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江戸浪士隊血風録  作者: 川越トーマ
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 江戸浪士隊

 俺は激しい頭痛に襲われて目が覚めた。

 身体は暖かい布団に包まれていた。

 実家の綿の薄いせんべい布団とは比べ物にならない寝心地の良さだった。

「ここは?」

 眼を開くと、きれいな木目の天井板が目に入った。

 藁ぶき屋根の屋根裏ではない、どこかの屋敷のようだった。

「おう、目が覚めたか。助けてやったんだ。まずは礼をしろ」

 ガラガラ声が響いた。

 俺は慌てて体を起こした。

 布団の周りには複数の男女が俺を取り囲むように座っていた。

 どうやら俺に声をかけたのは庭を背に胡坐をかいていた坊主頭の巨漢らしかった。

 どう見ても堅気には見えない男で巨大な肉食獣のような雰囲気を漂わせていた。

 黒いチャイナ服を身に着けており生粋の日本人とも思えなかった。

 坊主頭の巨漢の隣には灰色の着物を着流した総髪の剣士が正座しており、二人の反対側には、軍人のように頭髪を刈り上げたギリシャ彫刻のような偉丈夫と、妖艶な雰囲気を漂わせる和服姿の若い女が座っていた。

 十六畳はあろうかという広い座敷だった。

 何故、自分がこの部屋にいるのか皆目見当がつかなかった。

 俺は必死で記憶の糸をまさぐった。

 そう言えば異人と諍いを起こして頭を撃たれたような記憶がある。

 死を免れてここに運ばれたということだろうか。

 俺はとりあえず坊主頭の巨漢に言われたとおり礼を言うことにした。

「かたじけない」

「よし」

 俺がようやく口を開くと坊主頭の巨漢は満足そうにうなずいた。

「一体、ここは?」

 俺は再び、最初の疑問を口にした。

「ここは私の屋敷だ」

 ギリシャ彫刻のような偉丈夫が答えた。

 彼は軍服のような黒い洋装だったが、大小二本の刀を脇に携えていた。

 どうやら彼だけは由緒ある家柄の士族のようだった。

「運がよかったわね。医者の見立てじゃ弾は頭をかすめただけで命には別条がないそうよ」

 妖艶な女が、派手な色合いの和服の裾を気にしながら口を開いた。

「そうですか……」

 頭に激痛が走り、思わず手をやると、包帯がまかれ手当てされているのが分かった。

「やつらは?」

 自分が諍いを起こした異人たちはどうなったのだろうと気になった。

「こいつがみんな片付けちまったよ」

 坊主頭の巨漢が隣に座っていた着流し姿の総髪の侍を指さした。

 着流し姿の侍は何も言わず、坊主頭の巨漢に一瞥をくれただけだった。

 色が白く長身で痩せた侍だった。

 脇に置いてある刀は随分長そうで刃渡り三尺(約九十センチ)くらいありそうだった。

「異人に撃たれた年配のお侍さんはどうなりましたか?」

「残念ながら亡くなった」

 ギリシャ彫刻のような偉丈夫が沈痛な表情で答えた。

「そうですか」

 俺の脳裏に父親に縋りつく振り袖姿の若い娘の姿がよみがえった。

 あの娘はこれからどんな思いを抱えて生きていくのだろうか。

「ところで、あんちゃん、いい度胸してるよな」

 坊主頭の巨漢が気安い口調で話しかけてきた。

 見た目ほど怖い人間ではないらしい。

「いえ、自分などはまだまだ……」

 言いかけて、俺は自分の刀が折れてしまったことを思い出した。

「そうだ。刀……」

 俺は布団の周囲に視線を走らせた。

 枕元に俺の刀はなかった。

「安心しろ、ここには置いていないが鞘と柄は拾ってきた。折れた切っ先も拾っておいたがどうしようもないぞ。こう言っては何だが、あまりいい刀ではなかったようだな。人を二人斬った時点で折れてしまうとは」

「……自分の家は貧乏百姓で名刀・業物(わざもの=名工の作った切れ味の優れた刀のこと)の類とは無縁です。それでも父がなけなしの金をはたいて買ったものですから自分にとっては大切なものなのです」

