魔力、まったく新しいエネルギー
うん、これは闇鍋です。鬱だー。
部屋に戻って早速魔法について探りを入れてみた。
どうやら魔法には詠唱や魔法陣などは不要らしい。魔法の発動で大切なのは魔力操作と現象に対するイメージ。詠唱はあくまでもそれらの補助に過ぎず、必要不可欠なものではないということだ。一方、魔法陣については得られた情報はなかった。
さて、魔法を使うにあたって必要な手順を追ってみる。
まず魔力励起。これは魔力を魔法に変換できるような状態にする過程だ。
次に魔力操作。励起した魔力を循環させ、必要な場所に集中させる。発動時間や魔法の効率、強度に影響を与える重要な過程だ。根っこが脆いと木全体が拙くなるということ。
最後に魔力変換。これにより集めた魔力を魔法にする。この過程で何よりも大切なのがイメージ。朧げであれば発動しないし、発動したとしても魔力の損失が大きいようだ。逆に、イメージが鮮明であれば魔力操作が下手でもなんとかなってしまうわけで。魔法の鍛錬はイメトレから始まると言っても過言ではなく、魔力操作は熟練した魔法師が行う上級鍛錬だそうだ。
しかし、俺がそんな常識に囚われる必要はない。熟練した魔法師っておっさんだろ? そんな年老いてから魔力操作なんて始めても非効率極まりないだろ。歳とってから第三の手を与えられても上手く動かせるわけがない。こういうのは満遍なく育てた方が最終的な到達地点は高くなるというのが相場だ。
まあ堅苦しい説明は置いといて、まずは魔力を感じるところから。
「それでは今から魔力を流していきます」
乳母ってのは教育係であるから、教えるのは得意だと思って任せている。
俺の手から温かいものが体内に浸透していき、ぐるぐると全身を巡っていく。
「温かいものを感じられましたか? それこそが魔力です。お腹の奥から湧き上がってくるイメージですね」
ふむ。腹の奥底で励起させるのか。
しかしこの温かさはなんだ? 魔力自体が温度を持っているわけではあるまいに。そもそも湧き上がってくるってどういうことだ? 普段はどうやって存在しているというんだ。
あー、これはさっぱりわからん。こんなもの仮説を立ててみたところで実証できるわけがない。科学的アプローチの敗北を認めて諦めよう。
イメージが大切らしいからな。俺はもう投げやりになるぞ、後悔しても知らんからな。
俺による勝手な定義はこうだ。
『魔力はエネルギーの一形態であり、普段は質量として保管されている。きっと対消滅的な感じでエネルギーになっているはず。なぜかは全くわからないが、自分で意図して操ることができる。魔法は魔力を他のエネルギー形態に変換する技術であり、イメージが鮮明なほど余計なエネルギー損失が発ルギー生せず、威力が増大する』とまあこんなところ。
なにこの似非科学。いや、水◯水なんて信奉してないからな? ニュートン力学は間違っているとか言い出しちゃう爺さんとは違うからな? でも質量とエネルギーは等価である!(キリッ)ってカッコイイからな。言ってみたくなるのも仕方ないよな。
状況証拠的に全く言い訳する余地がないし、イメージの問題だから別にどうでもいいか。全く手がかりがないんだし許して欲しい。
「それではおぼっちゃまもやってみましょう」
「わかった。あったかいの......あったかいの......!」
口では可愛いことを言っているが心の中では「質量エネルギー変換......俺TUEEEE!!」とか思っているので救えない。自覚があるから余計に救えない。
ハハハ、冗談を言っている場合じゃないね。魔力......励起!!
