プロローグ 『告白』
水城陽加里、高校一年生の十六歳。
グランドいっぱいに雪が降り積もり冬休みを告げる終業式を終えた放課後の今、私はある男の子に校舎裏へと呼び出された。それも気になる男子からだ。
周りの友達によるとこれは『告白』されるやつ、らしい。だから私の胸はめちゃくちゃ躍っている。
最近、自分も彼のことが好きだと感じるときがある。いや、はっきり言って好きなんだと思う。そんな彼からの校舎裏の呼び出しがどれだけ嬉しいかなんて想像できなかったし想像しなかった。これが友達の言う通りならとても、にやけるな。
「ごめん!俺らのクラスちょっと終礼が長引いちゃって。待った?」
思っているそばから彼がいそいそと小走りしながらこちらへと向かってくる。青いマフラーが風になびいている姿を見てとても可愛らしく見えて、そんな彼を見ていると私はついテンパって
「え、ううん!全然待ってない待ってない!」
若干焦り混じりに言葉を放った。
目の前に好きな人がいる。こんな状況を逆に冷静な態度をとれと言われてもできるはずもない。心なしかいい匂いがするのは私だけ?感じ方が初めて女の子の部屋に入った男の子の最初に感じる感覚なのは私だけ?
いや、まぁ友達によればこれは彼からの告白なわけで別に私が身構える必要もないし緊張する必要もないよね。そうだよ、ここは堂々とずっしりとしていたらいいんだよ。
「急に校舎裏なんかに呼び出したりして悪い。どうしても水城に言いたいことがあって。」
「あ、うん。」
彼の名前は菅原拓人。学校外でサッカー部に所属していてクラスでも人気者だ。少し可愛らしさも残る少年チックな顔立ち。それに加えて高身長な彼ははっきり言ってイケメンという類の人間なんだろうと思う。口下手な性格も知っているし、恥ずかしがり屋なところもよく知っている。それも全てそれなりに仲が良かったからだろう。
そんな菅原君が頬を赤らめて私のことを見ている。これは
―――にやけるわぁ
嬉しさと恥ずかしさで緩む口元をそっと気づかれないようにマフラーで覆って彼のことを見つめた。
「水城って、放課後とか毎日暇だったりする?」
「え、放課後?」
「・・・うん。」
これは『放課後は空けててくれないと一緒に帰ったり遊んだりできないだろ』っていう意味で訊いてるんだろうなきっと。ほら、菅原君って口下手だから。
だからこの情報は菅原君にとってとても大事な情報、言わない意味がないもんね。
「毎日ってわけじゃないけど大体は空いてるかな。」
言ったとたん菅原君はほっとして胸をなでおろしたかのように嘆息した。
「あ、そ、そうか。」
菅原君は赤くなった頬を少し緩ませて恥ずかしがっているようにはにかみながら言った。口元を腕で隠しながら。
「だったら・・・」
顔がいっぺんとして変わり、真剣な表情とともに彼から大きな声が聞こえた。その時の一瞬は俗に言う描写がゆっくり過ぎていく、そんな感覚が私の体を走っていった。
「俺のヒロインとして、付き合ってくれないか?」
聞きなれない言葉が聞こえて私は少しの間だけ何も言えなくなった。本当に友達が言う『告白』というものでびっくりしたのもあるし『ヒロイン』という言葉に親近感がわかなかったのもある。
告白自体が初めてだから、別に気になることじゃないか。
そんな軽い気持ちがこれからの一方的な気持ちになるとも知らずに私は言った。
「うん、いいよ。」
そう私が言うと菅原君は嬉しそうに笑みを浮かべて、一言。
「だったら今すぐ俺ん家に来てよ。」
「ん・・・⁉」
思いもよらない言葉についつい言葉が反射的に漏れた。
―――菅原君の家にて
「いやー、全然捕まらなくて苦労したよ。」
え、いつもは女の子家につれ放題なの⁉
いや、でも今は一様私は菅原君の告白をオッケーしたわけだから彼女っていう立場なわけだし別に深い意味じゃないはず。確かにサッカー部って聞くと女の子つれ放題な感じはするけど。
じゃあもしかして私は彼女だから一線超えても大丈夫だよね的な⁉まさか、十八禁的なことを菅原君は付き合ったその日にするんだって考えていたっていうこと?いや、何となく偏見だけどそういう目で私を見てるところありそう!
で、でもどうしようかな。言われるがまま来ちゃったけどいくら何でも菅原君の気が早すぎるような。やっぱり帰った方が・・・いや、でもそしたらほかの女の子が来るんだよね・・・。
「す、菅原君私頑張るから!」
そう、私は今日から菅原君の彼女。菅原君が頼むことが出来なくて彼女と言えるはずがない。ここは私が大人になればいいんだから。
「じゃあこれ頼む。」
身構えていた私に差し出されたのは一枚の原稿。それも絵がかいてあっって、色々指定された一言が添えられていて・・・。
「・・・?」
「俺はこっちで絵をかいてるから、ベタを塗ってくれ。あと、たまに水城の方をみて絵をかいてるけどあんまり気にしないで。」
言われるがまま私は机に座り込んで渡された一本の筆を手にベタを塗り始めた。何も理解が出来ないまま、無心に何も考えずに、ただただ一心に菅原君に渡された絵にベタを塗り続けた。
時折菅原君が気を利かせてくれてホットココアを作ってくれたり、寒いとだめだからと言っては織物を肩にかぶせてくれたり、『お、水城はうまいな。』とたまに褒めてくれたりしながらあっという間に時間は過ぎていった。
そして菅原君の家の玄関で帰り際、日はとっくに沈み夜が空を覆う頃にようやく頭の理解が追い付いた。
「菅原君って漫画家なの⁉」
「知らないで何時間もベタを塗ってたのか?」
彼の言うところ、放課後私を呼び出して言ったのは漫画のヒロインとして描かしてほしいという意味だったらしいのだ。もし断られたらと思うと緊張でつい顔が赤くなっていたのらしい。それ故の『俺のヒロインとして付き合ってください』だったのだ。
つまり私への告白はただのお願いだったようです。だから私は別に菅原君の彼女でも何でもないと。つまり私は菅原君に片思いしているということなのね。
ベタ塗りはただやらせてみたら意外とうまかったということで採用。今後は菅原君の漫画のヒロインのモデルとして付き合っていくことになりそうです。
とんだ私の勘違いで一方通行の片思いが始まりました。