 ギリシャ彫刻のような偉丈夫の発言に、失礼がないように俺は静かな声でそう言い返した。

「それは失礼した……刀はともかく、お主の腕前は相当なものだな」

「いえ、お恥ずかしい」

「抜刀が速い……」

 着流し姿の侍が初めて口を開いた。

 低いかすれた声だった。

「珍しいな。こいつが人を褒めるなんて。滅多にないぞ」

 坊主頭の巨漢がそう言って目を細めた。

「で、江戸には何しに?」

 ギリシャ彫刻のような偉丈夫が話題を変えた。

「田舎では食えないので警察か陸軍に入ろうと、仕官に来ました」

 隠すような話ではない。俺は正直に答えた。

「で、どうだった」

「夏に出直せと言われました」

「そうか……」

 ギリシャ彫刻のような偉丈夫は何事か思案しているようだった。

「この御恩は……」

「気にするな、武士は相身互いというではないか。ゆっくりしていけ……そう言えば自己紹介がまだだったな。私は葉隠右近という。この屋敷の主だ」

 ギリシャ彫刻のような偉丈夫はそう言って居住まいを正した。

「失礼いたしました。自分は片桐隼人と申します。武蔵国の北のはずれ北河辺村の出身です」

 俺はそう言いながら軽く頭を下げた。

「俺は曹鉄心。清国の元軍人だ。よろしくな」

 坊主頭の巨漢が胸を張った。

「拙者は、雨宮才蔵」

 着流し姿の侍がかすれた声で周囲に倣った。

「山本鈴音よ」

 妖艶な女はそう言いながら鋭い視線を俺に送った。

「ところでだ。もし、よかったら、われらと働かぬか。お主は、志、剣の腕、ともに申し分がない」

 自己紹介が一巡したところで、右近がまっすぐな視線を俺に送ってきた。

「一体、どんな仕事でしょうか?」

 剣の腕が認められて仕事に就けるのは願ってもないことだったが、キナ臭さを感じた。

 ありきたりの仕事とは、とても思えなかった。

「なに、先程の不良外国人のように、警察が手を出しづらい悪党を懲らしめるという仕事だ」

「ひょっとして、最近巷で話題になっている『異人狩り』というのは皆さんのことですか?」

 右近の話を聞いて、俺の頭の中には口入屋で聞いた話がよみがえった。

 嫌な予感がした。

「対象は異人だけじゃないがな。そっちの方の活躍で有名だ。こないだも人身売買に関与していたフランス商館にお灸をすえた」

 鉄心が得意そうに話した。

 俺は背筋が寒くなるのを感じた。命を助けてもらったはいいが恐ろしい犯罪者集団だったようだ。 

「あなたたちは『江戸浪士隊』の皆さんですか?」

「よく知ってるな。確かに俺たちはそう名乗っている。ただ、世間で言われているようなならず者の集団ではない。確実な情報の下、しっかりとした目的をもって活動している。詳しいことは言えないが、きちんとした後ろ盾もある」

 右近がいかにもとうなづきながら答えた。

 俺の顔が青ざめているのに気が付いたらしい。自分たちは危険な存在ではないと説明し始めた。

「給金も高いぜ。死ぬ確率も高いがな」

 右近の気持ちを知ってか知らずか、鉄心がそう言いながら俺の目の奥を覗き込んだ。

 給金が高いという言葉に俺は一瞬心を動かされた。

 手持ちの金はわずかしかなく勤め先は決まっていない。野垂れ死にするのはごめんだった。

 同時に俺の頭の中に『お上に捕まれば死罪』という口入屋の言葉もよみがえった。

 しかし、いきさつはともあれ、自分はすでに彼らと同じことをやっている。

 ここで、彼らの仲間になってもならなくても、お上に捕まればただでは済まないのだろう。

「少し考えさせてください」

 簡単に結論を出すのはさすがにマズいと思った。

 騙されて押し込み強盗の手伝いをさせられるのかもしれない。

 彼らの正体を知った以上、仲間にならない場合は相応の覚悟が必要だとも思った。

「無理にとは言わん」

 右近は口ではそう言いながらも、目では『俺たちの仲間になれ』と言っていた。

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