一章 寄生4
橙色に染まりつつある川の土手を五人は歩いていた。
澄華の家を出てから十数分、誰も口を開いていない。突然の放電現象。それを自覚したのは、誠を除く五人だけだった。悲鳴を聞いて駆け込んできた北岡にも澄華の母親にも、何が起きたのかは判らない。
ただ、呆然とする五人の様子から、早急に帰らせた方が良いと、北岡は判断した。何が起こったのか訊くには、あやふやな危機感を澄華達から感じたのだ。
特に外傷や自失に陥っている様子もないため、五人は促されるままに武内家を出たが、やはり動揺しているらしく、黙ったままだった。
「……………」
沈黙する四人の脳裏に先程の光景が甦っていた。
突然全身から抜け出るように発生した蒼白い電気の火花。特に痺れたわけではないが、視覚的にはひどく衝撃的だった。映画の特殊効果のように全身に帯電したそれは、すぐに自分の身を離れ、ある一点に向かって収束していった。他にも同じような電気の群れが、やはり同じ場所に疾るのが見えた。数は自分のも含めて、四つ。
四つの電気の群れは、ただ一人の身体に襲いかかり、そして、消えた。
まるでその人間の中に吸い込まれたかのように。
その人間――
『武内澄華』に――
「………」
不意に、秋山が何気なく右手を上げた。無言のまま隣にいた城戸の肩に触れる。
「わぁぁっ!」
過剰な驚声があがった。思わず全員がビビる。
「大げさな」
秋山の低いハスキーな声が、呆れたように城戸を責める。反射的に赤面した城戸が、間髪いれず食って掛かるが、例によって秋山は相手にしない。
「おいコラ、待てよ」
無視を決め込む秋山の肩に今度は城戸が手を掛ける。はたで見ていた奈々と恵が思わず息を呑む。
が、何も起きなかった。
「あ…」
城戸の呟き。自分で触れてから、その行為の恐怖を思い出したらしい。
奈々と恵も安堵の息をついていた。同時に不思議そうな表情も浮かべている。
「よくわからんが、別に再発したわけではないらしいな。いつまでも気にしていても、意味は無いだろう」
落ち着き払った態度で全員を一瞥していく秋山の視線が、誠で止まった。
いったい何が起こったのかさっぱり、という顔。
数秒だけ考え、秋山が答えた。
「接触すれば、また感電すると思ったのさ。さっきの武内のときみたいにな」
「さっき?」
問い返す誠に全員の視線が集まった。
武内澄華の部屋で起きた現象を、誠は理解していなかった。突然悲鳴を挙げて、それから誰も口を利かないのを不審に思いながらも、追求できない雰囲気に戸惑っていたと説明する。
秋山達も思い出していた。あの時、電気の群れは四つしかなかったことを。
「お前だけが、あの放電現象を受けてないってことか…」
誠を除く四人が電気の群れを放ち、澄華がそれを受け止めた。あの部屋に在って、誠だけが何の反応も無かったということだった。
「いったいなんで…」
「それは『どっち』の意味で言っている」
「そりゃあ……ン?あれ?」
放電現象のことが、誠だけ無反応だったことか。自分の質問に自分で悩み始めた城戸を、秋山はあっさり切り捨てる。
「悩むだけ無駄だ。それよりさっさと帰るぞ。妙な奴らがいやがる」
剣呑な声音で後ろを振り返る。つられてその視線を追った全員が顔を強張らせた。
(不良だ)
目付きの悪い男が三人、こちらを見ていた。
三人のうち二人はウチの高校の制服を着ているが、一人は違った。白地に黒の斑模様のジャケットを羽織り膝の破れたジーンズ。金髪に近いくらいまでに染めた髪はだらしないくらいに長く、しかもそれが天然パーマのように上向いているため、ライオンの鬣のようにも見える。だが、なにより危険を感じさせるのは眼、だった。ギラついた双眸は明らかに暴力に魅入られた狂気の輝きを放っている。近づくどころか、目に映っただけで噛みついてきそうな雰囲気ある。