「あ! あぁ! なんだこれ?? うわぁああああああ!!!!!!」
「お、おぼっちゃま?? ひゃぁああああああ!!!!!!」
腹の奥から湧き出してくる強烈な魔力の奔流に俺も乳母も叫び散らす。
数瞬の後、見るに耐えない光景がそこにはあった。
大気に放出された莫大なエネルギーに当てられて彼女の下腹部はぐしょぐしょ。『赤ん坊が魔力で乳母を失禁させた』なんて信じてもらえるか? おまけに俺の食事まで盛大に撒き散らしてしまったみたいだし......。
悲鳴を聞きつけた使用人たちが駆け足で部屋に押し入ってきて乳母に事情を聞いているが、羞恥で茹で蛸と化した彼女は涙目でへたり込んでぽつらぽつら説明していく。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
全身体液塗れの女の話を半信半疑ながら受け入れた使用人は、彼女に肩を貸して共に部屋から出て行った。
♢
「まずい......」
彼女たちが去った部屋の中で一人呟く。
落ち着きを取り戻した俺はようやく現状を理解した。
いやこれ絶対ヤバいだろ?! ただじゃ済まねえぞ......。
仮に俺の親や上役的な立場の人が許したとしても、あんな醜態を晒してしまった彼女はここに居辛くなること間違いなしだ。どこをどう考えてもオワコンだった。
彼女が辛い思いをするのは許容できない。そしてその原因を作った自分のことは余計に許せない。彼女と一緒にいたいというエゴは、破棄するしかない。
俺にできるのはせめて、全力で彼女の味方をすることだけだ。残るのなら残りやすい環境を全力で構築し、残らないのなら親に直訴して今後の生活に困らないように徹底させるしかない。
ただ、俺はおそらく失ってしまうだろう。
俺を毎日育ててくれた乳母。
俺が最も親しかった人。
俺が唯一愛した家族。
こんなはずじゃなかった。全く予想外だ。
どうして? 渇いた疑問が自然と口から溢れる。
わかっているはずだ。否、俺はわかっていたはずだったのだ。
転生に浮かれて忘れ去っていた。調子に乗った馬鹿者は憂き目に遭うのだと。
これは考えるまでもない世界の法則なのだと。
翌日以降も彼女は俺の世話をしてくれたが、消耗しているのは明らかだった。
不必要な会話が一切ないぎこちない生活の中で、彼女は一度だけ言葉を残した。
「私はザラム様を人として敬愛し、母として慈しんでいます。ですが加えて、女としてお慕いしてしまいました。あなた様はいずれその名を天地に轟かせるでしょう。尤も、そんなことは望んでもいなければ喜びもしないのでしょうが......。先日迸った魔力に、その衝撃に、圧倒されてしまいました。そして同時に運命を悟ったように思います。私はその道を共に歩む足手まといにはなりたくありません。影から応援し、時にあなた様の敵を躓かせる路傍の石程度の存在でありたいのです」
暫くして、彼女は長い長いお暇を頂くことになった。
俺は泣いてはいけない。それは彼女を苦しめるだけだ。
お互い、言葉はいらない。
涙を見せることは、最大の罪であり俺たちの愛に対する侮辱なのだと。
♢
俺は衰弱していた。
あれから一週間が経った。
新しい乳母が雇われたが、俺にとって母親はただ一人だけだ。彼女以外の乳を飲むつもりは一欠片もない。故に離乳食を口にしたのだが、これが不味いのなんの。俺の味覚は既に彼女に支配されていたってわけだ。
これがわかると俺はすぐに顎を鍛えた。普通の食事を食べるために。
そしてまた愕然とする。
この世界の食事に味で満足するなんてことは、日本で養殖された人間には不可能だと判明した。
俺には満足感が必要だった。期待とは裏腹に、貴族の豪華な食卓は舌も心も決して満たしてはくれなかった。
日に日に痩せこけていく俺。彼女の乳の代用品すら見つけられない。残酷な世界だ。
『美女に噛み潰してもらった食事を口移ししてもらえば食べられるだろうか?』そんな試みすら失敗に終わり......。
気づけば俺は餓死寸前の状態だった。俺のためを思ってくれた彼女に、とても顔向けできない現状。しかしどうすることもできなかった。俺は他の何を捨ててでも彼女と一緒に居たかったのだから。
何より、期待に応える義務感のようなものが心を蝕んでいる。これがもともとニートを目指す予定だった俺には重すぎた。そうであっても、彼女の気持ちに応えたいという思いはやはりあるわけで......。
俺は痩せこけた赤ん坊の体で、取り憑かれたかのように一心不乱に魔力操作の鍛錬をしていた。
原因となってしまった魔力。せめてこれくらいは極めなければ自分の生存を許容できないのだ。
幸か不幸か、似非科学的なイメージを持って励起した魔力は母親を失禁させるほどのものとなった。その後様々なイメージで励起させてみたところ、『粒子と反粒子の対消滅』とか『太陽みたいに熱くなれよ!』とかが強く励起された。かと言ってイメージさえ強ければ良いのかというとそうではなくて、『ウランの核分裂』では上手くいかなかった。これについて、「励起の際実際に起こっている現象とこのイメージが乖離しすぎているために失敗したのではないだろうか?」とすれば、「『粒子と反粒子の対消滅』が実際の現象に近いのではないか?」とまあこんな具合にご都合主義的な考え方をすることにした。その上で「似非科学知識で仮説を立てて、魔力損失が少なければその仮説を受け入れよう。科学っぽいアプローチで魔法の深淵覘いちゃえ!」ということで俺は魔法も科学に無理矢理組み込んで理論武装することにした。
