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江戸浪士隊血風録  作者: 川越トーマ
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 二刀流

 朝食を済ませ、葉隠邸の長い廊下を雑巾がけし、高い塀に囲まれた庭を掃き清めた後、俺は型稽古を開始した。

「相変わらず精が出るな」

 白い襟付きシャツに茶色いズボンといういでたちの右近が縁側から声をかけてきた。

 この人は普段から洋装を好んでいた。

「いえ、皆さんに比べれば自分はまだまだ未熟ですから」

 俺はそう答えたが、半分は本当、半分は嘘だった。

 本当の部分としては、阿片の密売組織に討ち入りを行った際、右近たち三人の剣の腕前を思い知り、修羅場に身を置くには俺の剣の腕は、まだまだだと思い知った。

 嘘の部分としては、何か身体を動かしていないと心の中にあきらの面影が浮かんできてしまうからだった。

 俺は雑念を払うために身体を動かす必要があったのだ。

「そう言えば道場に通ったことがないと言っていたな。どうだ、俺と竹刀で稽古でもしてみるか?」

 右近の言葉はうれしかった。

「お願いできるのですか?」

「お前の剣に興味があってな。ここで待っていろ、竹刀を持ってくる」

 俺には兄弟弟子がいなかった。

 そして、俺の剣の師匠は、あまり俺と剣を交えることはなかった。

 道場に通っている人間は竹刀を使った稽古は普通のことなのだろうが、俺にとってはとても貴重な経験だった。

 やがて、右近は三本の竹刀を携えて戻ってきた。

 庭に下りると一本を俺に渡し、自分は二本の竹刀を手にして下段に構えた。

 特に防具は着けなかった。

「いいぞ」

「お願いします」

 それが合図だった。

 右近の剣の腕前はこの前見て知っていた。

 俺は胸を借りるつもりで遠慮なく打ち込んだ。

「ぐっ……」

 しかし、斬撃に移ろうとした瞬間、右近の右手の竹刀が俺のみぞおちをついた。

 息が詰まり俺の動きは止まった。

 間髪をいれずに右近の左の竹刀が跳ね上がり、斜め下から俺の脇腹を薙いだ。

「かはっ!」

 脇腹をしたたかに打たれ、俺は慌てて後方に飛びずさった。

『真後ろに下がるな!』

 師匠の叱責が俺の頭の中に蘇った。

『真後ろに下がると追い詰められて、手も脚も出なくなるぞ!』

 師匠の戒めどおり、右近はあっという間に間合いをつめ、右の竹刀を俺の頭部に向かって振り下ろしてきた。

 俺がそれを竹刀で受け止めると、右近の左の竹刀ががら空きになった俺の脇腹を再び襲った。

「がっ」

 激痛に耐えかね、俺はたまらず膝をついた。

「遠慮するな。お前の斬撃の威力を見せてくれ」

 右近は後方に下がって距離をとると俺が立ち上がるのを待った。

「お願いします!」

 俺は奥歯をかみ締めて立ち上がると蜻蛉の構えを取った。

 心を落ち着けてじりじりと間合いをつめた。

 右近は右の竹刀の切っ先を俺の喉元に向けていた。

 とても打ち込みづらい。

 しかし、俺は右近の右の竹刀を無視して渾身の力を込めて竹刀を袈裟懸けに振り下ろした。

「!」

 竹刀と竹刀が交錯し、俺は右近の右の竹刀を弾き飛ばした。

『やったか?』

 そのまま、竹刀を返して斜めに切り上げようとした瞬間、左の竹刀で胸を突かれた。

「ぐっ……」

 俺は呼吸が乱れてきた。

 それに比べて右近は涼しい表情をしていた。

 俺には右近をどう攻略すればよいのか皆目見当がつかなかった。

 実力差があるのはもともとわかっていたが、ここまで手も足も出ないとは思わなかった。

「よい打ち込みだったぞ、手が痺れた」

 右近はそう言いながらさわやかな笑顔を浮かべた。

 右近は武人として人間ができていた。

 俺は右近の期待に応えるべく闘志を奮い立たせた。

「お願いします」

 技術では全く右近に敵わない。

 そして、右近クラスの人間を相手に小手先の工夫や駆け引きで何とかなるものではないと思った。

 幸いにして、真剣ではなく竹刀を使った稽古だ。

 俺は今まで身に着けてきたすべてを全力で右近にぶつけようと思った。

 右近に打ち勝つ唯一の方法は初太刀で勝負をつけることだった。

「!」

 しかし、右近から一本取ることは何度やってもできなかった。

 俺は主に胴体部分に右近の竹刀を受け続けた。

 脇腹がひりひりと痛み、額から汗が滴った。

 喉が渇き、息が上がってきた。

「はっ!」

 何度目かの挑戦で、俺の喉元をついてきた右近の右の竹刀を渾身の力で弾くと、右近の竹刀は中央部分から砕け、折れた。

「よし、ここまで!」

 右近の声が響き、俺は地面に膝をついた。

「あ、ありがとうございました」

「やはり、大した斬撃だ。良い稽古だった。暇があったら、また頼む」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします……今度は、もっと強くなっておきます」

「そうだな。楽しみにしている」

 俺は乱れた呼吸を整えながら、この人と稽古を重ねればもっと強くなれると思った。


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