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「……イザベラ?」


「っ…?!」


 不意に視界に入ってきたエメラルドグリーンの瞳と目が合い、ビクッと肩が跳ねた。

 急に話しかけるなビビるだろ。と思ったが、よく考えてみれば私は彼とお茶会をするために王宮の庭に向かっている最中だった。


「ぁ……アレク、殿下」


「呼んでも応えてくださらないので心配しました。…気分が優れないのですか?」


 形の良い眉を歪めて私を心配そうに見つめているのは、陽の光を集めたような美しい金髪に輝く宝石のようなエメラルドグリーンの瞳を持つ、この国の第一王子でありイザベラ・ローゼンハイムの婚約者アレクセイ・クロフォードである。


「いえ………何でもありませんわ」


「本当ですか?」


「……」


 王子を無視するとかマズイことをしてしまった。と内心冷や汗をかいていたら王子の問いに答えるのが遅れ、彼はますます眉尻を下げて私の手を取った。


「イザベラ?気分が悪いなら、茶会は止めて部屋で休みましょう」


 ただボーッと過去を思い出していたと答える訳にもいかないが、せっかく用意してくれたお茶や茶菓子を無駄にするのも、待機しているメイドや警備の兵士達に無駄な時間を過ごさせてしまうのも悪いので何とか取り繕う。


 スタッフさんは大切に。が私のモットーだ。


「気分が優れないわけではございませんの。ご心配をおかけして申し訳ございません。わたくし、殿下にお会いできるのとクレアのケーキを楽しみにしておりましたのよ。ですから、お茶会を止めるなどと仰らないでくださいな」


「…ふふ。イザベラは相変わらず彼女のケーキがお好きですね。本当は私などに会うことよりも楽しみなのでしょう」


 クスクスと笑う王子は、そんなことはないと返す私の言葉にまた微笑ましげに笑って、優しく手を引いて庭に設置されたテーブルに案内してくれる。


 一流のウェイターのように流れるような動作で椅子を引いて、女性を席に着かせるのをごく自然に行えるというのだから貴族やら王族やらの男性とは凄いものである。元日本人で一般人だった私は未だに彼らの紳士的な対応に感動を覚える。


 ちなみに、クレアというのは王宮の料理人であり、中世ヨーロッパ風なこの世界では珍しく女でありながら王族に出すデザート部門の長を務めている凄腕の女性である。

 ローゼンハイム家の料理人も素晴らしいが、クレアのケーキはまさしく絶品と呼ぶに相応しく、正直王子に会うより楽しみにしている。

 そういえば、私が彼女のケーキを褒めるのでクレアはウチのデザート係に軽く嫉妬されているらしい。すまん。




「いよいよ来年ですね」


「そう…ですわね」


 お茶をしながら王子から振られた話は、来年から入学することになる貴族の学園についてだ。


 12歳から18歳の貴族の子息・子女が通う学園はこのゲームの舞台であり、私の運命を左右する恐ろしい戦場である。憂鬱だ。

 まぁ私でなくても、貴族の子供たちが人脈を作ったり駆け引きを学んだりする恐ろしい戦場になるのだが。


 とりあえず表面上は完璧な貴族のご令嬢を演じている私には貴族同士のいざこざはあまり問題ない。

 そもそも家柄がいいので面倒な派閥争いに巻き込まれる心配はないし、両親の優秀な遺伝子のおかげで勉強も魔法もできる方だし、王妃になるための勉強もしているので礼儀作法もバッチリだ。私にダメ出しできるのは作法の先生か母くらいのものだ。


 それに、ローゼンハイム公爵の愛娘である私に絡む方が危険だと子供でも理解している。


 ただ1つ。

 16歳の時に編入してくるヒロインに気を付けてさえいれば、私は順風満帆な生活を送ることができる。はずだ。


 しかし、強制力というものを甘く見てはいけない。

 自分が何者か知ってから、王子の婚約者にならないよう努力してみたが何をしても無駄だったことを見ても、何かしらの方法で王子と対立し断罪エンドへと至ってしまう可能性は高い。


 ……ちょっと待てよ?


