 渾身の一発が決まるはずだった。小僧の奥歯を圧し折るくらいのパンチが、命中する寸前、高電圧の壁に弾き飛ばされるのを鷹彦は見た。

 蒼白い火花が激しく飛び散り、自分の拳を拒絶した。今も右手が鈍い痺れを訴えている。

「テメェ…何しやがった!」

 怒りを込めて鷹彦は誠を睨み付ける。得体の知れない『力』を使ったのかと、一瞬よぎった恐怖を誤魔化すように声に力を込めて。

 だか、当の小僧は当惑に満ちた表情で自分を見つめ返していた。トボけているなら大した嘘つきだが、周囲の反応からしてそうではないらしい。全員が同じ表情を浮かべていたのだ。

(いまの『火花』が見えていたのは俺だけなのか?)

 信じがたい推測に言葉を失っていた鷹彦に、金髪の男が近づいてきた。何が可笑しいのか、ニヤニヤと喜悦じみた顔で鷹彦と誠を眺め見ている。

「何がどうなったのか知らんが、オマエがやらねぇならオレが貰うぞ」

 未だに立ち上がらずにいる鷹彦の横を通りすぎながら、金髪男が言った。既にその眼は誠だけを見ている。獣のような狂った眼で。

「あ、浅倉っ!気を付けろっ、そいつは――」

 何かヤバい、と言い終わる前に金髪の左手が誠の襟首に伸び――

 ――掴んだ!



 突然倒れ込んだ男を見ながら、呆気にとられていた誠にその男は怨嗟にも似た感情を込めて叫んできた。

「テメェ…何しやがった!」

(何って?なに?)

 さっぱりワケの解らない展開に言いがかりだと文句をつけることさえ思い付かない。ただ、目の前の男が何か特別なものでも見たかのように、喰ってかかってきただけなのだ。

(――特別な、もの?)

 一瞬、何か引っかかるものを感じた。自分には気づけない何か、に心当たりがあった。

(さっき秋山が言ってた『放電』……)

 澄華の部屋では自分だけに起こらなかったこと。それが今回は自分だけに起こったのか?

 などと考えている間に、物騒な声が聞こえてきた。

「何がどうなったのか知らんが、オマエがやらねぇならオレが貰うぞ」

 金髪の男がこっちに向かってくる。よりにもよって一番危なそうなヤツが。

 獰猛な肉食獣を思わせる眼に、さらに狂った獣のような笑みを浮かべている。反射的に逃げようとして、背後の奈々と恵が腰を抜かさんばかりに立ち竦んでいるのに気づいた。

「ちょ、逃げ――」

 誠の言葉より早く制服の男の声が響いた。

「あ、浅倉っ!気を付けろっ、そいつは――」

 やっぱり何か特別なものがあったのか、と思わせる注意の声。だが、それを言い終わる前に、浅倉と呼ばれた男の左手が誠の襟首を掴んだ。

「あン?なにも起きねぇじゃねぇか」

 この男自身も、誠の周囲になにか特別なものでもあるのかと思っていたらしい。何の障害もなく触れることができたことに憤りに近いものを感じているようだ。

(それにしたって、何の躊躇いもなく手を出せるものなのかな?それに…)

 掴まれている襟をほどこうとしながら、誠は驚き半分呆れ半分に呟く。

「なんて…握力…」

 この男は片手で、誠の身体を爪先立ちの状態まで持ち上げているのだ。

 胆力筋力共に、およそ常人のものではないのかもしれない。

「まぁいい。オマエ、その目だ。その目が気に入らねえ。どこかで見たような目だ」

 息が掛かるほどの位置から浴びせられる理不尽な台詞。インネンつけられるにしても、ここまで露骨にして納得しかねるものも無いだろう。

「死ね」

 更に理不尽極まりない上、端的に過ぎる一言。

 同時に不思議そうな振り上げられる右拳を視界に捉え、誠は確信した。

(この人――本気だ)

 正真正銘、混じりっけなしの殺意が声と拳に宿っていた。

 背後の女生徒二人がいるため、後ろには退がれない。それ以前に振り切れるような握力ではない。

 風を切る音さえたてて、男の拳が迫る。

「クッ!」

 ドンッという音と空を切る音が同時だった。「おぉ?」と呻きながら態勢を崩す男。誠は拳を防ぐために男めがけて体当たりをしたのだ。普通、追い詰められるた人間は横か後ろに逃げ場を求め、そこを断たれると思考が中断する。『前』に活路を見いだせるのはごく希だ。その意味でこの行動は十分に男の虚を突いていた。だが、この男、浅倉は誠の襟を離してはいなかった。

「ハッハァァ!」

 楽しげな声を挙げて浅倉が左手に力を込めた。誠の身体が宙に浮く。浅倉よりは低いとはいえ、さほど変わらぬ体格の人間を片手で投げ放つなど、およそ信じられない真似だった。やられた誠にしてみれば、悪夢以外の何物でもない。

『なっ!?』

『キャアァァ』

 その場にいた秋山達が思わず叫んでいた。奈々たちは完全に悲鳴だ。

 彼らがいた川土手の道路は二車線分の幅こそあるが、その両端は急傾斜の坂になっている。雑草で埋め尽くされているとはいえ、下までおよそ12メートル。決して安全とは言えない。そこに誠は放り出されたのだ。

 下手をすれば死にかねない。

 だが…

「面白ぇ…面白ぇぞ、アイツは……ハッハァァ!」

 声を失くしている秋山達になど目も向けず、浅倉は喜悦極まりない声を挙げて、即座に駆け出した。

『なっ!?』

 全員の驚愕が重なった。傾斜角度80度はあろうかという坂を駆け降りる浅倉。何の迷いもなく走り下りるその後ろ姿に、全員が狂った獣の極みを見た気がした。


「トンでもねぇバケモンだ…」


 仲間であるはずの鷹彦達でさえ、城戸の呟きに頷かずにはいられなかった。




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