そしてその眼は、明らかにこちらを捉えている。
「な、なんか……ヤバくない?」
誠の後ろに隠れるように奈々が呟いた。さらにその隣に引っ付くように恵が頷いている。
早々に立ち去った方が良いのは明白だった。が、とき既に遅し。連中は真っ直ぐこっちに向かってきた。
「オマエ等、武内澄華の家から出てきたよなぁ?」
質問というより、確認という感じで声を掛けてきたのは金髪ではなく、制服の男の方だった。背はもう一人の制服より高い。三年生だろうか。嘗め回すような視線は明らかに『絡む』のを意図している者の目だ。
「どいつだ?」
いきなりの問いかけ。この男の中では、誠達が澄華の家から出てきたことは確定事項だったらしい。しかしそれにしても、だ。この質問はあまりに端折り過ぎというものだろう。
「な、なにがですか?」
当然の返しを誠はした。無視すれば良いものを、という視線を秋山が向けていたが、今更しょうがない。相手は既に口を開いている。
「アイツの男だよ!」
「え?」
思わず声を漏らしたのは誠だけだが、全員が呆気にとられたのは間違いない。
澄華に彼氏?
全員がそういう顔を浮かべていた。超オクテの純情少女の典型である澄華に彼氏がいたなど、寝耳に水であった。
だが、やはり男は勝手に話を進めていく。
「知らねぇはずがねぇだろ!毎朝アイツと仲良く登校してるヤロウだよ!」
「へ?」
「ウソ?」
「――ッ?」
「マジ?」
「ホント?」
五者五様の声を発したが、四人の視線は全て誠に向かう。当の誠だけが身に覚えのない言われ様に、ただ呆然としている。
「チョットチョット……いつの間にそんな関係になったのよ?」
「一緒に登校してるのは知ってたけどぉ、そこまでイッテるなんて聞いてないわよ」
囁きに近いくらいの声で、奈々と恵が誠を小突いた。
「いや…僕も何のことやら……?」
本気で戸惑っている誠の様子に、奈々達四人は納得した。勘違いだと。
「まぁ、そんなとこだろうな」
秋山が独りごちた。確かに二人をよく知らない人間が見れば、仲良く通学する誠達が『付き合ってる』と思うのも無理はない。というか、これで付き合ってないというのも変な話ではある。
が、実際のところ、この二人は『変』なのだから仕方ない。
しかし、事実がどうであれ、この厄介な輩が引き下がるかどうかと言えば、否、だ。
「テメェか?」
案の定、誠達の反応からアタリをつけたその男は誠ににじり寄った。言うまでもなく、その眼は絡む気全開であった。
「あ、いえ、確かに登校で一緒になりますが……」
ヴゥンッ!
「わっ!?」
返事の途中で拳が飛んで来るのを見た誠は、上体を反らしてそれを避けた。真後ろにいた奈々が小さな悲鳴を挙げたが、辛うじて転倒せずにすむ。
「ち、ちょっと待ってください!誤解です!話を――ッ?」
説得を試みる誠に耳を貸すことなく、男の追撃が目の前に来た。咄嗟に避けようとしたが、背後の奈々の存在を思い出し、諦めた。この一発は受けるしかない。
奥歯を噛みしめ、衝撃に備える誠。だが、その直前で男が苦鳴を挙げて仰け反った。
「え?」
目の前まできていた拳が何かに弾かれるように遠退き、尚且つ悲鳴じみた声を挙げて後ろに倒れた男を見て、誠は絶句した。何が起きたのか全く理解できない。
周りを見ると、やはり何が起こったのか解らないといった顔が目に入った。
何故この男は倒れたのだろうか。
――『βー1』の傍に《反衝》反応確認
――《着床》サンプル『αー2』と識別
――報告、『αー2』に《過剰共鳴》あり
「αー2に『深度探査|』を設定、『分析』開始せよ」
――了解