ところで、魔力には密度が存在する。エネルギーなのだから当然とも言えるが。この魔力密度に体積を掛ければ魔力量になるが、ここで少し考えることがある。すなわち、魔力量が等しい子供と大人ではどちらが強いのか、魔力密度が等しい子供と大人ではどちらが強いのか、ということ。漠然とした問いではあるが、要は魔力密度について、そして魔力量について詳しく知りたいわけである。
結論としては、魔法の威力は魔力密度に、魔法の範囲は魔力体積にそれぞれ依存していることがわかった。また、人が感じ取ることができるのは魔力密度だけのようだ。これもエネルギー密度は圧力と同じ次元を持つため当然といえば当然なのだが。「な!? なんて魔力量なんだ!!」とかいう三下台詞はこの世界には存在しないということになる。
魔力密度についてわかったところで魔力操作の基本が見えてくる。励起させた魔力に対して行われる操作は五つ。移動、圧縮、伸張、維持、放出である。移動を除いて前者二つが魔力密度操作、後者二つが体内外での魔力制御である。例えば、みんな大好きファイヤーボール。まず掌に魔力を移動させ圧縮する。この時、魔力密度により威力が、魔力体積により大きさが決定される。次に体外に晒された魔力を維持し続けながら魔力を炎に変質させ、最後に放出する。魔力操作に長けたものであれば、数を増やしたり領域に干渉する魔法を使ったりすることもできる。更に言えば、自分の魔力密度を操作しておくことで実力を隠すことができる。こういうことがわからない奴が三下台詞吐いちゃうわけですよ。というわけで魔力操作の鍛錬は超大切。慢心、ダメ、絶対。
♢
生後一年が経過した。
毎日のように行ってきた魔力操作の鍛錬の成果か、意識せずとも手の指のように魔力を扱えるようになった。そしてやることがなくなった。
現在の生活はざっくり言えばこんな感じ。朝起きて、ご飯は拒否。夜まで鍛錬して晩餐に顔を出す。少し食べたらおやすみなさいだ。魔力操作は寝てても鍛錬できるから、一日のほぼ全ての時間をベッドの上で過ごしている。食べ物は栄養補給以上の意味を見出せないし、娯楽もない。予定もなければ予定ができる予定もない。まあ最近では一週間に一度医者が来て俺を診察していくのだが、どう考えてもヤブ。死なないように調整してるから俺に構わないでくれ。大丈夫、俺は正常だから。
今でも既に人間辞めちゃった感じの生活なのは一応自覚はあったりするのだが、これに加えて魔力操作鍛錬の必要性がなくなったというわけで......。代わりに魔法の研究すればいいって? なにそれ? 美味しいの? いや俺一歳だし。よくよく考えたら今から頑張る必要ないよね? 赤ん坊のうちにやることでメリットがあるのは魔力操作くらいだし。あぁ、母さん、戻って来てよ。俺は世界規模でどんちゃん騒ぎをしたいわけじゃないんだ。ただ利権で金を吸い上げて自堕落でいたいだけなんだ。そんな平和な日常を一緒に過ごしたいんだよ。母さん......。
あれから俺は、こんな風に彼女がいないことで精神的にかなり追い詰められていた。
ぶっちゃけると原因はわかってる。会話をせずに独りで塞ぎ込んでいるからだ。失禁事件以降、俺に特別な会話をした記憶はない。自慢ではないが、あの日以来俺の社交性はマイナスに振り切っていた。新しい乳母は有る事無い事吹き込まれて、俺を恐れて近寄ってこないし、使用人は言わずもがなだし、もうやっていられない。洗脳でもいいから話し相手を確保したい。
そう考えると魔法の研究をするという選択もありかもしれないと思い直す。洗脳なら匂いか音か電磁波とか? それとも魔眼とか? 魔眼ってそもそもどんな目なんだろう。見ただけで術をかけるとかチートすぎるでしょうよ。あれはご都合主義と厨二心をギュッと詰め込んだ最強兵器ですよ。
俺はなんとなく魔眼の格好良さに惹かれて、左眼を高密度の魔力で長期に渡って浸してみることにした。いや、魔眼と言うからにはまずは魔力に慣れさせないといけないと思って。幸いなことに時間はたっぷりあるし。
少し期待している自分に気づいて思わず苦笑いしてしまった。
次回は「そう、魔眼ならね」となります。
初代乳母には学院編で便利に使われてもらいます。
見切り発車に殺されました。憔悴させて二歳で転機を訪れさせないといけないようなので筆者様のご都合上とりあえず退場してもらいます。ごめんなさい。......やっぱり筆者はキャラに死んで詫びる気概を持つべきですね。その程度の覚悟もないから平気でキャラを貶めるんですよ。マジでこの作品の筆者どうしようもないな。
一応この連載は筆者の学生生活の暇つぶしも兼ねているので長期を予定してますがどうせ最後の方で収集つかなくなるので(既に付いていないのはry)温かい目で見守っていてください。少しはマシなものを書ける力が付いたら、違う作品を並行して投稿していくつもりです。