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ちょっと語りたい気分なんだが

 --転生主人公っぽい身の上なので、偶にはちょっとだけモノローグしてみるのも一興だろう。

 ああ、心配しなくていい。そんなに多くは語らないから。


 端的に言うと、転生後貴族として生まれた俺は紆余曲折を経て、無邪気に優雅な日常を送っていた。


 貴族に転生しちゃうテンプレ、俺にも当てはまったらしい。

 世界観もご想像通りの中世西洋風。

 ......ではあるのだが、この世界の衛生面マジでヤバイ。トイレがないことを知った時は流石に開いた口が塞がらなかった。こういうところがファンタジーとは違って現実的だから遣る瀬無い。

 っと、それはさておき。


 俺は当初、貴族に転生するという人生勝ち組ルート確定イベントの発生に浮かれまくっていた。赤ん坊ながら三日三晩の間嬉し涙が止まらなかった程に。

 だが暫くして悲壮な笑みを顔に貼り付けるようになった。

 そう都合良くはいかないわけだ。現実は厳しい......。

 異世界なんて全然いいものじゃない。

 衣食住どれをとっても前世と比べるべくもなく拙いのだ。衣はまだマシな方だ。食は調味料の少なさや食材の鮮度維持の困難もあって、肥えた舌を満足させることは難しい。ただでさえ娯楽が少ない世界に飛ばされて来たのに、食事すら楽しめないという状況。それだけで、日本でぬくぬく育った俺はかなり精神をやられてしまった。

 そして極めつけは住だ。この世界、下水道とかそういう概念がない。

 噎せ返るような臭さ。

 汚物をその場で完全に処理する方法はちゃんとあるのだが、少しの手間を面倒臭がって路上にポイする輩が多い。貴族街は流石に綺麗なのだが、一歩外に出るともう地獄。疫病とか怖いからちゃんと処理して欲しいんだけど。マジで。

 結局衛生面の愚痴に行き着いてしまった......。


 今までの話だけでも結構気が滅入るのに、ファンタジーお決まりの亜人はいらっしゃらない。エルフhshsも獣人もふもふもできないわけだ。一方魔物はいらっしゃるんですよこれが。

 本格的にこの世界生きるの辛いんだが......。亜人いないのに魔物いるってなんだよ。社畜でいいから前世に帰りたい。あ、今の嘘。どっちも嫌に決まってるだろうが。

 だがしかし! 唯一の救いみたいなものがあったりする。

 それが魔法。

 念力っぽい感じで、詠唱とか魔法陣とか精霊とか必要ない。イメージを現象にするような......。汚物処理にも使われるんだよねこれが。使わない奴多いけど。まあ長くなるから詳しくは後で話そう。退屈に任せてそれなりに研究してたからね。


 さてと、どんな世界に来てしまったのかは、なんとなくおわかりいただけただろうか?

 じゃあ次は俺自身の話。


 俺の名はザラム・ド・リヴェルド。十二歳。伯爵家の三男だ。長男は既にこの世を去っており、今現在は次男に加えて姉二人と弟が一人いる。前世でも生きる気力に乏しいヒキニートだった奴が、この度貴族様になったわけだ。金は領民から搾り取れるし、身の回りのお世話は全部侍女に丸投げできる。

 こんなに素晴らしいことはないだろう? ......なんて言うはずの前世の俺を殴りたい。文明レベルの差は想像以上に俺の精神を蝕んだ。加えて、年齢不相応の不気味さを漂わせる赤ん坊を腫れ物扱いする周囲の者たち。ああ、心がしんどい。

 おまけに引きこもり気味の俺は、心配した親により頻繁に医者にかかることとなった。「栄養不足だ」とか「神に祈りを捧げることできっと良くなる」とか、果てには「この子は大変思慮深く、この世に蔓延る不幸を嘆き、神による奇蹟を待望している。健やかに成長しており、憂う必要などない」だなんて宣ってその都度我が家の財産を食らっていく医者。そりゃ医学なんて発達してるわけないよな......。

 そんな日々も過ぎ去り、二歳を過ぎた頃に転機が訪れた。それから色々とあって無事人間味を取り戻し現在に至る。


 はい、モノローグ終了!

