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千秋先輩と僕  作者: すたた
社会学もの
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千秋先輩と僕(人口論① 世界情勢編 )

「千秋先輩と僕(人口論① 世界情勢編 )」


◇◆◇



「時にキミは何人子供が欲しい?」


 唐突に、千秋先輩からそんな話題を振られて言葉に窮した僕は声にならないまま口をパクパクさせた。



 千秋先輩はそんな僕を見てイタズラな表情のまま満足げに笑っている。



 千秋先輩はどこか不安定なところがある一つ上の女性の先輩で、今日の「日本の人口について考える会(名前は日によって変わる)」という非公認の集まりの会長でもある。


 そして、アブナイ人を見過ごせないところのある僕は何や彼やと千秋先輩の世話焼き係をやっている。



「なんだい?金魚の真似が上手いんだね。君は・・・」



 なんて言われて、ようやくいつものようにからかわれていることに気付いた僕は少しだけ不貞腐れた。

 暗に先輩の金魚のフンだと示唆しているセンもあったが、それだと僕は金魚ですらない。ただのウンコだった。

 下手な勘繰りをした所為で僕はなんだか哀しくなる。


「まぁ。僕は可能性の獣ですからね。今更、才能のひとつふたつ新たに見つかったところで驚くべきことじゃないでしょう」


 言葉少なに自己弁護を並べてみたが、可能性の獣ってユニコーンだっけ?

 男根主義の象徴となるような幻獣、もとい悪魔である。今回の議題が議題だけにイメージがマッチしすぎているというか、自称するにはちょっと軽率すぎるかもしれなかった。


「なるほど可能性はあっても、計画性というものは無さそうだね」


 幸いにしてそこをつついてくることはなかったが僕の軽口で調子が出てきたのか、先輩の僕をイジるのをやめない。


 ふと子作りに計画性なんて要るのか?なんて思ったけど、要るのかもしれないな。

 

 別に先輩とどうこうなることもないだろうけど、いちおう、僕に計画性がないというイメージは払拭しておいた方が良いだろう。・・・一応ね。



「僕に計画性がないなんてそんな馬鹿な話はないでしょう。何なら幼少の時から計画性の権化、計画性そのもの(itself)なんて呼ばれていましたからね」


 当然のことながらそんな事実はないし、なんなら僕には計画性もない。

 つまり、それは先輩が僕の人となりをよく理解していた証左でもあるんだけど、そう指摘してくるということはどこかで僕に計画性を求めているのかもしれない。

 

 根が真面目な僕は他人の期待に応えずにはいられないので、今から僕は計画性のある男ということになった。



「ほう、それは知らなかった。ということは、キミはさぞ計画性のあるエピソードに溢れているんだろうね」


 僕の軽口を聞いて先輩はいじわるそうな笑みを浮かべている。


 人間、生きてきて全く計画を立てたことがない人の方が稀である。僕の短い人生にだってそれなりにあるので思いつく限りに並べていく。


「当り前じゃないですか。僕は小学生の頃から夏休みの宿題は休みが明けてから手を付けると決めていて六年間貫き通しましたし、毎年、妹からもらうアドベントカレンダーは初日にすべての中身をチェックしてメモまで作ります。ノンオイルドレッシングが食卓に並べば使う前に食用油で調味してから使うくらい僕は計画性に長じていますよ」


 ・・・なんでだろう。僕がエピソードを披露するたびに先輩の顔から笑みが消え、呆れ顔に変っていった。


 勿論すべて実話である。



 先輩は「ま、話をもどそうか」と言って遠くを見つめた。

 

 僕の熱弁とは裏腹にどうも先輩の中では僕は計画性のない男という結論に落ち着いたらしい。


 大変に不本意だが、この汚名は今後、時間をかけてそそぐことにしよう。



 話を戻すといっても当然だが、本題は僕が子供を何人欲しがっているという話ではなかった。


 つまるところ今日の議題はあらかじめメールで送られてきた通り、「日本の人口を考える会」という名目の集まりなので、それについてのゼミである。





 先輩がまず今回の議題の最初に言及したのは世界人口の増減についてである。


 「世界人口の増減については米国の中央情報局(CIA)のデータをもとに考えるとしよう。CIAは毎年『The World Factbook』という題で世界情勢についての白書を出版している。これはweb上でも確認できるのだが、2018年のデータをみれば分かり易いことに人口が減少傾向にある国々は主に地政学的な影響によるものと財政赤字を抱えるものとに分けられる」



 先輩はそういってまっさらな黒板に二つのグループを書き出していく。



 ①地政学的な影響を受けるグループ

 ②慢性的な財政赤字を抱えるグループ


 ①にはバルカン半島からバルト3国に連なるヨーロッパ中央から東部一帯の国々がほぼ網羅されているのに加え、南スーダン周辺の紛争が起こった国々、海水面上昇などの影響を受けるとされる少数の島嶼からなる群島国家群の名前が連なっている。


 ②はギリシャ、イタリア、ポルトガル、日本、レバノンなどが挙げられている。



 ①の前二者については冷戦終結以後にも内紛や政変の多い地域だ。後者については中米、インド沖、オセアニアなど各地域に偏在していて広範にわたる。



「国境を接している国で紛争が起こると人口って減少しやすいんですね」


「レバノンなんかはアラブの春から反政府デモか激化するし、シリア内戦由来の宗教紛争も飛び火してくるし、おまけに債務まで拡大し続けているからまさに踏んだり蹴ったりだな」


 先輩に渡された手元の資料によると内紛と財政赤字、ダブルパンチの影響もあってレバノンの人口減少率は世界各国の中でもぶっちぎりの3%台だ。


 他人事ながら本気でかわいそうになってくる。



「後者はまぁギリシャとかポルトガルとか日本ですか。分かり易いラインナップですね」


「日本の財政赤字の性質については同質のものとは言えないと喧伝する向きもあるが、とはいえ額面上の債務増額とともに海外への国債流出高も増えているのでこれに含めても良いだろう」


「でも財政赤字だからと言って必ずしも人口が減っていくわけじゃないですよね?」


「もちろんそうだ。だが、債務残高のGDP比が高く、かつ経済成長率が3%を割っている国々では人口増加が抑制される傾向が強い。より細かく言うと単年で見れば微増する年もあるが長期でみるとほぼ横ばいか緩やかな減少傾向をたどっている国が多い」



「でもこれって不思議ですよね。長期的には人口が増えて内需が拡大した方が税収が上がって政府の財政も楽になるはずだと思うんですけど」


「直観としてもそれは正しいが、人口の再生産に重要な自国の若年層に資本がいきわたっていればそもそも、慢性的な財政赤字といった状況には陥りにくいわけだ。つまり、社会構造に何らかの欠陥を抱えていて、それゆえ人口減に繋がっているわけだがそのことについては追々説明していくことにしたい。それに関連して次に話していくのは人口抑制の要因について、だ」



 ・人口抑制の要因 と黒板に新たな項目が追加される。


 僕は渡されたプリントをめくりながら、どうやらまだまだ話は佳境に入りそうもないということを悟った。

 

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