 王子と対立せず、穏便に婚約者の地位をヒロインに譲渡すれば問題ないんじゃないか?

 私は王子と婚約したとはいえ、まだ結婚すると決定したわけではない。最有力の王妃候補ではあるが、あくまで候補だ。私に何かあったり他に何か問題が起きれば、それこそ王子に他に好きな人ができれば変えることは不可能ではない。


 現王と王妃は恋愛結婚だという話だし、息子に好きな女ができた上、婚約者も異論なく婚約解消するというのだから彼らとしても悪い話ではないはずだ。

 私としてはアレクは良い友人だし、そもそも冒険者になりたかったんだから王妃の座なんて本当にどうでもいい。


 私が王妃にならなくてもローゼンハイム公爵家は元々高い地位に就いているし、王家との仲も私が生まれる前から良好だ。同じ派閥の貴族からは突き上げを食らうかもしれないが、父ならそれらを黙らせることくらい出来るだろう。


 何も心配することなんてないじゃないか。


「殿下」


「イザベラ?どうしたんです、急に?」


 突然真剣な声で名前を呼ばれ、王子は戸惑いながらも困ったような笑みを浮かべて私を見つめた。


「2人だけで、お話したいことがございます」


「え…、」


 無理を言っているのは承知している。

 次期国王になる彼と2人きりにしてほしいなど、本来許されることではない。

 だが、メイドにも衛兵にも聞かれたくない話なのだと真っ直ぐ王子を見つめて懇願すれば、少し悩んだ後彼は人払いをしてくれた。


 まぁ、私は腕力で王子に勝てないし、全力で魔法を使っても彼の方が魔力が高くて素養があるので大事には至らないという判断を下されたのだろう。

 勿論、王子の願いだからと完全に2人きりになる訳ではない。姿も気配も分からないが、多分どこかに隠密行動する護衛はいるはずだ。


 彼らは職務に忠実であり、情報を外に漏らす心配がないので話を聞かれても私の話が伝わるのは王家の一部だけなので問題ない。

 子供の戯れ言と取ってくれればそれでいいし、真剣に捉えられても他の貴族に情報が流れることさえ無ければ我が家と王家だけで話が終わる。


「イザベラ、それで…話とは?」


「わたくし、夢を見ましたの」


「夢…ですか?」


「えぇ。殿下に運命の女性が現れる夢ですわ」


「?」


 突拍子もない話に、王子はキョトンと首を傾げる。可愛いな。


「16歳になった折、学園に編入してくる男爵家のご令嬢でしたわ。とても可愛らしく、無邪気で明るい方でした。殿下は天真爛漫な彼女に惹かれ、恋に落ちるのですわ」


「…婚約者の貴女がいるのに、そのようなことをするはずがありません」


 私の言葉に、王子の眉がひそめられる。


 別に君が軽薄な人間だと思ってるとかじゃないんだ。そう怒らないでくれ。王族だっていうのに傲らないし、優しいし、いい奴だと思ってるよ。


「えぇ、わたくしも殿下がそのような方だとは思っておりませんわ。殿下はわたくしがお会いしたどの殿方よりもお優しく、聡明で素敵な方ですわ」


 違う女と恋に落ちると言うと王子はムッとした顔をしたが、そう言って笑えば途端に照れて視線を泳がせた。素直か。


「えっ…いえ、そのようなことは…」


「ですが、彼女は運命の女性なのです。」


「?」


「わたくしの存在など関係なく、彼女とは恋に落ちる運命なのですわ」


「……イザベラ、もしかして私は遠回しに婚約を解消したいと言われているのでしょうか」


 よく分かったな。

 格下から婚約解消なんて、お前何様だよ。ぶっ潰されてぇか。となってしまうので普通出来ない。


 ……とか言ってる場合じゃないわ。私の立場も家の立場も危うくなるような解釈だけはしないで欲しい。


「殿下がお幸せになるのでしたら、わたくしは婚約を解消されても構いませんわ。殿下が笑っていてくださるならわたくしも幸せですもの」


 自分から婚約を解消したいということではないが、王子に恋人ができたなら快く退く心積もりだということを知っておいて欲しいのだと告げれば、王子は顔をしかめた。


「…私は貴女に何か不愉快なことをしてしまいましたか?」


「そのようなことはございませんわ。殿下は先程申し上げた通り素敵な方ですし、幼い頃よりずっとお慕いしております。ですが、妃でなくとも、良い友人になれると思います」


「友人…」


「えぇ。ですから運命の女性が現れ、殿下と恋に落ちましたらわたくしは潔く婚約者の座から降りますわ。お2人が仲睦まじく寄り添い、国のために尽くす姿は夢ながら素敵な未来でしたもの」


