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王子視点




「2人だけでお話したいことがございます」



 婚約者であり想い人でもあるイザベラ・ローゼンハイムとティータイムを楽しんでいると、彼女は唐突にそう切り出した。


「え…、」


 思わず固まって彼女を見つめれば、真剣な瞳と目が合って逸らせなくなる。


 無理を言っているのは承知しているが、メイドにも衛兵にも聞かれたくない話なのだと真っ直ぐ見つめて懇願してくるイザベラに、少し悩んだ後人払いをした。


 王家を除いて国一番の家に生まれながら、あまり我が儘を言わない彼女が口にした滅多にない“お願い”だった。


 王子である自分が、婚約者でまだ子供とはいえ国内有数の高い魔力を持つイザベラと2人きりになるのは難しい。

 だが、彼女が自分に害意を持ってないことは明白であるし、そんなことをすれば自身だけでなくローゼンハイム家全体の問題になることを理解している彼女が私に何かする可能性はほぼない。彼女はとても家族想いの優しい少女だと私は知っている。


 勿論、王子の願いだからと完全に2人きりになる訳ではない。姿も気配も分からないが、隠密に行動する影と呼ばれる護衛は近くに控えているはずだ。それについても彼女は知っているが、彼らを遠ざけることはできないことを承知しているのでそこは妥協してくれるだろう。


 滅多にないお願いを、それもただ2人きりで話をしたいというささやかな願いを叶えてあげたいのに、自分の立場が邪魔をする。


「イザベラ、それで…話とは?」


 周りに人がいないことを確認して話を切り出せば、イザベラは静かに口を開いた。


「わたくし、夢を見ましたの」


「夢…ですか?」


「えぇ。殿下に運命の女性が現れる夢ですわ」


 彼女が口にしたのは思いもよらない話で、思わず首を傾げてしまった。

 運命の女性とは何の話なのだろうか。

 意味が分からずイザベラを見つめ返すと、彼女はふわりと微笑んだ。

 …可愛い。


「16歳になった折、学園に編入してくる男爵家のご令嬢でしたわ。とても可愛らしく、無邪気で明るい方でした。殿下は天真爛漫な彼女に惹かれ、恋に落ちるのですわ」


 怪訝そうな顔をしていたのか、イザベラは彼女の言う“運命の女性”について説明してくれる。

 しかし、その内容に自然と顔が険しくなっていくのが分かる。

 王子たるもの簡単に感情を顕にしてはいけないが、好いている女性からあんなことを言われてはポーカーフェイスも崩れるというものだ。


「…婚約者の貴女がいるのに、そのようなことをするはずがありません」


「えぇ、わたくしも殿下がそのような方だとは思っておりませんわ。殿下はわたくしがお会いしたどの殿方よりもお優しく、聡明で素敵な方ですわ」


 違う女と恋に落ちると言われて思わず反論してしまったが、イザベラはそう言ってクスリと笑う。予想外に褒められてしまい、照れて視線を泳がせる。

 急にそんなことを言うなんて反則だ。


「えっ…いえ、そのようなことは…」


「ですが、彼女は運命の女性なのです。」


「?」


「わたくしの存在など関係なく、彼女とは恋に落ちる運命なのですわ」


 ……もしかして私は遠回しに婚約を解消したいと言われているのだろうか。


 何故か断定的にどこかの男爵令嬢と恋に落ちると言うイザベラに、不安になっていたらどうやら無意識に口にしていたらしい。

 私の言葉を聞いたイザベラは、自ら婚約を解消したいということではないが、私に恋人ができたなら快く退く心積もりだということを知っておいて欲しいと言うのでまた顔をしかめてしまった。


 そんなことするわけがない。


「…私は貴女に何か不愉快なことをしてしまいましたか?」


「そのようなことはございませんわ。殿下は先程申し上げた通り素敵な方ですし、幼い頃よりずっとお慕いしております。ですが、妃でなくとも、良い友人になれると思います」


「友人…」


 イザベラの中で私はその程度の存在なのだろうか。

 ずん、と体が重くなったように感じる。


「えぇ。ですから運命の女性が現れ、殿下と恋に落ちましたらわたくしは潔く王妃候補の座から降りますわ。お2人が仲睦まじく寄り添い、国のために尽くす姿は夢ながら素敵な未来でしたもの」


 頬に手を当て、ふふと微笑むイザベラは美しいが、その小さな唇が紡ぐ言葉は恐ろしい。

 彼女の中では私が違う誰かと結婚してしまうことが確定しているようだ。


 そんなことより、貴族の娘が婚約解消されるということは私が想像するより大変な苦労をするはずだ。

 貴族社会では一生陰口を叩かれ続けるだろう。陰口だけで済めばいいが、せっかく公爵家にできた隙だ。恐らくそれで済むことはない。

 血の気が引く思いでイザベラを見るが、彼女はにっこりと微笑んだ。


「ご心配には及びませんわ。もし婚約を解消することになりましたらわたくしは家を出て冒険者になります」


「冒険者に…?」


 両親にも話したことはないが幼い頃から冒険者に憧れていたというイザベラに、そんな秘密を話してくれたことに喜ぶより、衝撃的な話にまた思考が止まる。


 イザベラが冒険者になる?


 私との婚約を解消したその先も既に考えているのだと気付き、思わず頭を抱える。


「……………イザベラ。正直なところ今のお話はよく分からない部分もあります。しかし、貴女がそこまで言うなら何かあるのでしょう。もし万が一にも別の女性に惹かれてしまうことがあれば、貴女に婚約解消を申し出ます。ですがまず、確認させてください」


「? えぇ、どうぞ」


 イザベラはきょとんと首を傾げたが、にっこりと笑って続きを促す。

 昔から冒険者になりたかったのなら、王妃となり自由のない生活を送るのは苦痛だろう。王妃になるのは嫌なのかと訊ねてみれば、彼女は首を横に振る。


「いいえ。王様や王妃様がわたくしを候補にと選んでくださったこともとても嬉しく、光栄に思っております」


 曇りのない瞳にもはっきりと否定する声にも嘘は見られない。では何が彼女に私との婚約解消を決意させたのだろうか。


 ……もしかして、私のことが嫌いなのだろうか。


 聞くのに勇気がいる質問だったが、私が気付かない内に何かしてしまい、嫌われたのが原因ならそれを解消すれば婚約破棄などともう言わないかもしれない。


「…私の妻になるのはお嫌ですか?」


 もし頷かれたらどうしようという不安に、少し声が震えてしまった。


「いいえ。殿下の良き妻となるよう幼少の頃から教育を受けておりますし、わたくし自身殿下をお慕いしておりますわ」


 きっぱりと否定し、私を慕っていると言って笑うイザベラはとても愛らしく、私も釣られて少し笑った。

 彼女も少なからず私のことを好いてくれているのだと分かり、ホッと胸を撫で下ろす。


「では、何もなければ私と結婚して共に国を守り導いていく道を歩んでくださいますか?」


「えぇ。勿論ですわ」


 出会いこそ政治的な意味合いの強いものだったが、私は家など関係なくイザベラに恋をしたのだ。

 しかし、彼女だけを見ているというのに、伝わっていないらしい。


 夢には深層心理が深く関わっていると聞く。

 何が彼女に不安を抱かせてしまったのか分からないが、私がイザベラを好きだということをもっとアピールしなければならないのかもしれない。




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