一章 寄生2
翌日、いつも通りの時間に澄華は現れなかった。無理もないか、とひとりごち、誠は学校へと向かう。多分、澄華の他にも欠席するものは多いはずだ。
昨日の異変の後。職員室に残っていた教員達が救急車などの手配をし、迅速な対応をみせたおかげで、騒ぎは驚くほど大きくはならなかった。あの場にいた全員の身体の検査や、精神面のカウンセリング等の処置に、近隣の医療機関をフル回転させ、夕方には全員の安全は確認された。幸いにも後遺症の残るような生徒はおらず、身体面での問題はなかった。
だだ、精神的なショックは個人差がある。
病院でも即座の判断は禁物と、本人達の希望に添う形で、昨日は帰宅。翌日、つまり今日は無理すること無く、症状の報告が出来るようなら登校して欲しいというような指示があっただけだった。
無論、それを口実にサボる生徒もいるだろうが、教師達とて責任を放棄するわけではない。当然、午前中に登校してきた生徒達の状態を確認すれば、午後からは、休んだ生徒達の訪問を予定している。
問題なのは異変の原因が、不明であるために、生徒達の心身にどんな影響がでるか判らないことである。教師達にとっても、職務上というだけでなく、『人』として気にかかるのは当然なことであり、はがゆいと思いながらも、彼らができる最善の処置を実行しているのだ。
「おはよう」
教室に入ってみると、やはりいつもより少なくはあったが、クラスメート達が登校していた。理解不能な事故が起こったのは気持ち悪いが、だからこそ、同じ目にあった友達が、どうしているかを皆、知りたかったのだろう。
「確かにまだちょっと、痺れてるような感じもするけど、ただの思い込みって言われりゃ、そんな気にもなっちまうし、な?」
クラスでも体格のいい男子が言った台詞が一番、彼らの心情を表していたかもしれない。
特に感電の痕が残っているわけでもないが、かと言って、神経などの解りにくい部位に致命的な損傷を受けていたら、と思うとゾッとしない。それでも、同じ体験をした仲間といつも通りの会話をしたというだけで、随分と気が楽になるもので、誠もまた、いつものようにくだけた笑顔を浮かべていた。
――30時間経過確認――《着床》未確認
「《探査》続行」
嗄れた低い声がそう呟いた…
二学期二日目は予想通り、出欠と各生徒の状態を問診するだけで終わった。登校してきた生徒達の健康が確認できたのなら、次は当然欠席した生徒達の訪問である。
誠達の二年四組で休んだのは、澄華を含めて十二名。その内の四名が事故判断で病院に行ったという連絡があったため、八名の自宅を担任と副担任がそれぞれ訪ねることになっていた。
「で、あたし達も連れていってもらえるそーよ」
澄華と仲の良い女子生徒二人が、帰りかけていた誠達に声をかけてきた。
彼女達が先生に頼み込んでいたのは気づいていたが、正直OKが出るとは思っていなかった。
「クラスメートが元気でいるのを見れば、精神的にいい影響が出るかもってことでね」
確かに一理あるが、あくまで『お見舞い』という気持ちで行くべきだろうな、と誠は思った。他の級友が元気なんだから、貴女も大丈夫のはず、などと受け取られるような軽はずみな言動はもっての他だ。
「勿論、事前に澄華んちに連絡して、本人の了承も得てるから、先生も快諾よ」
「なんというか、根回し上手って感じだなぁ」
見事な段取りに思わず感心する誠に、意味深な視線を投げつつ、女生徒の一人が言った。
「モチロン、一緒するわよネ!日下部クン!」
「へ?ぁ、…うん」
異様な迫力に気圧されて、誠はどもりながら応えた。初めからそのつもりだったのだが、改めて、というより強調して問われたことで戸惑ってしまった。何か他意でもあるのかと勘繰ってしまう。
「それならいーのいーの」
「そうそう、さぁさぁ、早く行きましょ」
クスクスと、やはり何か意味ありげな含み笑いをこぼし合いながら、女の子たちは誠の背を押して教室をあとにするのだった。