 ちょっと端折り過ぎたね。最後の方完全に放り投げてるし。でもこれ以上は心が落ち着いてからにして欲しい。まあ一応この話の終着点だけは最初に教えておこうと思う。


 好き放題やらかし回ってたら家を追い出されることになりました。--




「んぁっ、ダメですザラム様ぁ......」


「ばぁ〜ぶぅっ!」


「はぁあんっ! で、出ちゃいますぅ......。んぁ、はぅう......」


 耳元で喘ぎ奉っているのは、八人目の乳母ソフィーナだ。

 この淫乱乳母は今日も恍惚として身をくねらせている。


 勘違いしないで欲しいのだが、別にやましいことなどしていない。

 誓って言おう。食事をしていただけだ。

 濃厚な栄養たっぷりお汁で腹を満たす。生まれてから毎日繰り返している、紛れもない食事行為である。


 至福。

 これまで真っ当に生きてこられたのは、この食事行為のお蔭であると言っても過言ではないだろう。しかも今日は、いつもとはまるで違う、特別な感慨と共に我武者羅に貪っていた。


 今この瞬間、前世も含め生まれて初めて幸せの意味を悟ってしまった。そんな気さえする。

 迸る歓喜に思わず咽び泣く。


「うわぁああああああん!!!! ママァアアアアアアア!!!!」


「もう! 相変わらず甘えんぼさんですね〜!」


「えへへぇ......。甘えちゃ、ダメ?」


  優しげなタレ目をしたソフィーナは、ふわふわの弾力爆弾を俺の顔に押し当てたまま、後頭部を撫でてくれる。

 あ、どうしよ。脳髄蕩ける。


「うふふ。ザラム様はたくさん甘えてくださっていいんですよ。甘えるのは貴族の仕事でもあるんですから」


 誇り高い貴族様に聞かれたら顔を真っ赤にして首を刎ねられるに違いない物言い。

 しかしこの腐れヒキニート様に誇りなんてものはないわけで。


「えへへぇ......。ママ! ママァ!!」


 今日はひたすら甘えまくると心に決める。

 ねちっこく絡みつく俺の全身が徐々に強張っていくのを、辛うじて知覚する。


 時間感覚すら忘れた頃には、彼女にしがみついて嗚咽を漏らしていた。

 涙でぐしゃぐしゃになり腫れ上がった眼で見上げると、寂しげな微笑が降り注ぐ。


「ザラム様も、とうとう学院に通われるんですねぇ。まだ乳離れできてないお子様ですのに......」


 王立第一学院。王都にある、貴族や大商人の子息などの上流階級のみが入学を許される全寮制の学校だ。俺は明日からそこに通う。

 高貴な身分の者が通うため、使用人を連れていくのが当たり前の空間。

 だが俺は使用人を連れず一人で行かなければならない。不本意ながら家から追い出される身だし。学校ってだけでもう嫌なのに、使用人なしで生活とか無理ゲーじゃね。

 更には、伯爵家の者として誇れるような成績を残さなければ、俺の勘当が決定してしまう。

 使用人に甘えることができなくなるばかりか、下手すると貴族ですらなくなるわけだ。


 ソフィーナに依存し泥沼に嵌っているエリートニート様にこの状況を許容できるはずもなく......。


「うわぁああああああああん!! ま〜まぁああああああああああ!! ......ぐずっ。やだよ......。離れたく、ない......じゅるっ。ママァ......」


 最後の甘えんぼタイムを憂いなく満喫することも叶わず、激昂し、果てにはぐずりだす有様となっていた。心が荒んでモノローグとか始めちゃうわけである。


 「......心配で仕方がありません。私がお世話しなかったら、ザラム様はきっと死んでしまいます......。そんなの耐えられませんっ!」


 実は、彼女もまた俺に依存している。俺がいなくなったら、むしろ彼女の方が取り乱してしまうのではないかとさえ思えて心配になるのだが......。


 彼女の決壊した双眸を見て、依存を肌身でひしひしと感じ取る。

 先程までの取り乱し様が嘘であるかのように、密かに充足感に満たされていく。


 だが、これが最後だ。


 父に勘当されかけ、乳の感動にありつけない。虚しい日々が待っている。


次回から数話分、学院に入る前の幼少期エピソードとなります

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