「そんな…では、貴女はどうなるのです?合意の上とはいえ、婚約解消されたとなればどんな扱いを受けるか分からない訳ではないでしょう?」


 そりゃあ貴族社会ではしばらく陰口を叩かれ続けるだろう。公爵家の令嬢が男爵家の令嬢に婚約者を取られたというだけでも結構なネタだというのに、婚約者は王子だ。盛り上がるに決まっている。

 陰口だけで済めばいいが、王子が顔を青ざめさせて想像していように酷い扱いを受けるかもしれない。


 普通なら。


 幸い我が家は権力もあるし優秀な人材も揃っている。私にも彼らにも被害が及ばないように婚約を解消することなど造作もない。やりようなどいくらでもある。


 それに、私は貴族社会で生きなくても個人的には全く問題ない。


「ご心配には及びませんわ。もし婚約を解消することになりましたらわたくしは家を出て冒険者になります」


 周囲にも分かる程溺愛していた娘を勘当するのだから、公爵家としての面子も保てるだろう。多分。婚約を解消されるなんて家の恥だが、息子ならともかく娘を勘当する家は少ない。私が家を追い出されてしまえばローゼンハイム家の足を引っ張ろうとする者に足を掴ませなくてすむだろう。


「冒険者に…?」


「えぇ。両親にも話したことはないのですけど、幼い頃から冒険者に憧れていましたの。わたくしがいては迷惑でしょうからローゼンハイム家を出て、冒険者として生活いたしますわ」


 貴族の娘が冒険者になるなどと言い出すとは思わなかったのか、王子は呆然と私の話を聞いていた。

 そして、我に返るとすぐに頭を抱え、眉間にシワを寄せて何やら悩み始めた。

 あれ、そんなに変なこと言ったかな?


「……………イザベラ。正直なところ今のお話はよく分からない部分もあります。しかし、貴女がそこまで言うなら何かあるのでしょう。もし万が一にも別の女性に惹かれてしまうことがあれば、貴女に婚約解消を申し出ます。ですがまず、確認させてください」


「? えぇ、どうぞ」


「王妃になるのはお嫌ですか?」


「いいえ。王様や王妃様がわたくしを候補にと選んでくださったこともとても嬉しく、光栄に思っております」


 まさか王と王妃から直で推薦されるとは思わないよね。

 びっくりしたよ。

 王家からも望まれる血統なのだと思うと両親のことも家のことも誇らしいよね。

 王が父と親交が深いからだとは思うけど。


「…私の妻になるのはお嫌ですか?」


「いいえ。殿下の良き妻となるよう幼少の頃から教育を受けておりますし、わたくし自身殿下をお慕いしておりますわ」


「では、何もなければ私と結婚して共に国を守り導いていく道を歩んでくださいますか?」


「えぇ。勿論ですわ」


 別に王子との結婚が絶対に嫌という訳ではない。

 夢ではあるが、冒険者として生活するのも大変だろうし、王妃になるためにと箱庭のような環境で育てられた私には生活水準が違いすぎて難しいかもしれない。

 戦闘に関しての才能はあるのでそこそこ稼げるとは思うが、夢を追いかけるにはしがらみが多すぎる。


 それに何より、家族が結婚を望んでいるのだ。

 王妃となり王家との繋がりを深くし、家の繁栄を願っている。それは公爵家に生まれた娘の責務でもある。

 何もなければ王子と結婚して彼と国のために尽くすつもりだ。



 ヒロインと王子がくっつかなければ、だが。




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