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無題。もしくは「タイトルを決めないと本文が書けない哀れな男のお話



「何が決まらないって?」


折原は待ち合わせ場所に喫茶店を選んだ事を後悔していた。

大人しく自分の家、もしくは誰にも見つからない山奥にすべきだと心から思っていた。


「声がでかいんだお前は、もう少しトーンを落とせ」

「言ってくれるじゃないか望美、僕は待ってたんだぞ。二週間もだ」

「それは知ってる、だからこうして謝ってるじゃないか。コーヒーも付けた」


一口も口を付けられていないコーヒーを一瞥し、飲んで落ち着くよう嗜めるも効果は見られない。


「もう一度聞くよ、何が決まってないって?」

「タイトルだよ、悩みどころだ」

「じゃあ君はなんだ、タイトルが決まらないからって二週間、一文字も書いてないって言うわけかい?」


鬼気迫る顔で声を荒げる女性に弁解するわけでもなく頷く折原。それが彼女に再び火を付けた。


「そういうところだぞ!君の短所だ!!自覚しているのが尚更タチが悪い!!」

「ここは叫ぶ場所じゃないぞ。次お前に会うときはカラオケにするか」

「場所はどこでも良いんだよ、君が仕上げてさえくれていればね!!」


怒り心頭と言った彼女をここで宥めるのは難しい。

なにより人の目と言うものがある。羞恥に身を投げる趣味は折原にはなかった。


「……会計を済ませてくる。歩きながら話そう」


伝票を取り出し、金額を見て溜息を吐く。

これなら迷惑料を上乗せして払っても折原は納得しないだろう。





秋は急に冷え込むから室内で本を読もう。読書の秋とはそういうものだ。

風吹く並木道を歩きながら折原はそんな事を考えていた。


「……なあ望美」

「なんだ?しおらしくなっちまって」

「どんな話を書くつもりだったんだ?」


実を言うと書きたいネタはある。引き出しの中にプロットもある。

ただ折原は考えていた。


「完成させるとなぁ……」

「え?」


考えが口からこぼれていたことに一瞬戸惑いながらも、折原は彼女が納得するような答えを探した。


「ファンタジーを書くつもりだった」

「良いじゃないか、内容も実は決まってたりするんだろ?」


出まかせというわけでないが、折原は次の言葉が見つからなかった。

あくまでもまだ頭の中にしか無いものだ、作品と呼ぶには恥ずかしすぎる。

このまま話しても良いものかと、折原は悩んだ。


「ぼんやりとだ。昨日見た夢くらいのおぼろげな感じで、文字に起こすには足りなさすぎる」

「教えてくれよ」


折原はポケットを探った。煙草はあるがライターがない事に気がついた折原は、元々ライターを持ち合わせて無いことに気が付き、

納得しながら煙草を一本、口に咥えた。


「その癖、治らないの?」

「悪い癖だ」

「諦めが早いんだよ」

「恋愛小説を書いてた主人公がいてな」

「うんうん」

「その恋愛小説に悪魔が乗り移るって話だ」


頭を掻きながら折原を淡々と話を続けた。

釈然としないという気持ちを抑えながら、形になっていない物を説明する。

屈辱に近い感情は折原という人間を動かすのには充分だったが、彼女と目を合わせるとどうにもくすぶってしまう。



「なぁ」

「なんだい?」

「完成していないもんを聞いて楽しめるもんなのか?」

「楽しめるわけないじゃないか」

「じゃあなんで聞くんだ?」


彼女は不思議そうに首を傾げた。


「僕がタイトルを付けてあげれば、筆は進むんだろ?」

「俺が納得するとでも?」

「させるさ、望美は僕に貸しがある」


あの店の、一度も口を付けられなかったコーヒーを思い出す。

あの店の、店員の視線を思い出す。

あの店の、彼女の顔を思い出す。


「……期待はしないが妥協はしてやろう」

「駅に着くまでには決めてみせるさ」


折原はあえて口には出さなかった。

彼女が如何に素晴らしいタイトルを思いつこうとも、あくまでも未完成としていたい心情を。

完成させたくないと言う今までになかった感情は、口に出すには重く、頭に留めるには軽すぎる物だった。







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