3話 『菅原くんのヒミツ』
「菅原君はサッカー部の助っ人で学校に来てたんだね。」
午後二時ごろ、私は美術室の前で菅原君に会った。美術部が毎日学校に来る理由が卒業する先輩の美術部員一人一人に何か贈り物を作ろうというためだったことが判明して早五時間。
足りない材料を取りに行くところだった。それを菅原君も手伝うということで今職員室へと材料のある職員室へと向かっているところだ。
「あぁ。なんかケガで誰かが出れなくなったみたいで、練習試合だから顧問の先生に出てくれないかって頼まれてさ。」
午前中は試合で走り回っただろうに私のことを気遣って手伝ってくれるなんて菅原君は何て優しい人なんだろう。しかも美術部の前で会ったとき「何しに来たの?菅原君。」って聞くと「何してるのか気になったから見に来た。」という私のハートをわしづかみするかのようなキュンキュンする一言を言われて私はとても顔が赤くなったのを覚えている。
本当に菅原君、かっこよすぎ。
「そういえば菅原君は学校外でサッカーをしてるんだよね?漫画家と部活、両立するのしんどくないの?」
菅原君は漫画家でありペンネームもそのままでしかもヒロインを私がモデルにした少しエッチなラブコメを描いている。
それに加えて激しい運動を強いられるサッカーもしてるということだ。さぞかししんどいことだろう。なのに菅原君はいつも元気そうだし、本当になんでだろう。
「まぁしんどいって言ったらしんどいな。でもどっちも好きでやってるものだからやめることなんてできなくてさ。」
菅原君がはにかんだ表情でそう言った。そのまま続けて。
「しかも今では漫画においては少し時間をとられそうにもないしさ。」
私の方を見てにかっと笑みを見せる。その表情を見た瞬間私の心臓は飛び跳ねるように早く動いた。
「え、え、それって私のおかげ⁉」
「あぁ。ずっと前から目をつけてたからな。」
「えっ、目、目って・・・!」
私の心臓がまたびくりと跳ね上がる。菅原君からそんな言葉を言われると色々と勘違いしてしまう頭の中をうまく整理できないのがそのまま顔に出ているかのように赤く染まった。
「いかにもヒロインっていう感じがたまに喋るときに感じたからな。昨日からモデルとして手伝ってくれるらしいし、しかもベタまで塗れるとは思ってもみなくてさ。」
―――ただの参考資料と技術目当て・・・⁉
段ボール箱にたくさんの色画用紙と折り紙とその他もろもろ。菅原君は重たいだろうからって工具がたくさん入った方を持ってくれた。
そんな紳士的な菅原君を見ているとやっぱり優しいなぁと思いながらも先刻の言葉がよみがえる。
だから、菅原君からは完全に私は漫画のアシスタント役と認識されたのであえて敬意をこめて『菅原先生』と呼んでみることにした。
「先生って言われるとあんまりなじみがないな。ほら、学校では大体『すがやん』とか『菅原』とかあだなや呼び捨てで呼ばれるのが多いもんだから。」
確かに先生ってつけられると違和感しかないだろうけど、菅原君はイケメンだし友達も多いだろうからてっきり誰かにからかわれてけっこう先生とか言われてそうだと思ってたけど。
「もしかして友達とかは菅原君が漫画描いてるの知らないの?」
「そうだな。みんな俺が漫画書いてることは知らないな。」
え、それってもしかして私が――特別⁉
だって私だけがこの学校で菅原君が漫画家っていうことを知ってるってことだよね。しかも私には菅原君自ら漫画家だっていうことを伝えれたわけだから、これは菅原君からの信頼の証。いや、もしかすると愛情の証・・・!
「言ってもみんな信じてくれなくてさ。そのうちしつこいって友達にすら呆れられる始末で・・・。」
後頭部に手を当てながら苦笑いを見せる菅原君。そんな菅原君の表情を見て私は慰めてあげることもなくあえてツッコむという選択肢をとることもなく
菅原君・・・・。
と、絶句の表情を浮かべた。
「ま、まぁ水城は信じてくれたし意外と漫画の方は人気があるから学校内で別に誰も信じてくれなくたっていいよな!」
賛同を求めるかのように菅原君は焦り混じりにそう言った。確かに呆れられおいうのはそれなりにダメージをくらうだろう。
でもなんでだろう、友達が信じない理由がわかる気がする。
そうだ。だから菅原君にあれを言ってみよう。菅原君とは同じクラスだしたまに友達との会話も聞くし、それ通りだったら思った通りの反応が来るはず。
私は少しの恥じらいを感じながら口を開けた。
「このちんちんやろう。」
「へ・・・?」
菅原君は耳を疑ってるのか私の発言に対して変に言葉を発した。
「だから、ちんちんやろうだよ菅原君は!って言ってるの。」
少しの沈黙、そして菅原君は顔を真っ赤にさせて言葉を並べ始めた。
「ちちちちち、ちんちんやろう⁉きゅ、急にどうしたんだよ水城・・・?し、下ネタなんて下品なものをお前が言うなんて・・・!てかちんちんやろうってどう意味だよ⁉」
菅原君が描いてる漫画は下ネタなんて当たり前。ましてや毎回の話で誰かのお色気シーンがあるというエッチなラブコメ。
当の本人が下ネタ苦手なのにこんな漫画描いてるなんて、信じたくても信じれないよね・・・。
菅原拓人。それは紅蘭学園に通う男子高校生であり人気漫画家である。
繊細な心理描写と鮮やかな画面使い、そして何よりもメインヒロインの水城陽加里を含めて主人公の女友達すべてが一度はお色気イベントがあり、平気で下ネタを言うという少しアグレッシブなラブコメ漫画を描いているのである
じゃあなんでこんな漫画描いてるんの⁉
疑問が残る私は慌てながら言葉を並べる菅原君に「意地悪してごめん」と言った。菅原君は何が何だかわからないぞ、って言っているかのように首をかしげながら
「そ、そうか・・・。」
と言ってそれからはお互い気恥ずかしさで何もしゃべれなくなった。