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「ということで、クレイは多分こっち側よ」
私にできる精一杯のイイ顔で言ってやったというのに、ウィルは不機嫌そうに睨んでくる。
「ということで、じゃねぇよ。簡単に信用すんな」
彼は伯爵家の長男という自覚があるのだろうか。早朝で他に人がいないとはいえ、私と話すときは口調が砕けすぎているので少し心配だ。ついでに女の子の頭にチョップするのもやめた方がいいと思う。
「今何か失礼なこと考えてるだろ」
「そんなことないわよ」
察しが良すぎるのも考えものだな。
報告しないと怒るから、ちゃんと昨日の内にウィルに手紙を出して今日はいつもより早く来たというのに、何で朝からこんなに怒られないといけないんだ。
仮に、クレイが魅了の魔法にがっつり掛かっていて私を陥れようとしているのだとしても、クレイ単独あるいはクレイとミリアの2人くらいなら私が相手できる。ミリアの本命はアレクだろうから、私を陥れる作戦にアレクとその周辺の男は巻き込まないはずだ。
それに、何となくだが彼は信じてもいいような気がする。ウィルに言えばまた怒るから言わないけど。
「全面的に信用する訳じゃないわ。でももう約束しちゃったもの。今度の討伐実習には彼も入るから、アメリアとアイリちゃんの護衛は任せたわよ」
ウィルなら剣も魔法も使えるし機転も利く。アメリアとアイリちゃんも同年代の中では魔法の扱いに長けている方なので、クレイが3人を一気に叩くことはできないだろう。
アイリちゃんと呼んでいるのは昔から私と仲がいい男爵家のご令嬢で、アイリーン・メラルートという、小柄で茶色のふわふわした髪が特徴の可愛い女の子だ。
お互いの母親が友人同士なので家ぐるみで付き合いがあり、彼女自身も信頼に足る人物だ。まだ彼女に本性を晒してはいないが、私が魔物を斬りまくっても口が堅いので外に漏らす心配もない。
「アイツに全力で魔法を使われたら俺でも難しいぞ」
魔法の腕だけでいえば私達の中で彼に敵う者はおらず、女子2人を守りながらでは難しいとウィルは眉根を寄せて私を見る。
せっかく用意した魔法無効化の護符だが、アレは回復魔法すら無効化してしまう融通の利かない魔道具で、もし怪我をした場合に回復魔法を使えなくなるので全員外す予定だ。なので、もしもクレイが魔法で攻撃してきたら自力で防ぐしかない。
「そうね。だから、私が前衛で出るわ。アメリア達でも対処できそうな魔物だけ適当に後ろに流して、クレイも貴方達だけに注意することができないようにするわ」
ウィルにはクレイの対応を任せたいので、基本的に魔物の討伐は私1人でやるつもりだ。
今までは魔法使いとして後方支援に回って実力がバレないようにしていたが、不確定要素が多い今回は仕方ない。それに、私が剣を使えることを見せればある程度クレイを信用したように思わせられるだろう。
「…分かった。オーダーは俺が前衛で提出しとく」
ウィルはため息を吐いた後、できるだけ君の力は隠しておいた方がいいだろ?とウインクしてきたので、彼なりに話を消化して納得してくれたようだ。
「助かるわ。じゃ、アイリちゃんにはアメリアから離れないように言っておくわね」
◆◇◆◇◆
少し心配していた班分けだが、5人で班を組まなくてはいけないのでミリアの班からあぶれる男は毎回いるらしい。なのでクレイがミリアから離れることはさほど難しくなかったようで、あっさりと私達の班に合流したクレイは歓迎されていない雰囲気に動じた様子もなく、短く挨拶をした後私の斜め後ろをついてくる。
メンタル強いな。私なら心折れてる。
オーダー通りに前衛としてウィル、その後ろにアメリアとアイリちゃん、最後尾に私とクレイがついて魔物の住む森へと進み、しばらく行った辺りで軽く休憩をした後ウィルから剣を受け取る。
休憩を終え、私とウィルが配置を変えて歩き出すとクレイは訝しげに、アイリちゃんは心配そうにこちらを見てくるが、アメリアが平然としているからか何も言わないことにしたらしい。
「ウィル、右から3体、左から2体来るわ」
鞘から剣を素早く抜き、感じた気配を伝えると同時に地面を蹴る。近付いてくる速さから姿を見てからでは遅いと判断しての行動だが、後で突出し過ぎとウィルに文句言われるかな。
まぁ、もし他に魔物が近付いていても彼らなら問題ないからいいか。
「了解。アメリアとアイリーンはイザベラの取りこぼしに注意してくれ。クレイは後方の警戒を頼む」
「「分かりましたわ」」
「あぁ」
背後から聞こえた声に安心して、剣を振り抜いた。